謝罪にならない謝罪
ゾウニール様の提案で、僕達は領地内にあるゾウニール様の別荘へとやってきた。
なんでも遠出の視察の後なんかはこっちの別荘で休んでから帰ったり、友人を招いてゲームをする時なんかにここを使うらしい。
使用人はいなくて、管理人のお爺さんがいるくらい。
なので僕がいる事をバレずに招いて貰えた。
というかお爺さん買い物中だった、書き置きあったし。
そして応接室に通されて、ゾウニール様自らお茶を入れてもらい、気まずい空気が流れる事数分。
「…それで、ええと、どのようなご用件で我が領地へ…?」
「あー、えっとですね…」
僕は表向きの理由を話した。
国内で災害が起こった時、迅速に動けるように国内を回ってる事を。
するととても目をキラキラさせながら、少し興奮した面持ちで拍手された。
「素晴らしい!陛下のご英断は元より、それに賛同されて実行に移せる愛し子様の国に対するお心遣い!!私、感服致しました!!」
「あ、はは…」
やべぇ、この人『愛し子様=正』の人かも。
いや、ただ、いい人なだけか…?
「では、オルテス公爵領を通ってからいらっしゃったんですね。それで今夜はうちの領地で、と」
「えぇ、まぁ」
「よろしければこの別荘をお使い下さい!来客用の部屋も整えてありますし!」
「あー、でも、管理人さんが驚かれるんじゃないかと…」
「マロ爺には元々、私の友人達が来る時は家に帰って貰ってるんです。なので今は買い物に行ってるところですが、帰り次第友人が来たとでも言っておけば帰りますので!」
「あー、成る程…?」
うん、まぁ都合はいいんだけどもさ。
なんか段々謝りづらくなってきたというか…
ある意味退路を絶たれたというか?
「ユージェ様、早く言った方がいいんじゃないですか?」
「うぅ、わかってるよぅ…」
後ろに立ったジーンがポソリと呟く。
くっそぅ、僕の心を読みやがってぇ…!
「あの、何か?」
「…あの、ゾウニール様、実は、その…」
「はい?なんでしょうか?」
「…あ、貴方の婚約話をなかったものとしてしまい、貴方の気持ちを踏みにじりました!大変、申し訳ありませんでしたぁ!!」
ソファに座ったままで、勢い良く頭を下げる。
…なんだかんだ、ガチの謝罪って初めてじゃなかろうか…?
「…あぁ!成る程!」
「へ?」
「頭をお上げ下さい、愛し子様。私は怒っているわけでも、ましてや悲しんでいるわけでもありませんから!」
「そ、そうですか…?」
恐る恐る頭を上げると、少し困ったように笑うゾウニール様が目に入った。
「婚約話というと、ナタリー嬢の事でしょうか?」
「え、えぇ…」
「愛し子様がご婚約されたとお聞きしておりましたが、成る程、そのお相手がナタリー嬢であったと…」
「ま、まぁ…」
「それにつきましてはスタンリッジ伯から丁重なお断り文をいただいておりますし、愛し子様から謝罪を受けるほどの事ではありませんので」
「で、ですが、貴方の婚約話が元々公のものであったなら後から言い出した私は…」
「おや、私の婚約話の後に愛し子様はナタリー嬢へ婚約の申し入れをなさったのですか?成る程、それは愛し子様も悩まれました事でしょう。実はですね、ナタリー嬢に想い人がいる事は百も承知で婚約を申し入れたのです」
「え?」
「確かにナタリー嬢に好意があったのは事実です。ですが、婚約を申し入れるかどうかは悩んでおりました。ナタリー嬢は私に関心がなさそうでしたしね。しかし私が久々に女性と話し込んでいるのを見かけた私の親が煩かったのもあって、無理だろうとは思いつつ申し入れたのです」
「は、はぁ…」
「スタンリッジ伯はナタリー嬢の想いを感じ取っていたのでしょうか…それはそれは見事な交渉をされていきましたよ」
…スタンリッジ伯って、仕事では凄いってナタリーも言ってたな。
普段はオドオドしてるけどって。
「交渉…ですか?」
「えぇ、ナタリー嬢の遠いご親戚で、他国ですが私と同じように婚約者を亡くした令嬢が嫁ぎ先を探していると。1度会ってお話ししてみませんかとね」
「はぁ」
「それでまぁ、会ってみたのですが…一目惚れとは、こういう事なんですかね…一目見て、この人を自分が守りたいと思いました。今は文通でお互いを知ってもらうようにしていて、まぁ、なんと言いますか、向こうからの好意を感じられるので嬉しくもあり恥ずかしくもあり…」
ニヤニヤしながらクネクネするゾウニール様。
結構ガタイのいい感じの人だから、ちょっと不気味。
…つまりゾウニール様の中でナタリーにはもう恋愛感情はなくて、スタンリッジ伯に紹介してもらったご令嬢にお熱、と…?
今までナタリーとよく話し込んでいたのは、その親戚の話を聞くためだったと言う事にしておけば問題ないわけで…
…スタンリッジ伯のフォローがなかったら、やっぱり拙い事が起きてたんだろうな…
「それでも、私は貴方からの婚約話に焦ってナタリーに告白して、掠め取るような真似をしました。人として恥ずべき行為だったと思っています。謝罪を受けていただけないでしょうか?」
「それなのですが…まず、掠め取るという事ではないのでは?」
「へ?」
「愛し子様とナタリー嬢の仲が良い事は周知の事実。そこへ横槍を入れたのは私の方でしょう?なんなら愛し子様や精霊様から罰せられてもおかしくなかったのでは?」
…やっぱこの人『愛し子=正』の人かも…!!
こうやって普通に話してくれてると思ったけど、多分愛し子崇拝系だ…!!
僕が悪いなんて1mmも思ってない!!
チラリとジーンを見ると、少し困ったように眉を下げていた。
あぁ、ジーンも気付いたらしい。
これはこのまま僕の悪い話なんかしても、『でも愛し子様のおっしゃられる事が正しいですから…』みたいな流れになりかねない!!
僕が一般人と同じだってわからないんだわ…
というか、人だと思われてないのかも。
こういう人とやり取りするのって珍しいから対応に困る…
ある意味、何言っても理解してくれなさそう。
いや、良い人なんだよ?
ナタリーの親戚のご令嬢とも上手くいってほしいなぁとは思うけど、あんまり僕とは絡まない方が良さそうだ…
「…あぁ、すみません、やはり今日はお暇します」
「えぇ?!そんな!!」
「実は王都に忘れ物をしてしまいまして、戻る事にしました。ねぇ、ジーン?」
「…そうですね、あの書状を忘れるとは、失念しておりました」
「書状…ですか。愛し子様の書状となれば、とても大事な物なのでしょうね…」
忘れ物なんてないけどね。
そして誇張されて認識されてる気もする。
「ゾウニール様、本日は突然の来訪にも関わらずご対応いただき、ありがとうございました。いつか夜会等でお会いする事がありましたら、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、お勤めのためとは言えありがとうございました。事前に知っていれば領地を上げて歓迎致しましたものの、なんのお構いも出来ませんで…」
「いえいえ、今回は事前告知なしで行きたいと私から陛下へお願いしたものですから、お気になさらず」
「成る程!領地のありのままを見るため、また領民達が歓迎の準備に時間を割かぬようにご配慮いただけたんですね!流石は愛し子様!!」
「はぁ、まぁ…そこまで大それた考えでもないんですが…」
「またまた、ご謙遜なさるんですから!」
「あははは…」
ダメだ、何言っても意味がない、ぐすん。
良い人そうだから仲良くなれるかもって思ったけど、僕をキチンと叱ってくれたり見極めてくれる人じゃないと、僕が堕落してっちゃうよ…