3度目の登場
賑やかな別れから一変、王都の外に出れば静かなもんだった。
何故なら人が全然いなかったから。
あんまり塀沿いを歩いてる人っていないんだよね。
僕達が最初に向かってるのは、火の退場門から1番近いオルテス公爵領。
そう、ルーファスのところです。
なら最初から火の退場門から出ろよって話なんだけど、うちの屋敷に1番近かったのが風の退場門だったんだもん。
王都の中を横断するのは目立ち過ぎるからなぁ。
「オルテス公爵領は駆け抜ける感じでよろしいですね?」
「うん、ジェイク様もそれでいいって言ってたしね」
そう、向かうのはオルテス公爵領だけど、今回は通り抜けるだけです。
宰相様もルーファスも仕事でいないので、それでいいって。
改めて今度ルーファスが案内してくれる事になった。
というわけで、さっさとオルテス公爵領に突入しました。
あ、ちなみに今回の件で陛下から特別な銀の腕輪を借り受けてる。
僕とジーンと2つ分。
これがあれば申請しなくてもどこを通ってもいいそうだ。
領地の詰所の前に近付くと、詰所の中にある特別通行アラートが鳴るらしい。
それで腕輪を見せつけながら通れば声かけられないはずだって。
とても助かります。
なのでさっきも堂々と通過してきた。
衛兵さん達の驚愕の表情は暫く忘れられないな。
そして街中のお馬さん通行可な道路を駆け抜けると、領民達は見事に固まっていった。
あはは、面白いなぁ。
「…愛し子様!!」
「ん?」
なんか誰かに声かけられた気がする。
スピードを落として、後ろを振り返ると…
「…おやっ?」
「ユージェ様?」
なんと見知った顔の人が。
ノワールの方向を変えて、その人へ近付く。
ジーンもわかったようで、僕の後ろに続いた。
「お兄さん、戻ってきてたんだね」
「はい!そろそろ自国で店を構えようと思いまして!他国で仕入れたネタなんかが沢山ありますから!」
そう、あのリボン売りのお兄さんだ。
嬉しそうに近況報告をしてくれた。
周囲にできた人集りはめちゃくちゃ騒ついてる。
「…あ、あの、愛し子様、もしかして急いでました…?」
「いや?出発したばっかりだし、そうでもないけど」
「どこかへ行かれるんですか?」
「国内のどこへでも行けるように、様々な土地を訪れてるんだ。一応陛下達からも後押しは受けてるし」
「そ、そうだったんですね!なら入れ違いになるところでした…恐れ多い事ですが、王都に着いて、可能ならご挨拶に伺おうと思ってたので」
「そっか、ならよかった。あぁ、なら1つ約束してた事を叶えて欲しいんだけど、いいかな?」
「約束って…え、まさか…」
「そう、婚約しましたーいえーい」
僕の発言にポカーンと口を開けるお兄さん。
そして聞こえていたらしい人集りはめちゃくちゃ騒ついていた。
「お…おめでとうございます!!」
「ありがとー」
「え、では、何色のリボンを作られますか?!」
「紫なんだ、彼女の瞳」
「どのタイプでしょう?!」
興奮しきったお兄さんが、鞄から大量の紫色のリボンを取り出した。
おぉ、なんか凄いあるんだなぁ。
その中から1番しっくりきた、ナタリーの瞳と同じ色のリボンを選んだ。
「これだな」
「成る程!ではきっとご婚約者様の瞳は澄んだ紫なんでしょうね!」
「あれ?わかる?」
「勿論ですとも。こういった色味のリボンを選ぶ人達を何人も見てきてますからね!」
流石プロ。
「刺繍とかどうします?何かご希望は?」
「あのリボンとお揃いとかにしてもらおうかな」
「承知しました!いやぁ、嬉しいなぁ」
「何が?」
「なんか、こうやって、愛し子様のお祝い事に関わる事が出来て。あんなに小さかったのに…」
「…あぁ、そっか、お兄さん、彼女に会ってるのか」
「へ?」
「あの時一緒にいた、おさげの子なんだけど」
「…えぇっ?!た、確かもう1人の女の子とリボンの色交換してた…?!」
「そうそう、記憶力いいねぇ」
「…お嬢様っぽい子だなぁと記憶してます…」
「もう1人の方も一応貴族令嬢だけどね」
「え」
「というか、全員そうなんだけども」
「…5人くらいで来てませんでしたか…?」
「本当に記憶力凄いね!そう、公爵子息、侯爵子息、伯爵子息、伯爵令嬢、男爵令嬢…」
「…死にそう…」
顔色悪くなっちゃったし。
「ちなみに公爵子息は、ちょうどこの領地の後継ね」
「…ここってオルテス公爵領…え、次期宰相様…?」
「いえーい」
あ、崩れ落ちた。
記憶力はいいけど、貴族かどうかを見抜く事は出来なかったのね。
「ユージェ様、そろそろ」
「ん、わかった。お兄さん、お名前は?」
「え?…あ、キリクです!シュトルレンティ侯爵領商家出身、29歳独身です!」
「思ってたより歳いってた」
てっきり20代前半かと。
いや、昔から見た目で言えばあんまり変わってないな?
10年近く前なのに…
「そうですよね、俺名乗ってなかった…申し訳ないです…」
「僕もすっかり忘れてて。じゃあキリクさん、リボンよろしくね。たまに王都には戻る予定だから、出来上がったらうちの屋敷に届けてくれるかな?お金は今度払うから」
「いえ、いいえ!!お金なんていただけませんから!!というか愛し子様のお屋敷って侯爵家…」
「ユージェリス」
「へ?」
「僕ね、ユージェリス=アイゼンファルド」
「あ、はい、存じ上げております」
「愛し子ってね、2人いるの」
「それも勿論存じ上げて…」
「僕は、ユージェリス」
「…ユージェリス、様」
「うん」
「…なんというか、俺って愛し子様…ユージェリス様が平民の格好の時を知ってるからか、思った以上に緊張とかしてなくて…こういう態度ってあんまり良くないかなとは思うんですけど…」
「それでいい、それがいい。僕ね、畏まられるの、あんまり好きじゃないの。勿論貴族としての矜持もあるから、利用されたり舐められたりするのは困るんだけどさ。多少は、普通に仲良くなりたいというか」
「…こんな俺ですけど、お会いしたら今日みたいに話しかけても?」
「勿論」
「不敬になりません?」
「絶対」
「…俺って本当に凄い人と知り合っちゃったなぁ、家族に言ったら腰抜かすかも」
「是非どうなったか、今度教えてね」
「はい、また今度」
にっこりと微笑むお兄さん改め、キリクさん。
僕もいい人と知り合えて嬉しいよ。
こうしてキリクさんに別れを告げて、僕とジーンはオルテス公爵領を駆け抜けていったのだった。