ご挨拶
「今…なんと、おっしゃいました…か…?」
「お嬢さんに、結婚を前提としたお付き合いを申し込ませて頂きました。本人の了承は得てます」
「…愛し子様が…義理の息子に…?」
「ちょ、スタンリッジ伯?!」
目を回して後ろに倒れるスタンリッジ伯。
僕が手を伸ばすよりも先に後ろに控えていたセバスチャンが受け止めてくれた。
「ごめん、ありがとうセバスチャン」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
「ん?何が?」
「お嬢様を選んでいただいて、です」
「…どちらかと言えば、僕が選んで貰った側なんだけどね」
「それでも、数あるご令嬢の中から我らが大事なお嬢様を選んでいただけた…その事が、何よりも嬉しいのでございます」
「…それは僕が愛し子だから?」
「いいえ、貴方様が『ユージェリス様』であるからです。この数年で貴方様のお人柄に触れて、そう思うのです。私は愛し子様という崇高な存在とこんなにも間近で接する事は初めての出来事でしたが、恐れ多くも…こんなにも普通の人なんだと、痛感したのでございます。今まで精霊様の御使い様と祭り上げられていた方々は…本当は、我々と変わらない人間だったのだな、と」
そう言ってくれたセバスチャンに、僕は胸があったかくなった。
そう、きっと、歴代の愛し子には、寂しい思いをした人がいたんだろう。
祭り上げられて、信仰されて、制限されて…
その行為は、個を殺す行為でもあった。
それをわかってくれる人がいるって、とても僕にとっては大切な事で。
ナタリーの側に、それをわかってくれる人がいるのは、とても嬉しい。
「お待たせしました、ユージェ君…あら、お父様は何故セバスチャンに担ぎ上げられているの?」
「ユージェリス様からご婚約のお話を受けて、気絶なさいました」
「もぅ、お父様ったら…あら、ユージェ君、何かありました?」
頭を押さえたナタリーが、僕の顔を見て小首を傾げた。
ふふ、本当に鋭いんだから。
「ううん、なんでもないんだ。それよりナタリー、着替えなくても良かったんだよ?」
「ユージェ君のお父様とお母様にご挨拶に行くんですのよ?キチンとしなくては!」
「今更気張らなくてもいいのに、いつだって可愛いんだから」
「…ユージェ君?」
「はい、気をつけます」
うっかり本音が口から漏れちゃうな、気をつけよう。
あんまり軽々しく可愛いとか好きとか言い過ぎると、ウザいし軽く聞こえて信じて貰えなくなっちゃうもんね…
「セバスチャン、悪いんだけどスタンリッジ伯が起きたら改めて説明してくれるかな?近々婚約式とか顔合わせとかなんかするなら、日程の調整してもらうようだろうし」
「承知致しました、お伝えしておきます」
「あ、あと、ガラパゴルス公爵家からの婚約の打診の事なんだけど…」
「あぁ、その件でしたらご心配なく。既に先日、旦那様から公爵家へお断りの連絡をしておりますので」
「え?そうなの?」
「…私も知らなかったです…」
「お嬢様が全く乗り気ではなさそうでしたので。先方も無理に纏めたかったわけではなく、良ければどうかというお話だったそうです。ですが爵位的には旦那様の方が下ですので、『娘にはいい人がいる、恋愛結婚を推奨されている陛下の意向に沿いたい』と嘘を付いてお断りしていたのですが…まさか本当になるとは」
少し可笑しそうに笑うセバスチャンに、ポカーンとしてしまった僕達。
なんだ、焦って今告白しなくても良かったのか…
いや、僕これから国内回るし、また新しい見合い話なんか来たら困るもんな、うん。
…でもなんか、横取った感がある。
もしガラパゴルス公爵家の人と会う事があれば、謝罪した方がいいかなぁ…
…あ、多分国内回る時、2番目くらいに通るわ。
なんか手土産用意しよう。
「…じゃあ、行こうか、ナタリー」
「え、えぇ、ユージェ君。セバスチャン、行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
深々と頭を下げるセバスチャンを背に、僕とナタリーは手を繋いで『ワープ』する。
着いた先は勿論、うちの屋敷。
「…あれ?ユージェ様、お帰りなさいませ。ナタリー様もご一緒ですか?」
最初に気付いたのは、ちょうど玄関ホールにいたジーンだった。
「ただいま、ジーン。父様達、書斎にいるかな?」
「いえ、今日は皆様お揃いですので、中庭でお茶を楽しまれています。俺はそろそろなくなりそうだった茶菓子の補充に戻ってきたところで」
「ん、じゃあちょうどいいね」
そのままナタリーの手を引いて、中庭へ向かおうとすると…
「…ユージェ様、まさか、そのリボン…」
ナタリーの頭を凝視して固まるジーン。
そっか、このリボンの意味、ジーンは知ってるもんな。
「そう、これからよろしくね。ナタリーは僕の過去を知って、それでも受けてくれたんだ」
「…承知致しました。ナタリー様、ユージェ様を、我が主人をよろしくお願い致します」
僕の言葉に真剣な面持ちになったジーンは、深々とナタリーに向かって頭を下げた。
「…えぇ、勿論」
ナタリーも少し真剣な面持ちで、それでも微笑みながらジーンに会釈した。
そして改めて中庭へ向かうと、父様と母様、それに兄様とルーナ義姉様とフローネが楽しそうにお茶を飲んでいた。
うーん、見事に家族勢揃いだわ。
「あ、ユージェお兄様!お帰りなさいまし!」
「お帰り、ユージェ。あぁ、ナタリーさんもいらっしゃい」
「ご機嫌よう、ユージェ君、ナタリー様」
「あらあら、ユージェリスちゃん、どうしたの?今日はお出かけだったんじゃ?」
「何かあったのか?ナタリー嬢まで一緒で…」
フローネを皮切りに一斉に気付く。
うーん、ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと報告しないとね。
ナタリーの手を握ったまま、みんなに近付く。
僕とナタリーの距離感や手を見て、父様と母様が目を瞬かせた。
「えーっと、ご報告がありまして。僕、ユージェリス=アイゼンファルドは、この度ナタリー=スタンリッジ嬢に婚約を申し込ませていただきました。すでにお受けしていただいてまして、つきましては正式に婚約させていただけたらと…」
「「「「「…えっ?」」」」」
「「え?」」
なんでみんな固まってるの?
なんでその『え、嘘、信じられない…』みたいな表情してるの?
「…本当に?」
「ほ、本当です」
「…え、本当に?」
「なんでそんなに疑るのさ」
「いやだって、確かに前に好きな人いるって聞いてたけどさ。まさかこんなに早く連れてくるとは思わなくて…」
「しかもナタリー様ですし…」
「本当にお兄様、結婚願望あったんですね…」
「それこの前も話したよね?!」
どれだけ信じられてないの?!
嘘だと思ってたの?!
「やっぱりユージェ君…手当たり次第口説くから…」
「いやそれ関係ないし、なんなら口説いてないし?!」
「あぁ、もしかして私、偽装婚約ですの?」
「違うよね?!僕ちゃんと好きだって言ったよね?!結婚を前提にお付き合いして下さいって告白したよね?!」
「でも他の人にも言ってるかも…」
「言ってないから!告白したのナタリーが初めてだからね?!」
やめて、そんなジト目で見ないで?!
あれでも結構緊張してたんだよ?!
「…ふふっ、あははは、ふふっ」
「…母様?」
突然、母様が口元を隠しながら笑い出した。
「…くっ、ふふ…ははは…」
「父様?」
続けて父様が笑い出し、そしてそのまま兄様、ルーナ義姉様、フローネへと笑いは伝染していった。
な、何事?
「可笑しいわねぇ、ユージェリスちゃんがこんなにも振り回されるなんて」
「ユージェリスは振り回す側だからな…」
「めちゃくちゃ必死だねぇ、ユージェ」
「うふふ、仲良しですね」
「ユージェお兄様、ナタリー様が大好きなのが丸わかりです!」
…え、そんなに、かな…?
なんかちょっと照れてきた。
「ナタリー嬢、いや、ナタリーちゃん。こんなうちの息子だけど、側にいてくれるのかい?」
「はい、勿論です。例えユージェ君が何者だったとしても、私は彼自身が大切なので」
「…そうか、なら、良かった」
「うふふ、また可愛い娘が出来ちゃったわ。ナタリーちゃん、よろしくね」
「可愛い妹が増えるのは大歓迎だよ」
「えぇ、そうですね。同じ立場同士、仲良くして下さいませ」
「これからはナタリーお義姉様ってお呼びしますね!」
「ふふ、はい、こちらこそよろしくお願い致します」
「ユージェリス、この後はどうするんだ?」
「王城へルーファス達に報告するついでに、陛下達にも伝えてこようかなって」
「あー…いや、やめておけ。まだ2人きりで行くのは」
「なんで?」
「お前の婚約が決まった事を知られたくない奴らがいるというか…婚約式をしてから2人で城に行ってくれ」
「知られたくない奴?まさか…頭のお堅い糞爺共の事?」
「誰から聞いた?!…アレックスか!!」
「すぐにバレるという」
どれだけ父様の前で嫌がってたんだ、アレックス様。
「くそ、絶対に言うなとは言わなかったからな…いや、ユージェリスから聞かれれば答えざるを得ないだろうが…ん?アイツなら自分から言いそうだな…何を聞いた?」
「愛し子崇拝が激しい過去の栄光にしがみついてるタイプの糞爺?」
「…アレックス…!!」
父様!紅茶溢れそうだからとりあえずイライラしないで!
「え?潰してくる?」
「やめてくれ、めんどくさい事になるから!!」
「じゃあ僕がエドワーズ様とルーファスとやってこようかー?」
「殺る、の間違いじゃないだろうな?!」
「兄様、僕もやりたーい」
「じゃあ4人でやろっかー」
「だからやめてくれぇ!!!!!」
そんな本気で叫ばなくても…
「ユージェ君?」
「ん?なぁに?」
「少しは大人しく出来ないんですか?」
「…うぐぅ…」
「別に何かされたわけでもないんですから、少しは落ち着いて下さいまし」
「…あい…」
「ナタリーちゃん…!!ついにユージェリスにストッパーが…!!」
「何かされた時のために、調べる程度でやめておいて下さいな」
「はーい」
「…まず何もしないという選択肢はないのかっ…!!」
あ、父様が崩れ落ちた。
無理だよ、父様。
意外とナタリー達って好戦的だからさ。
いつものメンバーでストッパーなんていないんだから。