全てが私の大切な人《side ナタリー》
ついに300話目です!
まさかここまで続くとは…
気付けばブックマーク数も1000を越えていて驚きました。
皆様いつもありがとうございます!
快晴、今日はユージェ君達と海へお出かけです。
先日私が「海に行ってみたい」と言ったら、今日連れていって下さる事になりました。
お迎えに来て下さるとの事なので、少しワクワクしながら玄関ホールで待っているのです。
「お嬢様、少し落ち着かれては?約束のお時間まで、あと半刻ほどありますでしょう?」
「だって、セバスチャン。海なのよ?ずっと幼い頃に、それこそデビュー前に少し通りかかったくらいでしか見た事ないところなんだもの。海の水は塩辛いと聞いていますが、本当なのかしら?」
「そうですね、あまり飲まれない方がよろしいかと」
「服装はこれで問題ないかしら?あまり裾が長いと濡れちゃうってマリーナが言ってたから膝下のワンピースにしたのだけれど…」
「とてもお似合いで可愛らしいですよ」
ニコニコと好好爺の表情で褒めてくれるセバスチャン。
もう、いつもそうなんだから。
「あれ?ナタリー、準備早いね?」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには綺麗目な平民服を身に纏ったユージェ君が少し驚いた顔をして立っていました。
あら、今日は髪が短いんですね。
あの綺麗な空色のリボンはタイの代わりに首元に結んであります。
レース付きですけど、今日の服装にはお似合いですわね。
「まぁ、ユージェ君、おはようございます。そういうユージェ君こそ早いですね」
「おはよ。ちょっと早く目が覚めちゃったから、早めに来ちゃった。セバスチャンもおはよう」
「おはようございます、ユージェリス様。今日はナタリーお嬢様をよろしくお願い致します」
「勿論」
「ユージェ君、他の皆さんは?」
「え?」
「え?」
「…今日、僕とナタリーの2人だけど…?」
「…え?」
「あれ?言ってなかった…?」
…そういえば、ユージェ君からの『レター』にはみんなで、とは書いていなかったような…
勿論2人きりで、とも書いてはいなかったんですけど…
「ごめんね、ちゃんと言えば良かったか。特にルーファス達には予定聞いてなかったんだよ」
「そ、そうだったんですね。いえ、特に問題はないです、はい」
「そう?じゃあ、支度も済んでるなら行こうか。今日のワンピースは薄い水色が綺麗だね」
「海なので、青系統にしましたの」
「ナタリーの紫の瞳とも合ってて似合ってるよ、可愛い」
「ありがとうございます」
…全く、あれほど簡単に異性を褒めてはダメだと言いましたのに。
でも嬉しいのでお説教はやめておきましょう。
「荷物は大丈夫?」
「ユージェリス様、こちらがお嬢様のお荷物になります」
セバスチャンが私の焦げ茶の小さなトランクケースをユージェ君に渡す。
一応濡れた時用の着替えや、皆さんと食べるつもりだったお菓子などが入っていますの。
ユージェ君はそれを受け取ると、いつも通り空間魔法でしまっていました。
そして代わりに黒のキャスケットを取り出して被りました。
「あら、髪色変えないのですか?」
「帽子被ればここの髪色くらいは隠せるからね。銀髪もこれならそこまで目立たないし、まぁ貴族の子息がフラフラしてるって思われるくらいだし。ナタリーもただの平民には見えないから、これくらいでちょうどいいでしょ」
「そうですね」
そうして私に微笑んでから、ユージェ君は私に手を差し出してくれました。
「じゃあ、行こうか、ナタリー」
「はい、ユージェ君。よろしくお願いします」
手を重ねて、お互いに微笑む。
ユージェ君が指を鳴らすと視界は歪み、光を感じる頃にはすっかり景色も変わっていました。
目の前に広がるのは、どこまでも続く青い海。
「ふわぁ…!!」
「うーん、天気が良くて何より」
キラキラと輝く水面、波で動く砂浜、舞い踊る鳥達…
なんて綺麗なんでしょう…!
「凄い、綺麗です…!」
「気に入った?」
「はい!あの、ここはどこの海なのですか?」
「ここはね、ウルファイス伯爵領だよ」
「ウルファイス…って…」
確か、ユージェ君の前の愛し子様が御当主だった…?
「僕もちゃんと来るのは初めてなんだ。1回ヴァイリー王国へ行く途中で通りかかった時に休憩がてらここに降り立ったの。その一瞬だけど、綺麗だったからナタリーにも見せてあげたくてね」
「そうだったんですの…」
「愛し子としては改めてここに来るつもりなんだけど、僕個人としてこの領地を見てみたかった。ローレンス様が一生を過ごした、この領地を。だからナタリーが海を見たいって言った時に、ここにしようって決めたんだ。僕の都合になっちゃうけど、付き合ってくれるかな?」
少し眉を下げて笑うユージェ君。
全く、私が断るとでも思ってるんでしょうか?
心外ですわね。
「勿論、どこまでだってお付き合いしますわ。ユージェ君にとって、ローレンス様は気になる方なんでしょう?」
「…よくわかったね、言ったっけ?」
「昔1度だけ、ユージェ君がレオ君にローレンス様の事を聞いていたのを覚えてます。確か学院を卒業する前じゃなかったかしら?そうだわ、ヴァイリー王国での出来事が終わった後でしたね」
「本当によく覚えてるね…」
手を繋いだまま、砂浜を歩き出す。
ユージェ君の表情は後ろからだとよくわかりませんね。
…あの時のユージェ君は、少し複雑そうな面持ちでレオ君にローレンス様の生涯について調査を依頼していました。
特に誰かに告げる事なく、わかる範囲でいいからと。
レオ君も少し驚いた後に、いつもの笑顔で了承していました。
その結果自体は私の知らぬところですが、何か気になる事があったのでしょう。
「…僕とローレンス様はね、似てるんだ」
「似てる?」
「色々とね。だから、ローレンス様のお墓の場所も含めてレオに聞いたんだ。絶対にあるタイミングで行こうと思って」
「そのタイミングが、今なんですか?私も一緒でよろしいの?」
「うん、ナタリーが一緒じゃないとね」
…どういう事でしょう?
話の意図がわかりませんね…
そのままゆっくり綺麗な砂浜を歩き続けて、暫くした頃。
砂浜から小さな森が続いていました。
ユージェ君はそのまま進んで行くので、私も後に続きます。
「足、大丈夫?疲れてない?」
「えぇ、今日はヒールのない靴にしましたから、大丈夫です」
「そう、疲れたらすぐに言ってね?」
優しいユージェ君。
貴方は何をそんなに悩んでいるんですか?
付き合いは長いんです、わからないとお思い?
でも、まだ聞いてはいけないんでしょうね。
「あった、あれだ」
ユージェ君の指差す先にあったのは、変わった形の石。
長方形の縦に長い石に、台座まである。
「これは…?」
「お墓だよ、ローレンス様の。亡くなる直前に家の人に頼んで、海に近いこの場所にこの形のお墓を建てたんだって」
「これがお墓…」
なんだか、不思議な形です。
確かにお墓と言われればそう見えてくる。
随分大きいんですね…
あら、何か魔法印のようなものも刻まれているわ?
「…我、ここに眠る。我が魂はこの世界と共に、か…」
「…読めますの?」
「愛し子だからね、勿論読めるよ。そっかぁ、ローレンス様は、この世界を恨んでなかったかぁ…やっぱりねぇ…」
…愛し子様が、この世界を恨む…?
どういう事なのかしら。
「…ナタリー、今から言う事は、出来るだけ他の人には黙ってて欲しい事なんだけど…聞いてくれるかな?」
「…はい」
そうしてユージェ君が語ったのは…この世の秘密、愛し子様の存在理由でした。
あまりの事に、私は繋いでいない左手で口元を押さえてしまいました。
だって、ユージェ君が…他の世界で死んでしまっていたなんて…
思考が停止しそうな私を見て、少し困ったように微笑むユージェ君と、本当は会えなかったかもしれないなんて…
「…僕と、ローレンス様はね…元々別の世界では女だったんだ」
「え…?」
「だから、多分、ベティ様よりも沢山葛藤した。僕が発狂しなかったのはベティ様のおかげ。そしてそんなベティ様を最初に支えてくれたのは…ローレンス様だった。そんなローレンス様は、悩んで、悩んで…そして、男として生きる事を決めた。大切な伴侶と出会って、結婚して、子供も生まれて…ただ、ローレンス様は伝えられなかった、自分が女だったと。伝えれば、気持ち悪いと拒絶されるかもしれないから。こっちの石の端に書いてあるのはね…『すまない、イレイザ、秘密を墓まで持っていく事を許してくれ』だって。この文章の写しをレオから貰った時、理由はすぐにわかったよ」
「…ユージェ君…」
「僕がここに来た理由はね、ナタリー、君に言いたい事があったからなんだ」
「私に…?」
ユージェ君は繋いでいた手を離して、私の前に改めて立つ。
手を胸に当てて、目を閉じながら、私に告げる。
「僕はね、今は、ちゃんと男なんだ。前の世界にも、やっとケジメをつける事が出来た。こんな変な僕だけど…それでも、僕は…ナタリー、君が好きなんだ。ただ1人の男として、君の隣を歩いていたい」
ゆっくりと目を開き、そして片膝をついて私の左手を取る。
首元にあったあのリボンを外して、そっと左手の薬指に軽く巻き付けてくれました。
「君のこれからの一生を、僕と共に過ごしてくれないかな?」
少しだけ、情けない顔をするユージェ君。
さやさやと風が流れて、私の指に巻き付いたリボンが揺れる。
あぁ、なんだ、ユージェ君は、不安だったんですね。
自分が女性だったから、異質な存在だから。
だから今まで恋愛事は極力避けたり、質問にも曖昧な返答だったんですね。
私が諦める必要なんて…想いに気付かないフリをする必要なんて…なかったんですね。
「…ふふふ」
「…ナタリー?」
「ユージェ君、ご存知?私、恋愛については、かなり寛容ですのよ?」
「…うん、知ってる。どんなジャンルも好きだよね…」
「だから、そんな心配は愚問ですわ」
「…ナタリー」
「なんですか?」
「…もう1回言うけどさ…」
「ふふふ、はぁい?」
「…好きです、結婚を前提に付き合って下さい」
「ええ、喜んで、ユージェ君。私も貴方が好きですわ。心を含めて、全ての貴方が」
全てを言い切る前に、ユージェ君に抱きしめられてしまいました。
あぁ、結構力が強いです。
でも、この苦しさも心地いい。
安心出来る温かさに、恥ずかしいですけど、おずおずと、私も背中に腕を回します。
すると少し顔を離して、ユージェ君が私の顔を至近距離で見つめてきました。
な、なんでしょう…?
「…ナタリー、意外と顔真っ赤」
「ふぇ?!」
「なんかしてやられたと思ったけど、やり返せた気分だなぁ、ふふ」
「…ちょっとお黙り遊ばせ?なんでユージェ君は恥ずかしくないんですか?」
「そりゃ、元女だもん。今更女性と抱き合ったからって赤面はしないかな?」
「…とりあえず当面の目標はユージェ君を赤面させる事にしますわ」
「えぇ?何その目標」
「意地ですわっ!」
少しくらい焦ったり照れたりするところが見たいじゃありませんか!
「多分迫られても照れないと思うけど…」
「…せ、迫りません…」
「じゃあ僕が迫ろうかな?」
「ゆ、ゆっくりよ?!ユージェ君みたいに経験豊富ではないのですから!!」
「僕がチャラ男みたいな言い方やめてくれる?!女の子と付き合うのは初めてだよ?!」
「えぇ?!」
「はぃ?!」
「…あぁ、別の世界では、男性とお付き合いを…」
「…まぁ、女でしたから…」
「…うふふふふふ」
「やめて、僕で脳内変換しないで!」
「うふふふふふふふふふふふふ」
「やめてぇー!!!」
ふふ、冗談です。
流石に自分の婚約者でそんな妄想しませんよ。
でも少しくらい焦らせたいんですもの、これくらいは許して下さいませね?
ついにヘタレユージェ卒業です(?)