暖かい感謝
…頭がガンガンする。
体も少し重い。
謎の体調不良を訝しみながら、僕は目を開けた。
…すげぇ豪華なシャンデリアだな。
あれ?僕の部屋じゃない?
どこここ…
「柚月ちゃん、気が付いた?」
聞き慣れた声だなと思いつつ、頭上へと視線を動かす。
そこには安堵の表情を浮かべたベティ様…愛梨さんがいた。
おや?なんで愛梨さんが?
「愛梨さん…どうしたの?」
「それはこっちのセリフなんだけど」
ん?どゆこと?
…あ、思い出した。
僕、転移魔法で…
あれ?父様に伝えられたっけ?
思い出せない。
僕は咄嗟に体を起こした。
その瞬間、強い目眩を感じて顔を顰めてしまう。
「あぁ、そんな急に起き上がらないの。貴女、魔力欠乏症だったのよ?極限まで魔力使ったんでしょ、危ないわ。HPが0になれば人は死ぬけど、MPだって0になれば命の危機なのよ?」
「だって、早く伝えたくて…愛梨さん、あのね…!」
「…大丈夫よ、柚月ちゃん。ちゃんと貴女はルートレールに伝えてくれたわ。でも詳しい話をもう少し聞かせてくれる?」
…あぁ、よかった、伝えられた。
その言葉に安堵し、僕はもう1度体を倒した。
ここ、ソファかな?
めっちゃふっかふか。
僕は横になった状態で、ここまでの経緯を話した。
愛梨さんは少し考えるような仕草をした後、指をパチンと鳴らした。
無詠唱もどき…?
何したんだろ。
すると離れた位置にあった扉が開いた。
入ってきたのは、陛下だった。
やば、礼しなきゃ…!
「あぁ、いい、そのままで。ユージェリス、大丈夫か?」
「あ、はい、お手数をおかけしまして…」
「構わん、お前のおかげで伝染病の感染を未然に防げそうだからな」
「陛下、アイゼンファルド侯爵邸に少年が保護されているそうですわ。ユージェリスが治療済みの」
「そうか、では後で使いを出し、侯爵領まで送らせるようにしよう。ユージェリス、今な、ルート達が侯爵領にて治療中だ。先程『レター』で報告があったが、重篤者1名と発症したばかりの者が30名ほど、後は潜伏中だった者が人口の半分以上だったそうだ。お前のおかげだ、感謝する」
陛下は微笑み、そして僕に対して頭を下げた。
「陛下!頭を上げて下さい!僕は当然の事をしただけなんです!だって、黒死病だし…確かあれって大変な病気だったし…」
「そうだな、あれはマズイ。発症した者が3桁を越えていなくて助かった。越えていればユージェとベティの2人にも対処してもらわないと魔力が足りなかっただろうからな。今回の人数ならば魔法師団だけで足りる。王都内は確認中だが、数名潜伏中の者を見つけたくらいだ。すでに《ステリライズ》は行なっているから、感染したりはしないだろう」
陛下は僕の言葉に頭を上げて、脱力したように向かいのソファに座った。
すると先程陛下が入ってきた扉がノックされる。
陛下が入室を許可すると、入ってきたのは細身の男性だった。
黄色に近い金髪に茶色の瞳でインテリ眼鏡をしてる、ちょっと神経質そうな髪の長いおじ様って感じ。
怒らせたら怖そうだけど、なんかちょっと苦労人の雰囲気が出てる。
…まぁ陛下があんなんだしな。
「ユージェリス、紹介する。宰相のジェイク=オルテスだ」
「お初にお目にかかります、愛し子様。宰相のジェイク=オルテスと申します。爵位は公爵を頂いております、どうぞお見知り置きを」
「え、あ、こんな格好ですみません。アイゼンファルド侯爵子息、ユージェリス=アイゼンファルドです。よろしくお願い致します。私の方が身分は下ですし、どうぞ敬語はおやめ下さい」
頭を下げる宰相さんに、僕は驚いてしまった。
だって公爵って、うちより爵位上でしょ?
しかも多分当主だろうし、ただの侯爵子息の僕より全然上の立場の人だ。
愛し子だからって恐縮されても困るんだよ!
「…それでは、ユージェリス殿と呼ばせていただく。よろしいか?」
「もちろんです。オルテス宰相閣下」
「…ジェイクで結構。その呼び方、まるでルートレール殿のようですな」
「父の?」
「彼奴は昔から私の事を公の場でも『宰相閣下』と呼ぶ。昔の事を根に持っているのか?全く、しつこい奴だ」
「昔の…?」
「あぁいや、口が滑った。なんでもない。時にユージェリス殿、此度の件はとても助かった、ありがとう」
「いえ、当然の事をしたまでですから。我が領地は王都に近いですし、こちらにまで害が及ぶ事を父も良しとはしないでしょう。貴族としての義務を果たせて何よりです」
「…ユージェリス殿は本当にデビュー前なのか?まるで大人のようではないか。うちの息子達にも見習わせたいものだな」
「お子様がいらっしゃるので?」
「息子は来年デビューする。自分で言うのもアレだが、中々優秀ではある。問題は妹の方だ、彼奴はどうしたものか…」
「では息子さんは同い年ですね。来年のデビュー時にお会い出来る事を楽しみにしています」
へぇ、宰相さんの息子、同い年かぁ。
友達になれるといいなぁ、出来れば愛し子とか関係なく。
妹さんはよくわからないけど。
「ユージェリス、あれから4刻は経っている。起きたのならそろそろお前を家に返そうと思うのだが、自分で戻れそうか?」
「…ちょっとまだ頭が痛くて。いけなくはないと思うのですが…」
「陛下、私が送ります。ユージェはまだ休ませた方がいいですわ。魔力欠乏症は1度なると暫くは安静にさせるものですもの」
「そうだな、ベティも魔力を温存する必要はなさそうだし、頼めるか?」
「そんな、ベティ様の手を煩わせるような事…!」
「いいのよ、ユージェ。少しは甘えておきなさい!」
ベティ様はそう言って、僕に向かってウインクした。
陛下も僕の横に移動してしゃがみ込み、微笑みながら頭を軽く撫でてくれる。
宰相さんもこちらを見る目が暖かい。
…あぁ、優しい人達だ。
この人達の為になってよかった。
安心したら、また少し眠くなってきた。
「いいわよ、寝てて。送ってあげる。次に起きたら自分の部屋よ」
「うん…ありがと…」
暖かい温もりを感じつつ、僕は再び目を閉じた。