姉弟揃っていい子
声の方に向かうと、道から外れた木の下に蹲って泣いている男の子がいた。
あれ…5〜6歳くらいじゃね?
まだ1人で出歩く歳ではないし…普通に逸れたか。
「こんにちは、お母さんと逸れちゃったのかな?」
目線を合わせるために屈んで、男の子の頭を撫でる。
赤茶色のふわふわした髪が気持ちいい。
恐る恐る顔を上げた男の子は、なんというかまぁぐっしょぐしょの顔だった。
「おーう、折角の可愛い顔が台無しだなぁ」
「…ぼ、ぼくっ…可愛くない、もっ…う、うぅ…」
「ごめんごめん、そうだね、可愛いは嫌だったか。でもそんな顔してたらカッコいいかどうかわかんないなぁ?ほーら、お兄ちゃんに笑ってみせて?」
お手本にニコッと笑うと、男の子は少しポカーンとした後に歯を思いっきり見せながらニカッと笑った。
「おー!カッコいいじゃーん!なぁんだ、そっちの方がいいよ!」
「え、えへ、へ」
「さて、んじゃカッコいい君のお母さんを探しに行こうか。どこら辺で逸れちゃったかわかるかな?」
「ん、んと、お魚買いに行くってママ言ってて、お野菜見てる時に鳥さんがいて、お話ししてたらいなくて…」
…魚屋はあっちか。
んで、八百屋はすぐそこのだな。
多分お母さんは魚屋には行ってないでしょ。
この子がいなくなったから八百屋を離れて探しに行っちゃったんだろう。
「じゃあまずはお野菜のお店に行ってみようか!もしかしたらお母さんが戻ってきてるかもだしね」
「うん!」
「君、お名前は?」
「シャルトル!」
「そっか、シャルって呼んでいいかな?」
「いいよー!」
「ありがと」
持ってたハンカチでシャルの顔を拭いてあげて、軽く服装も整えてあげる。
手を繋いで歩いてもいいけど、肩車の方がシャルがお母さん見つけられるかもな。
そう思ったので肩車をしてあげると、とても嬉しそうにケラケラと笑ってくれた。
「お兄ちゃん、どこに住んでるのー?」
「一応王都に家があるから、そこにいるよ。たまに出かけたりしてるけどね」
「お仕事?」
「みたいな感じかな」
プー太郎とは言えまてん。
八百屋は近かったので、すぐに辿り着いた。
「すみませーん」
「へい、いらっしゃい!何にしますかー?」
「ごめんなさい、買い物にきたわけじゃなくて、この子のお母さんを見かけませんでしたか?」
「んん?…あぁ、さっきの!慌てたお母さんが周りを探しに行ったよ!見つからなければ巡回中の騎士団が魔法師団の方々に聞くかもって言ってたな!」
やべぇ、それは知り合いだらけだよ。
「そうですか、ではもう少し探してみますね。もしお母さんが現れたら、そうだなぁ…風の門の詰所のところに行きましたって伝えて貰ってもいいですか?今から半刻くらい探していなかったらそこにいきますので」
「おぅ、わかった!兄ちゃんいい奴だな、これ持ってけ!」
八百屋のおっちゃんがりんごを2つ差し出してくれた、ラッキー!
丸々赤くて美味しそうだ!
「ありがとうございます、いただきます」
「ありがとー!」
「いいって事よ!頑張れよー!」
軽く周りを拭いてあげてから、シャルに1つ渡す。
嬉しそうにすぐに齧り付いて頬張り始めた。
…出来れば果汁、垂らさないでね?
僕も食べよっと、美味ーい。
「さて、お母さんはどんな人かな?」
「んとね、赤毛でね、僕と同じ灰色の目でね、1番上のお姉ちゃんとそっくりなの!」
「…その場合はお姉さんがお母さんに似てるんじゃないかな…?そして僕はお姉さんを知らないなぁ…」
「お兄ちゃんと同じくらいだよ!学院にも行っててね、今は遠くで働いてるけど、凄いの!真ん中のお姉ちゃんも学院に行くために頑張ってるんだよ!」
「…赤毛、赤毛、赤毛…え、まさかメルヒーとか?」
「そう!メルヒーお姉ちゃん!」
まさかの友達の弟だった!
え、かなり歳離れてるな?
メルヒーは16〜17歳、んで妹さんが5年くらい前に会った時が5〜6歳だったから、今は学院入学の直前くらいか。
大体等間隔で3姉弟なのね。
って事は今探してるお母さんって、あの時真っ青な顔して妹さんを見てた人か。
ちゃんと会話したわけでもないし、あんまり覚えてないな。
「シャルはメルヒーの弟君だったのかぁ…」
「お兄ちゃん、知り合い?」
「学院で同じ組だったよ。今でもたまに会ってる友達なんだ」
「すっごい!お姉ちゃん驚くね!」
「うーん、悲鳴上げそう」
妹に引き続き、弟まで僕にこんな感じで。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんの恋人さん?」
「…いや、お友達だよ?なんで?」
「最近ね、お姉ちゃんの手紙に気になる人がいるって書いてあったから!」
それ僕が聞いちゃっていいやつか?
「どうしたらお話出来るかなーとか書いてあった!」
「じゃあ僕じゃないね、結構気軽に会話してるし」
「なぁんだ、じゃあ誰だろー?」
…ジーン辺りかな?
前に様付けだったもんな。
半刻くらいフラフラしたけど、やっぱり見つけられなかった。
魔法使えば1発だけど、どうやって見つけたか聞かれると答えられないから普通に探したよ。
途中でお腹空いたり喉渇いたりしたから、2人で買い食いしながら風の門へ向かった。
なんか年下の男の子とこうやって食べ歩きしながら散歩するのって初めてで新鮮だなぁ。
弟がいたらこんな感じ?
「あ!お母さん!」
「え?どこ?」
シャルの指差す方向には赤毛の女性と女の子と、まさかのアレックス様の師団がいた。
今日の巡回、アレックス様達だったのか…
「お母さぁーん!!おーい!!」
「シャル!シャルトル!!」
涙目で駆け寄ってくる女性に手を振るシャル。
とりあえず下ろしてあげて、勢いよく2人は抱擁を交わした。
その後ろから女の子も飛び込んでいた。
僕も近寄って行くと、第1師団の人達もぞろぞろとやってくる。
「あぁ、シャル、良かった…ごめんなさいね、目を離してしまって…!」
「僕もごめんね、鳥さん捕まえようと思ってー」
「お母さん、良かったっすね」
「師団長様、お手数をおかけしました」
「ありがとうございました!」
「いえいえ。君もありがとね、連れてきてくれ…てぇ…?」
他所行き笑顔でこっちを見てから固まるアレックス様。
「…何やってんすか?」
「散歩ですけど?」
「いや、まぁそうでしょうけど…頭に食べカスめっちゃ付いてますよ?気付いてます?」
「マジでか」
やーねぇ、シャルったら。
パタパタと頭を叩いて食べカスを落とす。
「あ、あの、貴方はアレックス様のお知り合い…?」
「あー、えっと、まぁそんなところです。なんならメルヒーと学院で同級生でした」
「まぁ!メルヒーと!それはありがとうね、娘だけじゃなく息子までお世話になってしまったみたいで」
「いいえ、弟と遊べた気分を味わえて良かったですよ」
「…あれ?愛し子様?」
「「「「「え?」」」」」
女の子の発言に固まる僕達。
…そういやメルヒーの妹の…なんて名前だっけ、ヒナリー?だっけ?
この子には昔顔見せたわな。
「ヒナリー、何言ってるの?愛し子様がこんなところにいらっしゃるはずないじゃない」
「あ、でもこのお兄さんの顔、愛し子様にそっくりで…」
ヒナリーが周りを見回す。
あ、アレックス様、目線を逸らした。
どうやらアレックス様は言う気がないらしい。
幸いにもここにいるメンバーにしか聞こえてなかったみたいだしね。
僕は少し屈んでヒナリーと目線を合わせると、ニッコリ笑ってから頭を撫でた。
「やぁ、ヒナリー、5年ぶりかな?ちゃんと約束守れて良かったよ、お嬢様?」
「やっぱり!また会えて嬉しいです!」
「そう、僕も嬉しいな。まさかあの時はお嬢様がメルヒーの妹さんだとは思わなかったもの」
「え、ちょ、ヒナリー?貴女一体どういう事…?!」
あらら、お母さん大混乱。
アレックス様は渇いた笑いで、パニクったお母さんが過呼吸にならないようになのか、背中をさすってあげていた。
師団員達は開いた口が塞がらないようだね。
唯一把握しきれていないのはシャルで、ポカーンとしていた。
「そうだ、あたし、愛し子様に言わなきゃいけない事があったんです!」
「ん?なぁに?」
「あの時はあたしの我儘を聞いてお顔を見せて下さって、ありがとうございました!」
…思わず面をくらってしまった。
「えっと…どういたしまして?」
「実は去年、お姉ちゃんから言われてたんです」
「メルヒーから?」
「『もし愛し子様とお会いするような事があれば、恐れず、臆さず、ただ真っ直ぐに感謝の気持ちを伝えなさい。あの方は気を使う事を良しとしないのよ』って。なんでそんなに愛し子様の事を知ってるのか聞いたら、お姉ちゃんってば笑って『だってお姉ちゃんの大事な仲間だからね』って!最初はなんで愛し子様が仲間なんだろうって思ったんですけど、お姉ちゃんとお友達だったんですね!」
…メルヒーがいい子過ぎて泣けるっ…!!
そしてそれをちゃんと実行出来るヒナリーもいい子っ…!!
でもまぁ、あれだね。
メルヒーは僕を恋愛対象として見てないって事はよくわかったわ。
「そう、メルヒーは僕の大事な友達なんだ。だからヒナリーも僕と仲良くしてくれると嬉しいな。あんまり正装の時とかは会えないけど、こうやって変装してフラフラしてる時もあるから、その時は遠慮なく声かけてね」
「はい!ちょっと恐れ多いけど、あたしも仲良くなれたら嬉しいです!見かけたら声かけます!」
はい、いい子。
このまま真っ直ぐ育っておくれ。
「あー、坊ちゃん?そろそろお母さんにも説明してあげないと、倒れちゃいそうっすよ?」
「ん?」
顔を上げると、困った顔して笑ってるアレックス様と、顔面蒼白を通り越して最早真っ白なお母さんが立っていた。
なんかあれだ、魂抜けちゃってる感じ。
立ち上がって軽く一礼してから、お母さんに向き直る。
「メルヒーの友人のユズキ改め、ユージェリスと申します。いつも娘さんにはお世話になっています。実は変装して平民科へ通っていたんですよ」
「は、はぁ…」
「今後はあまり僕を見かけても過剰に反応しないでいただけると助かります。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ…?!」
こりゃダメそうだな。
お母さんもう爆発寸前。
「えっと、ユズキさん、でいいですか?」
「うん、いいよ。メルヒーもユズキって呼び捨てだしね」
「ひぃっ…」
あ、お母さんが虫の息だわ。
「今日はお母さんがダメそうなんで、連れて帰りますね。シャルを見つけてくれてありがとうございました!」
「ユズキお兄ちゃん?ありがとう!」
「どういたしまして。またね、シャル、ヒナリー」
「「はーい!」」
無邪気に手を振りながらお母さんを引っ張っていくヒナリーとシャル。
どうやらあの2人は結構度胸が座ってそうだな。
メルヒーの教育の賜物かしら?
「んで?坊ちゃん、これからどうするんです?」
「暇だから引き続き散歩かな?」
「なら一応お気を付けて下さいね?最近変な奴らが彷徨いてるって噂っすから」
「変な奴ら?」
「他領で子供を拐って国外に持ち出す事件が何件か起きてるんですよ。まぁ全部持ち出す前に見つけ出して食い止めてますけどね」
「何それ、僕に喧嘩売ってんのかな?しかも聞いてない」
「…だから師長とかは言わなかったんだと思いますよ?すーぐ敵の本拠地見つけ出してボッコボコにしそうだから」
「えー?良くないですか?」
「子供やその親としてはいいでしょうけど、坊ちゃんは普通そういうのに出張る立場の方じゃないっすから。お堅い年寄り共が最近騒いでるのも聞いてないでしょう?」
「騒いでる?」
「『愛し子様とは崇高であれ!』みたいな?この前の旅も『何故他国へ愛し子様を行かせたんだ!何かあったらどうする!他国に住まれたらどうする!』みたいな抗議が陛下宛にあったらしいですから」
…なんだそりゃ、そんなん僕の勝手だろう。
「まぁ陛下は一言、『では愛し子様の行動を制限して、それこそ機嫌を損ねて精霊界へ行かれてもいいと言うのだな?以前の王妃のように』って睨みきかせたらしいっすよ」
「やだ、当事者の言葉って重い」
「王妃様もあの家出と公務以外では王城にいらっしゃるしねぇ。ローレンス様も基本は領地にいたらしいし。こうやって他国にしょっちゅう行ってる愛し子様って過去に例がないっすよ?」
「…暫くは国内にいますよ。行ってもヴァイリーくらいです。それよりそんなに僕に色々教えていいんですか?父様達が僕に言ってないんだから、アレックス様が伝えるのは…」
「…俺、あの糞爺共、嫌いなんすよ」
にーっこり、いい笑顔でサムズアップするアレックス様。
…つまりあれか、いっそその糞爺共を潰してくんないかなー?みたいな思惑があるわけか。
意外とアレックス様も僕を軽々しく扱うんだからぁ。
…でも、そういうところ、嫌いじゃない♡
僕も何も言わずにサムズアップして、にっこり微笑んでおいた。




