隣国の姫君
とりあえず大体の報告が済んだから、執務室を後にした僕とジーン。
相変わらず遠巻きに見ているメイドさん達がキャーキャー言ってるわ。
「…ユージェ?ユージェではないか!」
「あ、メグ様、ご機嫌よう」
遠くから歩いてくる集団の中に、メグ様がいた。
メグ様はパァッと嬉しそうにこちらへ駆けてきた。
「メグ様、王女ともあろうお方が走ってはいけませんよ?」
「すまぬ!だが久々で嬉しくてのぅ!旅は終わったのか?今日は一段と色気があって素敵じゃのぅ!あれじゃな、鞭とか似合いそうじゃな!」
「あはは…えぇ、暫く休んだら国内周遊するだけですよ。それも終われば基本的には王都か領地にいます」
「そうか!なら近々改めて遊びに来ぬか?コバルトの花が満開なのだぞ!」
「そうですか、ではお邪魔させていただきます。招待状をお待ちしてますね」
「うぬ!」
おぉ、満面の笑み。
見た目はベティ様似だけど、こういう笑顔はソフィア様にも似てるな。
嫌がるかもしれないから言わないけど。
そんな事を思っていたら、急にメグ様の顔色が悪くなって慌て出した。
「ゆ、ユージェ、もう帰りか?!」
「えぇ、用事は済みましたので」
「では早く帰るのじゃ!」
「え?」
「今この城にはバラライアの王女が来ておるのじゃ!見つかる前に帰れ!」
「バラライア…あぁ、ヴァイリー王国とは反対の隣国の」
「こんなカッコいいユージェを見たら、あやつ何言い出すかわかったもんじゃないぞ!!はよ、逃げるのじゃ!」
「あーら、誰から逃げるのかしらぁ?」
「げっ!」
背後から声が聞こえたので、振り返る。
そこにいたのは…まぁ、あれだ、よく見る高飛車なお姫様みたいな。
チェルシー嬢よりもきつく巻いた金髪縦ロールに、これでもかというくらいの宝石がついた装飾品をジャラジャラと。
ピンクと白のプリンセスドレスはなんだか重そう。
だが何よりも違和感を放っていたのは、顔だった。
オブラートに包まないで言わせてもらうと…狂言の乙御前みたいな…?
丸い顔に、丸い鼻に、小さな目。
でも眉毛とかは暗い金髪だし、瞳はグレーだから違和感やべぇの。
でもスタイルはいいね、メグ様よりもボンッキュッボン。
だからこそ顔の違和感やべぇの。
逆アイコラみたいな…違和感仕事し過ぎ。
「…カトリーナ王女、部屋で待ってるように伝えたはずじゃが?」
「いつまで経っても来ないんだもの、待たせる方が悪いんじゃなくて?」
「で、あっても他国の城を我が物顔で歩き回るのはやめてもらおうかの。ここはリリエンハイド王国、バラライアではない」
「ふんっ、ヴァイリーが出しゃばって来なければ、ここは私の城になったかもしれないのに」
「それはないな。我が王国は敗戦国と態々政略結婚などせぬし、兄上は義姉上にベタ惚れじゃ。其方の出る幕などないわ」
「んまぁっ…!!」
…何やら笑顔の2人の間でバチバチと火花が散ってる。
敗戦国…あぁ、確か授業でもやったし、本でも読んだな。
100年近く前に、向こうから一方的に戦争吹っかけてきて、ボッコボコにしたんだっけ。
当時の愛し子がトドメを刺したらしいね、詳しくは語られてないけど。
「…あら?あらあらあら?!なぁに、この素敵な殿方は!!マーガレット王女、貴方の兄弟は王太子様とアルバート王子だけでしょう?!」
「…此奴は兄弟ではない。これ、さっさと行かぬか」
おぉ、メグ様に冷たく遇らわれるの新鮮。
でも逃がそうとしてくれてるんだな、感謝。
僕は一言も発する事なく一礼してそのまま後ろへ下がろうとする。
「ちょっと貴方、お待ちなさい。私に貴方の名を名乗る許可を出します」
「そんな許可いらぬし、我が国で其方にそんな権限などないわ。お主も王命を受けた身であろう、はよ仕事へ戻れ」
「まぁ、王命を受けられる身分の人なのね。いいわ、降嫁先は出来るだけ高い身分がいいもの」
「なんの話をしておる」
「何って、私の降嫁先の話よ。もう成人したんだもの、考えなくては」
「…此奴は次男じゃ、其方が降嫁は出来まい」
「あら、次男…なら、うちに婿に来ればいいわ。光栄に思いなさい?」
「此奴は重要な任務に付いておる大事な人材じゃ。父上がそれを許すわけなかろう」
「益々いいじゃない、仕事が出来る男は好みよ!」
…メグ様がどれだけ否定しても肯定してる。
すげぇな、このオタフク姫。
このままメグ様に任せるべきか、それとも口を挟むか…
あ、誰か呼んだ方がいいかな、陛下とか。
「姫様!こちらでしたか!急に出ていかれるので驚きましたぞ!」
ドタドタと少し膨よかなおじさんが走ってきた。
てっぺんのハゲがテカテカしてる。
「ガヴァンス公爵!この者を私の夫候補としようと思うのです!交渉してきなさい!」
「は?!」
「見目よし、仕事が出来る男のようです。早くなさい!」
「…姫様、それだけは出来ませんぞ…」
「何故?!貴方は交渉事が得意なはずでしょう?!」
「確かに私は外交担当の大臣ではありますが…この方だけはどうにも出来ません」
「…この方?」
「…初対面にて、突然申し訳ありませんでした。もしや…宮廷魔術師長のご子息様、で、あらせられますか…?」
おや?僕を知ってる?
他国の人なのにねぇ?
僕はメグ様の許可も得てないので、軽く頷く。
その瞬間、おじさんはサッと顔色を悪くして、90度のお辞儀をした。
「大変申し訳ありませんでした!後日改めて謝罪に伺わせていただきますので!!」
「そうせい、其奴ははよ連れてってくれ。今日の茶会はなしじゃ」
「はっ!!温情感謝致します!!失礼します!!」
「ちょ、公爵?!離しなさい?!なんなの?!」
ぐいぐい押してオタフク姫を連れてってくれるおじさん。
周りにいたメイドさん達も手伝ってどっかに行ってしまった。
「…なんだったの?」
「あぁ、そうか、ユージェは知らなんだか」
ククッと笑って悪い顔をするメグ様。
うわぁ、その顔、めっちゃエドワーズ様そっくりぃ!
「うちの王族は帝王学を学ぶ過程で教えられるが、一般的には伝わっておらん。ユージェは知っても問題ないがな」
「何がです?」
「彼奴の顔、何か思わなかったか?」
「…あー、その、個性的ですね?」
「ククッ、個性的か…あれはな、ユージェ、愛し子様の呪いなのじゃ」
「え?」
「隣国、バラライア王国はかの昔、うちに一方的に領土を広めようと戦争を仕掛けてきた。いくらボロボロに負かしてもすぐにまた向かってくる。それが煩わしかった当時の王、セリュンス陛下が当時の愛し子様に王命を下したのだ。戦時中は王命が可能だからな」
「あぁ、戦争と災害時だけってやつですか」
「セリュンス陛下は言った。『2度と歯向かわないようにしてまいれ』とな。そこで愛し子様は謎の魔法を使った。するとな、それから数日後、突然向こうは白旗を上げてきたのだ」
「何故?」
「愛し子様がバラライア王族に魔法…いや、呪いをかけて、それを解いてほしくば降伏しろ、と伝えたからだな」
「呪い」
「そう、王族の血を引く者の顔を総じてあの顔の系統に変えてしまったのだ!」
「マジか」
「元は大層美しかったらしいが、それが丸っ切り変わってしもうた。すぐさま降伏して、愛し子様は顔を戻して差し上げたらしい」
「え?でもさっきの…」
「顔を戻された奴らは怒り狂ってもう1度攻め込んできたのだ。そしてまた呪いをかけられた。今度は解かないと言ってな。そして解ける方法を2つだけ伝えて、その戦争は終結したのだ」
「聞いてもよろしいので?」
「母上も知ってるしな。ユージェが知らずに解いてしまっても困る。彼奴と出会わなければ黙ったままでも問題なかったんじゃがな…1つ目の方法は、呪いをかけた愛し子様以降の愛し子様が奴らを許して普通に解く方法。そしてもう1つは…」
「もう1つは?」
「愛する者同士の初キスで解く方法、じゃ!」
きらーん☆とポーズを取るメグ様。
…なんか、典型的な御伽話の解呪方法だな。
「あの王族と結婚する者は基本的に政略結婚じゃ。王命を受けて、じゃな。だからその方法で解けた者はほぼいない。過去の事例で1組だけだそうじゃ」
「そりゃびっくり」
「だからあの大臣はユージェの機嫌を損ねてこの代でも呪いが解けないのは困るから彼奴を連れてってくれたのじゃ」
「あれ?ベティ様は?解かなかったんですか?」
「あの国の王族にあまり対応をされなかったらしくての、やめたそうじゃ。ちなみに前愛し子様のローレンス様は初対面で『貧弱』と言われてキレたらしい」
ローレンス様…
「まぁ本当に悪い奴ではないし、ユージェに気付いていないなら機会をくれてやろうとここから離そうとしたのじゃが…潰したのは彼奴じゃな。彼奴、知らなかったのか?それともユージェの顔だけ見て髪色を見ておらんかったな?」
あらあら、ニヤニヤと悪い顔しちゃってぇ。
でもそういうところは好きです、メグ様。
「まぁ、僕的にはどうでもいいかな?バラライアに興味ないから、解くつもりも今のところないですね」
「ふふ、そう伝えておこう」
「というか、なんであの人達はここに?」
「その敗戦後から数年に1度顔色伺いに来るのじゃ。外交大臣と王族が1人来て、そろそろなんとかしてたもう!と遠回しにお願いに来るのじゃよ。まぁそれでうちの愛し子様へ無意識に喧嘩を売ってしまったりして、今まで何も出来ておらんのだ」
「ある意味不憫」
「まぁいいではないか、自業自得というやつじゃな。ではな、ユージェ、招待状待っておれよ」
メグ様が軽く僕に抱きついてから、いつもの可愛い笑顔で自室へと帰っていく。
うむ、なんか変な事聞いたけど、僕の代で解呪してあげる必要もなさそうだね。
…個人的にはあっちの王族総出のところを見てみたい気はするけども。




