チョロい
「…なんというか、凄いですね」
「…ここまでしなくても良かったんじゃないかな、と思ってはいる」
「でもリリーさん楽しそうでしたもんね…」
「あんなリリーを止める事は出来なかった…」
ジーンが生温い眼差しでこちらを見ている。
何故なら僕の格好が凄い事になってるから。
リリーが嬉々として僕の髪型を弄り、最終的には最初に用意されて着ていた服装が合わなくなって着替えまで強要された。
最初に着ていたのは、まぁいつも通りの紺色が主体のフロックコートだったんだけどさ。
今の僕は何を目指したのかわからない状態になってる。
「カッコいいんですけどね」
「カッコいいんだけどね」
「でも俺には無理です」
「ひでぇ」
どんな姿かだって?
黒のYシャツに、銀の刺繍が入った白のネクタイ。
ジャケットコートは袖だけ黒で本体は白地に金のライン、パンツも白。
濃い焦げ茶の編み上げロングブーツに黒い皮手袋。
…あれだね、鞭が似合いそう。
軍服風と言えばいいのか。
赤い腕章とかも似合いそうだよね、しないけど。
そして髪型。
いつもはストレートだったけど、今日は少し毛先を緩く巻かれた。
例のリボンだけだと可愛くなりすぎるから、銀と黒のツイストコードを一緒に縛ってある。
そして分け目を左側にして、前髪と左サイドの髪はイヤーカフが見えるように耳にかけて。
右側の髪は少し長めに右の輪郭を隠す感じで。
愛し子の帰還って事で、例のマントも着用。
無駄に軍服風にマッチしてます。
後はリリーセレクトの香水をつけて、謎の本気モードの完成です。
…なんだこりゃ。
「出来るだけ柔らかく笑った方がいいんじゃないですか?」
「なんで?」
「真剣な面持ちというか、目を細められたりすると、旦那様のキリッとした目元に似てます」
「それはいい事じゃないの?」
「服装のせいなのか、怖いというか、冷たい雰囲気というか…」
「あぁ、ドS鬼畜的な感じか」
「どえ…?わかんないですけど、そんな感じがします」
成る程、鞭持って制帽被ったら完璧か。
生憎僕にそんな性癖はない。
馬車が王城に着いて、降り立った瞬間に周囲が騒ついた。
…超目立ってるんですけど、つい真顔になるわ。
「ユージェ様、顔、顔」
「いやぁ、こんなに目立つとはねぇ…恐るべし、リリーセレクト」
「…さっさと行きましょうか。どうせ今日も案内人はいないでしょうし」
「勝手知ったる他人の家、ってか」
コツコツと歩を進めると、目の前に3人のメイドさんが頭を下げて立ち塞がっていた。
おや?珍しく案内人いるの?
「お帰りなさいませ、ユージェリス様」
「ん?」
「「お帰りなさいませ、ユージェ君」」
「おや?」
顔を上げて、あらびっくり。
なんとアリス様とシンディ&ドロシー姉妹だった。
「なんだ、びっくりした。ただいま戻りましたよー」
「ユージェリス様、今日は随分と素敵なお召し物ですね」
「すっごいカッコいいです!」
「大人っぽくて素敵!」
「あはは、ありがとう。家の者に任せたらこうなっちゃった」
「珍しい意匠でもありますけど、今回ユージェリス様が着た事で流行りそうですわね」
「そうですかねぇ?あ、それよりなんで3人が?」
「王妃様から伝言があったので」
「ベティ様から?」
「えっと、確か『旅の成果は実物持ってらっしゃいな』だったかな?」
「…あー、成る程ね、持ってねぇわ。どうするか…あ、じゃあ悪いんだけど、誰か厨房連れてってくれない?」
「「「畏まりました」」」
おぉ、一糸乱れぬ綺麗なお辞儀。
というか、3人が連れてってくれるのね。
ベティ様の指示かな?
そこからは少し雑談をしつつ、厨房まで案内してもらった。
本当はメイドさんと会話しながらなんてダメなんだろうけどね。
「ユージェリス様、ここです」
「ありがとうございます。フェルはいるかな?」
「探してきますね」
「ちょっと待ってて下さいね!」
シンディとドロシーが厨房の中に入っていく。
「アリス様、その後マーロ先輩とはどうですか?」
「ふぇっ?!あ、その…マーロさん、近々小隊の副隊長に任命されるそうでして…」
「へぇ!凄い!中々早い出世ですね!」
「先日、ガラパゴルス公爵領で魔物が出たのですけど、その討伐で功績を上げたそうで…」
「おや、魔物が。怪我はされてませんか?」
「えぇ、それは大丈夫みたいです。なんでもユージェリス様のお兄様であるロイヴィス様と共闘したんだとか」
「え、それは聞いてないなぁ。後で兄様に聞いてみよう」
「その、お、お迎えに行くのが早まりそうですよって、言って下さって…」
あららぁ、真っ赤な顔のアリス様、かーわいっ。
マーロ先輩も幸せ者だねぇ。
「ユージェ君、お待たせしました」
「いらっしゃいましたよー」
「ユージェリス様!お帰りなさいませ!本日はどうされたのですか?」
「やぁ、フェル、久しぶり。実は少し厨房を貸して欲しいんだ。端っこでいいんだけど」
「なんと!愛し子様に使っていただけるとはなんたる幸運!どうぞ端っこと言わず、中央の広い場所をお使い下さい!」
「いやぁ、見られすぎるのも困るから、端っこでいいよ」
「そうですか…あ、私も見ない方がよろしいですか?」
「んー…じゃあ、フェルはいいよ。でも質問はなしで。うちの料理人もそうだけど、見て覚える分には何も言わないよ」
「はい!ありがとうございます!」
「ユージェリス様、我々はどうしたら?」
「3人は見てていいですよ、出来たら味見でもします?」
「うわぁ!嬉しい!ユージェ君、ありがとう!」
「よろしいのですか?それ、王妃様への…」
「じゃあ、毒味?」
「うふふ、ユージェ君が毒なんて入れるわけないじゃないですか」
「確かに」
「まぁねー」
ベティ様に毒を盛るとか、そんな恐ろしい事するわけなかろう。
そのまま厨房の中へ入ると、かなりの数の料理人がこっちを見て騒ついていた。
流石王城、料理人の数が多いねぇ。
奥の調理台まで行って、マントを外す。
「ジーン、これ持ってて」
「はい、お預かりします」
マントを預けて、どこからともなく愛用のエプロンを取り出してつける。
さてさてさーて、何作るかなぁ!
半刻後。
「よし、終わり!」
「「早ーい」」
「何を作ってるか全くわかりませんでした…」
「相変わらずですね」
「これがレベルの高み…!!精進します!!」
出来たのは豆腐と玉ねぎの味噌汁に、だし巻き卵。
梅干しで作ったおにぎりと、肉じゃがと、きゅうりとかぶの浅漬け。
完璧な和定食です!
器や箸もジャルネで貰ってきたやつなので、見た目からして完璧。
ベティ様達の分はトレーに乗せて、『キープ』してからエプロンをしまう。
手元には4つ、僕とジーンで2つずつ持ってけばいいね。
ジーンからマントを受け取って付けると、調理台の上に残った余りを4等分する。
「はい、どうぞ」
「え?本当によろしいの?」
「勿論、友達ですからね。フェルは今後のベティ様のために、ね?」
「あ、ありがとうございます!」
「うわぁ、美味しそう…!」
「ユージェ君、ありがとう!」
「どういたしまして。じゃあ僕は勝手に行くよ。3人はここで食べてていいよ」
「え、案内…」
「道順はわかるから。誰か上司になんか言われたら、『愛し子様からの指示です』って言っていいよ」
「はーい、任せて!」
「こら!ドロシー!」
「ふふ、じゃあ、またね。近々またお茶会でもしようか」
「はい、楽しみにしてますね」
4人に別れを告げて、厨房を後にする。
美味しそうな匂いが王城の廊下を漂う。
すれ違う人が全員振り返って匂いの元を追っていた。
「ふふ、僕よりも料理の方が目立ってるね」
「ある意味隠れられましたね」
そうして辿り着いた陛下の執務室。
認証板に手を当てて、解錠を促す。
「失礼致します。ユージェリス=アイゼンファルド、他1名、帰国のご報告に参りました。入室致します」
「許可する」
ガチャリと扉が開き、中に入ると…
「ユージェリス、よく戻ったな!待ち侘びたぞ!」
「ユージェリス、お帰り」
「ユージェリス殿、待っていたぞ」
「ユージェ!」
陛下、父様、宰相様の順で帰国を祝ってくれて、最後にベティ様が大声で一言。
「和食食べたい!!」
「へい、お待ち!!」
「いただきます!!」
机に座って準備万端だったベティ様の目の前にトレーを1つ、居酒屋のノリで差し出す。
そして間髪入れずに食べ始めるベティ様。
いつもの淑やかに食べるベティ様からは考えられないほどの速さと勢いでみるみるうちに料理が減っていく。
僕以外の全員の表情がポカーンとしていた。
僕はその間にアイテムボックスにしまってあったトレーを取り出しておく。
ベティ様は最後に味噌汁をズズズーッと啜り飲み、茶碗を置いて大きくため息をついた。
「…今ならなんでも出来る、神話級だろうとなんだろうと瞬殺出来る気しかしない」
「美味しかった?」
「おかわり欲しい。それちょうだい」
「えーっと、これはこっちの3人の分で…」
「陛下」
「ん、ん?!な、なんだ?!」
「下さい」
「え?」
「陛下の分、私に下さいませ」
「あ、いや、俺も是非食ってみた…」
「下さいませ」
「あの、」
「下さい、ませ?」
「…食べ」
「…セテ、ちょーだい?」
「喜んでぇ!!」
チョロい。