王城での騒動《sideルートレール》
またもやパパ目線です。
朝一で陛下と王妃様へ謁見し、ユージェリスの件をお伝えしてきた。
王妃様はまるで我が子のように喜んで下さっていた。
陛下も喜んでいたが、なんとなくユージェリスへ嫉妬してるような感じだったな。
…全く、あの方はいつまでも…
「師長、レリック殿いらしてますよー?」
アレックスが書類を1枚持ってきつつ、扉を指差した。
…確かにレリックがいた。
「レリック、どうした?」
「差し入れをお持ちしました」
「…病み上がりなのに大丈夫か?」
「とてもお元気そうで、楽しそうにしてらっしゃいましたよ」
「ならいいが…今回は3つか?」
「…フェルナンド様へだそうです」
「ユージェリス…」
おいおい、陛下の分ではないとは。
まるでマリエールのようだな、彼女もそういうところがあった。
昔、仲良しのみんなでお茶会を開くと言って、陛下だけ素で招待状出すの忘れたり…
まぁそんなところが可愛かったがな。
「…ご指摘したら、奥様そっくりの驚き方をなさっていましたよ」
「ユージェリス…」
まさか本当に忘れていたとは。
…血の繋がりを感じるなぁ。
「それで、中身はなんだ?もう食べたのだろう?」
「揚げ物でございましたよ。とても美味しゅうございました」
…周りから、生唾を飲み込むような音が聞こえた。
視線も痛いな。
横を見ると、アレックスがガン見してた。
「…なんだ、アレックス」
「…それ、例のやつっすか?」
「例のやつがなんだか知らんが、説明が出来ん事は間違いないな」
「くぅっ…めちゃくちゃ食いたいっ…!!」
「やらんぞ」
地団駄踏んでやがる。
誰がやるか、可愛い我が子からの大事な差し入れだぞ?
…羨ましがらせるために、俺の分はここで食っていこうか。
それもアリだな。
「レリック、王妃様の分は私が渡しておく。フェルナンドの分はお前が持って行ってくれ。私の分は今食べる」
「承知致しました」
レリックから箱を1つ受け取る。
箱を開けると、ふわりと香ばしい匂いが広がった。
…温かいな、よく維持されている。
本当にあの子は魔法が上手いな。
先週から使い始めたとは思えん。
箱に入っていたフォークを手に取り、海老の揚げ物に刺す。
口に運ぶと、それはサクサクだった。
熱くて、サクサクで、ほんのり塩が効いていて。
「美味い…」
これは凄いな、揚げ物なのにそんなに重くない。
簡単そうなのにこんなに美味いとは、本当にユージェリスは凄い。
関心しつつ、次々と口に運ぶ。
周りから時々悲鳴が聞こえた。
だがそんな事は気にしてられない。
手が止まらないからな。
「…どれも美味いな、素晴らしい」
「お気持ちお察しします」
レリックが苦笑しつつ俺の事を返した。
きっとレリックももっと食べたいと思ったのだろう。
…あぁ、もう終わってしまった。
程よく小腹を満たして、大満足だ。
「あぁ、本当に美味かった。ユージェリスにはお礼をしないとな。明日の誕生日会に何か用意しようか」
「そうですね、使用人一同からも何かをご用意しようかと思っています」
「迷うな…今日は早めに上がるが、ちょっとプレゼントを探してから帰るよ」
「承知致しました」
レリックが一礼する。
さて何を用意しようか…
そんな事を考えていると、周囲の魔力の乱れを感じた。
王城に張り巡らされた結界に、何かが触れたようだった。
なんだ?この感じは。
「師長…!!」
「侵入者ですか?!」
「いやでも、なんかいつもと違くないか?こう、結界を普通に通ってきたというか、勢いよくねじ込んできたかのような…」
確かにその表現は当たっている気がする。
勢いよく突っ込んできた感じがした。
普通の侵入者なら、もう少し結界を警戒した感じで踏み込んでくる。
一体どこだ…?
すると突然、目の前の景色が歪んだ。
こんな現象は初めてだった。
全員が臨戦態勢を取る。
部外者のレリックも懐の隠しナイフを手にして警戒する。
「…ユージェリス…?」
だがそこに現れたのは、予想だにしない人物だった。
歪んだ場所に、突如として現れたのはユージェリスだった。
その顔は真っ白で、焦りの色が浮かんでいた。
「と、とう…さま…」
「どうしたんだ、ユージェリス!大丈夫か!」
「師長、落ち着いて下さい!本当にご子息かどうか確認しなければ…!」
「馬鹿者!俺が自分の息子を間違えるわけがなかろう!ユージェリス!」
「旦那様!ユージェリス様!」
ランドールの制止を無視して、俺とレリックはユージェリスに近寄った。
ぐらりと体が倒れてくるユージェリスを、俺は咄嗟に抱き止める。
「ユージェリス!ユージェリス!どうした、何があった?!」
「旦那様、このご様子では魔力欠乏症を起こしております。今すぐポーションを飲ませなければ…!」
「わかっている!アレックス!保管庫から俺の名でポーションを1ケース持ってこい!」
「は、はい!!」
「と…さま…ベティ…様にも…伝えて…」
「ユージェリス!」
「伝染病が…うちの領地で、発病してる…早く、規制かけて…1人、危ない人が…早く…」
「なんだって?!伝染病?!」
「うちに男の子が…潜伏中だったから、もう治してあって…でもお母さんが…早く…黒死病が…」
「黒死病…まさか、あの病魔が広まってるというのか…?その昔、他国を滅ぼしかけたという、あの…?」
「早く…父様…早く…」
そう呟いて、ユージェリスは意識を失った。
顔色は一層悪くなっていった。
「ユージェリス!くそっ、まだか!!」
「師長、持ってきました!!」
アレックスが木箱を持ってくる。
だがユージェリスは気を失ってしまったから、飲ませる事が出来ない。
「そこに置け!!《オープン》!《インジェクション》!!」
魔法を唱えると、床に置かれたポーションの蓋が全て開き、中身の液体が飛び出てきた。
そのまま液体は七色の光へと姿を変え、光はユージェリスの体へと降り注ぐ。
少し魔力を消費したが、全てのポーションが体へと吸い込まれていった。
すると段々、ユージェリスの顔色が戻ってくる。
「嘘だろ、1ケース全部…?!」
「1本500回復で、12本だから6000…?!まさか、それ以上MPがあるってのか?!」
「この子だよな、愛し子様…すげぇ…」
「…とりあえず、生命の危機は去ったようだが…まさか、伝染病だと…?レリック、ユージェリスを頼む、しばらくここにいろ。アレックス、ランドール、ロイド、ウィザー、イザベル、お前達の団は先に緊急出立の準備をしろ。完了次第、アイゼンファルド侯爵領とその周辺領地へと向かう。クルール団は休みのアイスリー団へ連絡を急げ。その後はクルール、アイスリー団共に王都内の伝染病感染状況を調べるんだ。俺は…私は陛下の元へご報告に行く」
「「「「「「承知致しました」」」」」」
俺の指示に、師団長達が動く。
各団員達も動き出すのを確認して、俺は部屋を後にした。
自然と歩く足が早まっていく。
この時間、多分陛下は執務室にいるはずだ。
そう思うと、俺は人の目も気にせずに走り出した。
多少行儀が悪かろうが、それどころではないのだ。
やっと執務室に着き、認証板に手を翳す。
「失礼します!ルートレール=アイゼンファルド、入室致します!」
「んぉっ、おう、許可する」
少し声が大きくなってしまった。
中にいる陛下も驚いたようだった。
勢いよく扉を開けると、こちらを見て驚く陛下と宰相閣下がいた。
「ルートレール?そんなに慌てて、珍しいな…もしかして、さっきの結界の歪みの件か?」
「まさか侵入者か?ルートレール殿、どうされた?」
「…陛下、宰相閣下。我ら魔法師団、この王城を暫し離れる事をお許し下さい」
「…どうした」
それまでの呆けた顔から一転、陛下は真剣な眼差しでこちらを見る。
宰相閣下も只事ではないと気付き、息を飲んだ。
「…先程の歪みの件ですが、あれは我が息子、ユージェリスの転移魔法によって起こったものです。特に賊などではありませんでした」
「ユージェリスが?態々転移魔法など、何故」
「…我が領地で、伝染病が確認されたそうです」
「「なんだと?!」」
「ユージェリスは魔力欠乏症で意識を失ってしまったので、詳しくはわかりませんが…どうやら誰かがユージェリスのところへ助けを求めに来たようです。それで知ったらしく…我らは急ぎ、領地へと向かいます。クルール団とアイスリー団は王都内の確認のためこの地に残しますで、宰相閣下は後のご指示をお願い致します」
「承知した」
「伝染病か…それが本当ならやっかいだな。ユージェリスは病名を言っていたか?」
「…黒死病、と」
病名を告げると、陛下と宰相閣下の顔色が途端に悪くなった。
やはりお2人も過去の話を思い出しているのだろう。
「陛下、1つお願いが」
「…なんだ」
「ユージェリスをお願いしたいのです。私はすぐに旅立ちますし、あの子はこの城にいていい年齢ではない。ましてや愛し子様である事が発覚してしまうやもしれません。本当は容体を見ていてやりたいのですが…」
「それでしたら、私が一旦匿いましょう」
突然の声に驚き、そちらを見やる。
執務室と続き部屋になっている談話室から、王妃様が現れた。
「先程の歪みが気になってこちらに来ていましたが…まさか、黒死病とは。ルートレール、ユージェはどこに?」
「は、魔法師団室にて執事のレリックが見ております」
「陛下、ユージェが回復するまで、こちらの談話室のソファをお借りしますわ。陛下達以外は入れないようにしていただけたらと」
「そうだな、城の治療室では他の者に見られてしまう。一旦そこで安静にさせていなさい」
「はい。それと、黒死病についてですが…もし万が一魔法師団で手に負えない場合でユージェの回復が間に合わない際には…私が出ます」
「ベティ、それは!」
「あんな幼子にまだ負担はかけさせられません。それに、ユージェが愛し子になってからまだ一週間…体が馴染みきっていない可能性もあります。あまりに危険ですわ」
「それは…そうかもしれないが…」
「…陛下、私は…私も、愛し子なのです。そしてこの国の王妃でもあります。国民を救えない王妃など、愚の骨頂ですわ」
王妃様が真剣な表情で、陛下を見る。
…どうしても行かせたくはないんだろうな。
あぁ、昔と同じだ。
いくら王妃様がお強くても、陛下にとっては守りたい存在で…
だけど、王妃様はそれを甘んじて受け入れない。
そして、最後は陛下が折れる事になるんだよな…
「…わかった、だが、最悪の事態の話だ。ルートレール、わかってるな?」
「は、もちろんです。私とて、息子にこれ以上無理はさせたくありませんから」
あの子は優しい子だ。
周囲の為にこうやって自分を犠牲にして伝えに来てくれた。
その努力を、俺は無駄にはしない。
「では、ユージェを連れてきます。ルートレール、頼みましたよ」
「は、精霊様の名にかけて」
「《ワープ》」
王妃様の体が歪むように消える。
…そうか、王妃様も転移魔法が使えたのか…
王宮内で『ワープ』を使っても結界には反応がないんだな。
…少し結界について見直した方がいいかもしれん。
いくら時空属性が稀だからと言って、使われないとは限らないからな。
この件が片付いたら、師団で話し合おう。
「それでは陛下、行って参ります」
「あぁ、お前も気をつけろよ。ユージェリスの事は任せておけ、責任持って匿っておく。問題がなさそうなら秘密裏に屋敷へ送るようにするから」
「ありがとうございます、助かります」
陛下の温情に、一礼する。
そしてそのまま俺は退室し、領地へ向かう為に魔法師団室へと急ぎ戻った。
…さっき王妃様と一緒に連れてってもらえばよかったな。