ジェリスちゃんの憂鬱
どうしてこうなった。
「あぁ…君は私の理想そのものだ…」
「…どうも」
「今の表情もいいな…あぁ、そんなため息付いてるところまで素敵だなんて…!!」
「…帰らせていただいても…」
「待ってくれ!私を置いていかないで…!もっと、もっと君を見ていたいんだっ…!!」
「…もうやだ」
時を遡る事、約1刻前。
僕はジェリスちゃん完全武装でシャーロットさんの商会前に立っていた。
ウェーブがかった黒髪に、黒縁眼鏡。
この国で一般的な紺色のイチオシワンピースを仕入れて着替えましたとも。
あ、買う時からちゃんとジェリスちゃんにしてたよ?
男の姿でワンピース買うのは度胸がいるからね…
そしてそのお店の人に髪を編み込んで貰ったり化粧して貰ったりしちゃった。
うすぅーくだけど、自分の瞳に自白の魔法をかけて準備万端!
じっくり目を合わせると口が軽くなる仕様です、普段はこんな事しないけど、さっさと理由が知りたいしね。
さて、どうやって乗り込むか。
「おや?いらっしゃい、お客さんかな?なんて可愛いお嬢さんだい!欲しいものは何かな?」
ラッキー、ちょうど店番のおばちゃん出てきた!
僕は微笑みながら少しモジモジしつつ答える。
「あ、あの、シャーロットさんと今日遊ぶ約束してたんですけど…」
「え、うちのお嬢さんとかい?!ちょ、ちょっと待ってな!」
慌てたように店に戻る女性。
あれか?もう行方不明になってる事が店中でバレてる感じ?
そしてすぐにバタバタと音を立てて現れたのは、渋くてカッコいい素敵なおじ様と、それを若くしてスラッとさせたイケメンな青年だった。
色彩はシャーロットさんと似てる。
…あー、なんか、シャーロットさんの家系はみんな貴族みたいな雰囲気持ちなのね?
美形ばっかやぁ…
「君がシャーロットの友達かい?!…お、おぉ…なんと可愛らしいお嬢さんだ…」
「シャルと約束してるって…!!…き、君…!!」
僕の姿を確認するや、ピタリと固まって上から下までじっくり見られた。
…あれ?意外といやらしい目付きなわけでもないし、不快感もそこまでないな?
めっちゃ見られてはいるけども。
「あの、最近シャーロットさんと仲良くなって…今日一緒にお祭りに行く予定だったんですけど…」
「そ、そうだったのか?じゃあいなくなったのは君と会うためだったのか…?」
「え?いないんですか?すれ違っちゃったのかなぁ…あの、あの、お邪魔でなければ、その…待たせて貰っても、いいですか…?」
必殺!!うるうる上目遣い!!!!
きゅぴーん!!決まった!!
「も、勿論だ!!さぁ中へ!!私は父のストレイトと言うんだ!」
「あ、兄のヘイゼートです!美しいお嬢さん、お名前は?!」
「ジェリスと申します。それじゃ、お邪魔させていただきますねっ」
効果音が聞こえたとしたら、ニコッ♡だろうか。
僕って前世でもこんなぶりっ子キャラだったんだろうか…
…いや、そんな事ないだろうな。
確かこの世界に来てすぐの頃、自分の王子様キャラは昔からだと思った記憶がある。
どちらかと言えばサバサバ系かな?
まぁいいや。
「こ、紅茶でいいかな?それともジュースを用意しようか?」
「あ、お構いなく。シャーロットさんが戻られたら出かけてしまいますし…」
「で、でもあの子、いつ帰ってくるかわからないから!1杯だけ、ね?ね?」
「そうですか…?では、紅茶をいただけますか?砂糖やミルクは結構ですので」
「あぁ!すぐに用意しよう!」
バタバタと走って立ち去るストレイトさん。
対するヘイゼートさんは…何故か向かいのソファに座って、僕の事をとてつもなくガン見していた。
視線が痛いとはこの事か。
クッソ刺さってる感じがする。
「あの…私の顔に何か付いてますか…?」
「あぁ」
「えっ?」
「青空を思わせるような綺麗な目に、形が良くて可愛らしい鼻に、熟れた果実のように艶やかな口に…素敵なパーツが全て完璧に揃って付いてるね…」
「…そ…ソウデス、カ…」
え、なんなのこの人、謎なんだけど。
もう少しシャーロットさんから情報仕入れておけば良かったかな…
この人の情報、他人の下着持ちの変態ってくらいなんだけど、こう見る限り変態っぽくはないよな…
いや、まぁ発言はちょっとおかしいけどさ。
その時点で変態と言えるか?
というか僕の自白魔法のせいじゃないよな?
いっそストレイトさんの方がマシそう?
中々こっちのペースに持っていけなくて苦戦するわ…
「待たせたね!さぁ、うちの商会で扱ってる紅茶だよ!熱いから気をつけてね!」
「あ、ありがとうございます」
差し出された紅茶を軽く鑑定。
まぁ毒なんて入ってるわけないか。
…うん、普通に美味い。
微笑んでお礼を言うと、口の端がピクピクしながら照れたようにそっぽ向かれた。
えー…なんなの?
「…あ、あの、お2人とも、お仕事に戻られなくていいんですか…?」
「あぁ、大丈夫大丈夫、特に急ぎの案件はないから」
「そうそう、それよりも君といる方が大事だからね」
「ヘイゼート!少し落ちつけ!」
「父さんに言われたくないね!自分だって妄想してるくせに!」
妄想…?
「こ、こら!何を言う!お前だって自重出来てないからな?!いつもの外面はどうした!あ、ジェリスさん、気にしないでくれ?!」
「はぁ…」
…よくわからんな。
少し踏み込むか。
「あの、何かお困り事でも?私で良ければお力になりますけど…」
…言った事を少し後悔した。
何故なら目の色を変えてギュルン!と真顔で首をこちらに同時に向けたのだから。
怖すぎる、あれ、これホラー案件だっけ?
「…それは、本当かい…?」
「誰にも、言わない約束は出来る…?」
「え?え、えぇ、口は硬い方なので…」
「精霊様に誓える…?」
「絶対にシャルに言わない…?」
そこまで?!
「は、犯罪行為でなければ、誓えます…けど…」
「…犯罪では、ない」
「…うん、犯罪じゃ、ないよね」
「セーフだよな?」
「私達的にはセーフなんだけども」
「…シャーロット的にはアウトかな?」
「…わかってもらいたいけどね」
「わかってくれたら、嬉しいなぁ…」
…マジでなんの話…?!
異様な雰囲気に、ソファに座ってるけど後退る。
「…じゃあ、まずは私からお願いしていいかな」
「え、あ、はい…な、何を…?」
「…見せてほしいんだ、君の…」
僕の…?!
え、何、まさかこの、ジェリスちゃんのないすばでーを…?!
「君の…その顔を」
「…顔?」
「あぁ、顔だ。本当は全身と言いたいところだが、兎に角顔をずっと眺めていたい」
「…えっと、まぁ、見るだけなら…」
「本当かい?!ありがとう!!」
「わ、私は用意があるから少し席を外させてもらうよ!!待っててくれ!!絶対だからな?!」
「はぁ…」
バタバタと応接室を飛び出していったストレイトさん。
そしてヘイゼートさんはまたソファに座り直して、ジッ…と僕を凝視し始めた。
そして、気付けば、1刻デスヨ?
もう、流石に、限界…ナンデスケド…?
「…あの、理由は、お聞きしてもいいですか?こんなに、私を見る…理由というか…」
「あぁ…そうだな…君には聞く権利があるか…実は…」
「待たせたな!!まだジェリスさんはいるかい?!」
ちょっとぉ!!
折角理由がわかりそうだったのに、ストレイトさんのぶわぁっか!!!
…つい、睨んじゃったんだけど、一瞬で目が点になってしまった。
だって、ストレイトさんが両手いっぱい抱えてるもの…
めっちゃヒラヒラふわふわぴらっぴらの、ゴスロリ&ロリータ服なんだもの…
「…それは?」
「いいだろう?!君は黒髪だから、こっちのも似合うと思ったんだ!!シャーロットはきっとこっちの白なんかが似合うだろうけど…いや、君も顔立ち的に似合いそうだな!!」
「いや、そうじゃなくて、なんでその服…」
「…おや?まだ暴露してなかったのか?ヘイゼート」
「いやぁ、それよりも見続けたくて…」
「そろそろお前も本当の要求をすればいいじゃないか」
「そうだな、じゃあその白貸してくれるか?」
「これはジェリスさんに着てもらうんだ、お前は自分のにしろ」
「ちぇっ…」
「ごめんなさい本当にごめんなさいそろそろ説明して貰えないとよくわからなくて逃げ出したくなるんですけどごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!!!!」
ちょっとしたパニックに陥った僕はソファから立ち上がり頭を下げた。
「あぁ…ちょっと先走り過ぎたな?」
「怖がらせるつもりじゃなかったんだが…」
少し落ち着いてくれた2人に促されてソファに座り直す。
冷め切った紅茶を一気飲みして、2人の言葉を待った。
「…実は、ね。我々には少し特殊な趣味があるんだ…」
「私達的には特殊だとは思ってないんだが、それを知った母は出て行ってしまってね…それ以来出来るだけ隠してきた事なんだ」
そういや、シャーロットさんは理由を教えてもらえなかったけど離婚してるって言ってたな。
そんなに許せない趣味なのか?
真剣な面持ちの2人に、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「実は…私は人形遊び、というか着せ替え遊びが大好きなんだ」
「は?」
「私は女性になりたいわけではないが、女性の格好をするのが大好きなんだ」
「へ?」
…ぱーどぅん?
「女児のような趣味だが、どうしてもやめられなくて…可愛い人形を見つけると衝動的に買いたくなるんだ。昔はシャーロットが小さかったから気にせず買って、娘と遊ぶという名目で手元に置けたんだが、今では…だから、シャーロットの服と称してこういうものを買っては眺めるのが精一杯だった。サイズはシャーロットの服でわかったが、着てくれとは言えなくてね…」
「私は私で、綺麗なモノが好きでね。特に女性物の服や化粧品、装飾品なんかはワクワクトキメク。特に総レースのシルクの下着なんかは芸術品だと思う」
熱く語り始める2人。
一方の僕は思考回路がショート寸前。
…わかったぞ!
謎は、全て解けた!!
つまり、この2人はオトメンってやつか!!
この世界にオトメンというものは存在しないし、どちらかと言えば男性は男らしく、女性は女らしくという認識が強い。
勿論ティッキーディッキーみたいな人もいるけど、あくまであれは『中間の人間』として扱われて、意外と差別されたりするわけじゃない。
ただ『女の子が好きな物が好きな男(恋愛対象は異性だし、見た目も男)』という分類がないんだよねぇ…
確かサウジハンス大国は女性は女らしく、男性は男らしくという傾向が強かったはずだから、余計にシャーロットさんのおばさんは嫌だったんだろうな。
ぶっちゃけ、僕個人としてはアリだと思う。
なんなら元女なので抵抗はない。
まぁシルクの下着について語られるのは辛いが。
さてさてさーて、どうしたもんか…
自白魔法がかかりやすい方達のようです。