ちょっとした嫌がらせ
朝食後、いつも通り厨房にやってきた。
なんだかちょっとバタついてるな…
「あ、ユージェリス様、おはようございます!気分は大丈夫っすか?」
「おはよう、セイル。すっかり元気だよ。ところでなんかバタついてるね?」
「そりゃあ、明日はユージェリス様の誕生日じゃないっすか。だからその準備を今からしてるんすよ。と言っても再来年からの方が大変ですけどねー」
「なんで?」
「だって家族だけの誕生日会は来年で最後じゃないですか。来年ならユージェリス様の誕生日迎える時は社交界デビューギリギリ前だし。デビューされたら他の貴族様達も呼んでのパーティー形式ですよ?」
マジか。
いや、そうだよね、だって貴族だし。
よく読んでた小説でも色んな人招いてたりしてたじゃーん。
んでなんかいちゃもんつけられたり、問題が起きたりとか…
でも友達呼んで誕生日会とか久しぶりだし、ちょっとワクワクする。
「それなんですが、セイルさん。ユージェリス様は愛し子様ですし、多分限られた人しか来ないと思われますよ?下手したら学院入るまでは貴族のお友達も出来るかわかりませんし」
「それもそうか、じゃあまだ大変なのはロイヴィス坊ちゃんだけだな」
なるほど、すでに兄様は8歳の誕生日で経験済みなのか。
その時はちゃんとユージェリス君が出席したんだろうけど…
全く知らないよね、うん。
というか、僕、学院入るまで友達出来ないの?!
「と、友達…欲しいのに…」
「あぁ、ユージェリス様、そんなに落ち込まないで下さいませ。デビューの日に気の合う方と仲良くなられるかもしれませんし、なんならお忍びで平民の子と仲良くなるかもしれませんよ!まぁ平民の子だと身分は明かさないでしょうから、誕生日会には呼べませんが…」
平民の子はアリだ、多分価値観も近いだろうし。
ただ問題は貴族の方だ。
愛し子とわかった状態で会って、果たして心から仲良くなれるのか?
…小さい時の愛し子発覚って、不都合ばっかじゃん。
いいなぁ、ベティ様、成人してからで。
あぁ、なんか気が滅入ってきた。
「ゆ、ユージェリス様!今日は何を作られるんですかっ?!」
「そうそう、久しぶりだから俺楽しみだなぁー?!」
あからさまにテンションが下がった僕を見て、リリーとセイルが慌てたように話を変えてきた。
…下手くそか。
なんだか少し気持ちが浮上してきた。
「…今日はベティ様と、父様と、あと王城の料理長のフェルに作ろうと思って」
「え、フェルって、まさかフェルナンド=ターナー?!」
セイルが驚いたように叫ぶ。
その反応にびっくりしたが、とりあえず僕は頷いて肯定した。
「…フェルナンド=ターナーと言えば、噂では料理スキル9らしいですよ」
「へぇ、セイルより上か。まぁ確かにそんな感じがしなくもないけど…まぁそのフェルが『領域の料理』に興味示しててね。1度くらいは作ってあげようかなって。それで王城の料理が変わるなら、ベティ様も喜ぶから」
「お優しいですわ、ユージェリス君」
「それで、何を作るんですか?」
「うーん、それは迷ってるんだよねぇ…材料見てから決めようかな」
そう言いながら、とりあえずいつもの場所に移動する。
並んでいる材料を見る。
そろそろちゃんと和食作りたいよなぁ…
でも醤油と味噌ないし…
あー、煮物食べたい、肉じゃがとか。
あぁ、そういや前に1回、塩肉じゃが作ったなぁ…
でもダメだ、あれには顆粒だしとかごま油とかみりんとか、足りないものがある。
代用品があるかもわからないから、さすがに今チャレンジ出来ない。
「やっぱり、揚げ物とかかなぁ…塩とかレモンで食べればいいし。そうなると、唐揚げ、とんかつ、アジフライ、天ぷら…そうだ、天ぷらにしよう。セイル、海老ってある?10センチくらいのやつ」
「へ?あ、あぁ…こんなんですか?」
セイルが冷蔵庫もどきから海老を取り出す。
おう、ブラックタイガーのような立派なやつだ。
これはエビフライ案件じゃね?
…まぁいっか、天ぷらにしちゃおう。
「それを…10尾くらいもらっていい?」
「もちろんです、ここに置いときますんで」
「ん、ありがとう」
「料理長、何されてるんですか!準備があるんですから、こっち来て下さい!あ、ユージェリス様、おはようございます!」
声に驚いて振り向くと、セイルと同じくコック服を着た青年が立っていた。
栗色の髪に濃い青色の瞳の青年は、僕に会釈してからセイルの顔を見ると、少し怒ったように詰め寄る。
「ど、ドリー…いや、俺にはユージェリス様を見守るという使命が…」
「レリックさんがユージェリス様はしっかりしてるから1人で料理させても大丈夫だって言ってました!だからセイルさんをサボらせないようにって!ほら、忙しいんですから!」
「いやいやいや、ほら、俺がいないとユージェリス様も困るだろうし?!」
「別にいいけど、リリーもいるし。ほら、早く仕事してきなよ」
「ユージェリス様?!」
「え、リリー…さん?」
「はい、ここに。ドリーさん、セイルさんを連れてって大丈夫ですよ」
ショックを受けるセイルに、ポカンとした顔をしたドリーと呼ばれた青年に、セイルの影からひょっこり顔を出してドリーに向けて微笑むリリー。
…なんだこれ。
「り、りりりり…」
呆けた顔から、真っ赤になるドリー。
…おや、もしかして、リリーが好きなのかな?
うんうん、中々お似合いじゃないか?
ドリーの顔付きはめちゃくちゃイケメンってほどじゃないけど、優しそうな雰囲気のお兄さんって感じだ。
それにドリーも料理が出来るなら、食いしん坊のリリーにはぴったりかもしれない。
「り、リリーさん、それでは、ユージェリス様をよろしくお願いしますっ!」
「はい、お任せ下さい」
「セイルさん、行きますよっ!」
「ユージェリス様ぁ〜!!!」
結構ガタイのいいセイルを、真っ赤な顔したドリーが引きずっていく。
すげぇ、結構怪力なんだね、ドリー。
さて、料理の続きだ。
他にはナスと舞茸と蓮根とさつまいもと…あぁ、ちくわ欲しかったな、磯辺揚げにしたかった。
でもないものはしょうがない、さすがにちくわの作り方はよくわからん。
後は玉ねぎと人参でかき揚げを作ろう。
かき揚げ作るならマヨネーズがあった方がいいんだけどなぁ、サクサクになるし。
…マヨネーズなら作れるかな、なんかのサイトで作り方見た気がする。
今度試してみよう。
「とりあえず海老剥いて…」
ベリっとベローンと、海老の殻を剥く。
竹串があったから、それで背ワタを取る。
ナスは手袋みたいに縦に切り込み入れて、舞茸は適当な大きさに割く。
蓮根は皮剥いて5ミリ幅で切る。
さつまいもは…皮付きでいっか。
卵をボウルに割り入れて…冷たい水が欲しいな。
「《ウォーター》《クール》」
どれくらいだ?
まぁいっか、大体で。
この2つをよーく混ぜて、小麦粉どっぱーん。
大雑把に混ぜたら、さっさと揚げる!
「《ヒート》《イグニッション》」
油を魔法で適温まで一気に温められるのって楽だよねぇ、時短出来る。
衣をさっと付けて、油の中にポイポイ投げ入れる。
「お・い・し・く・なーあれっ♪」
なんとなく、これは毎回言っちゃうな。
これにも美味しくする効果がありそうだし。
今のうちにかき揚げの準備しよう。
玉ねぎを薄切り、にんじんも同じ厚みの千切りにして、ボウルに入れて小麦粉をまぶす。
別のボウルに小麦粉と片栗粉とさっきの残りの冷たい水入れて…
本当はここでマヨネーズ入れたいけど、ないからなぁ…
しょうがない、卵をちょっとだけ入れよう。
こっちも大雑把に混ぜておく。
「あ、揚がった揚がった。《キープ》」
天ぷらが揚がったので、引き上げて『キープ』させる。
やっぱ出来立てサクサクを維持しておきたいよね。
『キープ』って便利だわぁ。
さてさて、さっきの玉ねぎとにんじんをさっくり混ぜて、そのまま油にどーん!
あー、美味しそう…
「お・い・し・く・なーあれっ♪」
じんわりじっくり、サクサクに揚がったら出来上がり!
そう思って後ろを振り向くと、いつも通りリリーがよだれを垂らしてキラキラした目で見ていた。
「リリー、お皿とフォーク持ってきて。えーっと…7個ずつと、この前の差し入れ用の箱を3つ」
「はいっ!!」
食い気味で返事をして用意するリリー。
…僕はリリーが心配だよ、本当に。
用意してくれたお皿に、天ぷらとかき揚げを小さく切ってからそれぞれに置いた。
お皿のは味見用だけど、差し入れ用の箱には切らないでそのまま入れる。
海老以外は2個ずつだな。
海老は人数分あるから、1個丸々置く。
その上から塩をパラパラとかけて…
「はい、リリー」
「ありがとうございます!」
「後、これをドリーに渡してきて」
「ドリーさんですか?セイルさんでなく?」
「サボろうとしたセイルへの罰に、目の前で2人で食べてきて」
「あぁ、なるほど、それは罰になりそうですね!承知致しました」
「残りはレリックにお願いしようかな。《エリア》《コール:レリック》」
範囲指定を屋敷中にして、レリックを呼び出す。
意外と近くにいたみたいで、30秒くらいですぐに来てくれた。
リリーはレリックに一礼してから、お皿を2つ持ってドリーを探しに行った。
「ユージェリス様、お呼びですか?」
「また父様達のところにお使いお願いしてもいい?」
「もちろんでございます」
「後、これはレリックの分ね」
「これはこれは、とても楽しみにしておりました」
レリックがいい顔で微笑む。
そんなにか。
「残りの3つは僕が母様達に届けるからいいよ。さ、食べよう?」
「はい、ご相伴にあずかり、光栄です」
2人でフォークを使い、天ぷらを食べる。
熱々サクサク、いい感じだ!
あー…天つゆ欲しい…
「ユージェリス様、とても美味しいです」
「なら良かった。本当は専用のつゆ…ソースがあるんだけどね。材料がないから塩で食べるんだ」
「材料とは?」
「醤油と…あと欲しいのは味噌って言うんだけど、聞いた事ある?」
「ショウユとミソ…いえ、申し訳ありません、存じ上げません」
「だよねぇ…まぁいいや、今度調べてみるから」
料理本とか調べればいいのかな?
他国の本とかに書いてあったりしないかなぁ…
あ、かき揚げも美味しい。
マヨネーズないけどなんとかなったな。
「あぁ、とてもとても美味しかったです。ありがとうございました、ユージェリス様。それでは、こちらを届けて参ります」
おぉ、レリック、もう食べ終わったの?
早いなぁ、そんなに美味しかったのか。
満足そうに微笑むレリックは、差し入れ用の箱を3つ重ねて持ち上げた。
「うん、忙しいのにごめんね?父様と、ベティ様と、料理長のフェルに渡して欲しいんだ」
「ほう、フェルナンド様ですか。承知致しました。ところで…陛下の分は…?」
…やっべ、普通に忘れてた。
うーん、僕の中で陛下への優先度が低いみたいだな…
というか、なんか忘れちゃうんだよなぁ、なんでだろ。
そんな事を考えていると、レリックが少し困ったように笑い、僕の耳元へ口を寄せた。
「…大きな声では言えませんが、今のユージェリス様は奥様とそっくりでしたよ。奥様の、陛下への対応と言いますか…つい忘れてしまったりするそうです。公の場では大丈夫なのですが…わざとではないようなので、ご指摘すると今のユージェリス様と同じような顔をされていました」
…母様と同じ、か。
なんかちょっと嬉しい。
僕は正確には母様の子じゃないから、似てると言われると少し擽ったい。
「そっか、母様と…」
「変なところが似るものですね。それでは、私は王城へ行って参ります」
「うん、よろしくね」
レリックが一礼し、箱を持って厨房から下がっていく。
リリーはドリーと一緒に食べてるかな?
きっとセイルには辛いだろう、若いカップル(?)が目の前でイチャイチャと美味しそうなものを食べている…
うわ、爆発したくなるわ。
ゴメンネ、セイル。