出発直前
4雷1日。
ついに出発の時がやってきた。
忘れ物は…まぁ、多分ないだろう。
あったら戻ってくればいいだけだし。
僕とジーンは一般的な狩人の格好をしている。
勿論今回もリリーの手作りです。
号泣しながらも昨日渡してくれたんだよね。
それに僕が防御系とか色々な魔法を付与してるので、唯一無二な物が出来上がっちゃった!
ジーンも慣れたもので、特に狼狽えずに着替えてくれたよ。
あ、ちなみに僕が旅に出る事は国中が知ってます。
前みたいに急に10ヶ月消えた、とかだと色々良くない噂が立っちゃうからねぇ…
王城からの正式発表って事で、国中にある掲示板に貼り出されたってわけ。
内容は『精霊様の啓示により、2年程旅に出る事になった。但し不測の事態や慶次等の場合は一時帰国する』と言う事にしてある。
醤油や味噌の為…なんて書けまてん、てへ。
貼り出されたのは一昨日なんだけど、少なくとも王都はまぁ凄い騒ついてたね。
領地の方は元々伝えてた人もいたし、そこまででもなかった模様。
「ユージェ様、出発しますよ」
「はいはーい。にしてもジーン、少なくともヴァイリー王国出たら敬語禁止ね!」
「…まぁ、それはなんとでもなりますけど…様付けしないのはなぁ…」
「ユズキって呼べばいいんだから、なんとかして!」
「…はい」
うーん、渋々だなぁ。
レリックはそこら辺きっちり切り替えられるぞ?
前に父様と2人でお忍びしてた時の話聞いたけど、遠慮なく呼び捨て&タメ語だったらしいし。
「というか、本当にこのまま王都を歩いて出られるんですか?このまま跳んでいけば…」
「ちゃんと王都の人には『行ってきます』ってところを見せつけておかないと。それで帰ってくる時も同じように門から歩いて帰ってこようね」
「…目立ちますね」
ここはもう目立ってナンボです。
というわけで、母様や半泣きのフローネ達に見送られながら僕達は屋敷を出た。
ちなみに父様と兄様は王城でお仕事だから、朝のうちに挨拶は済ませてある。
ルーファスとレオ、シンディとドロシーも仕事で王城だね。
ナタリーとニコラ、ダティスさんとデイジーは昨日までに王都を出発して各領地に向かっていった。
だからまぁ、もう改めて挨拶する人なんて…あ。
「寄り道してもいい?」
「勿論です。どちらへ?」
「友達と、お世話になった人達のところ」
そう言って、王都の街並みを進んでいく。
いやぁ、至る人達に見られてるなぁ。
僕は仮面もしてないし、まだ変装もしてないからバレバレなんだもんな。
なんとなく、黄色い悲鳴が所々で聞こえる気がする。
…ちょっと嬉しい。
慣れたように道を曲がり、見覚えのあるお店が見えてきた。
どうやら今日も少しだけ行列が出来てるみたいだけど、僕に気付いたのかクモの子が散るようにその行列が崩れていった。
「失礼?お嬢さん達」
「「「「「きゃぁぁぁ?!?!」」」」」
すげぇな、僕のイケメン度合い。
そんなに叫ぶほどですか?
まぁいいや、気にせず中に入らせてもらおう。
特にノックをするでもなく、普通に扉を開けて、息を吸う。
「メイーナ、僕行ってくるねー?」
僕を姿を確認した店内にいた人達が、一瞬にして固まる。
それはレジで袋詰めをしていたメイーナもだった。
うん、メイーナ、素顔の方がやっぱりいいね!
お客さん達にも受け入れられて良かったねぇ。
「…並んだ?」
「いや、挨拶だけのつもりだから先に入れてもらった。ちゃんと失礼ってしたよ?」
「…多分、それ、動けなかっただけ…買ってく?」
「割り込みだけど大丈夫かな?」
「…逆える人はいないから、多分大丈夫」
それ、大丈夫って言える?
「…ミックス?」
「んー、ミックスを6、シトラスを2、ベリーを2で計10袋いいかな?お金は…」
「いい、いらない」
「へ?」
「…代わりに、帰ってきたらまた寄って。その時は、ちゃんと買って。約束してくれるなら、あげる」
「…精霊の名にかけて、愛し子の名にかけて、メイーナとの約束を守りましょうとも」
「ん、聞き届けた」
固まる人々を置き去りに、僕は店内に足を進めてドライフルーツを受け取る。
そしてそのまま扉まで戻り、閉めようとした瞬間。
「…いってらっしゃい、ユズキ」
「ん、行ってきます、メイーナ」
手を振って、店の外に出る。
さっきバラバラになった行列は、元に戻っていた。
ただまぁ、僕がまた現れたら騒つき始めたけど。
「お嬢さん方、割り込みしてすみませんでした。おかげで友人に会えました、ありがとう。引き続き、このお店をよろしくお願いします」
食らえ、王子様スマイル!
…やり過ぎたかな?半数以上が崩れ落ちちゃった。
「…バカな事やってないで行きますよ、ユージェ様」
「はぁい」
ジーンに促されて、渋々立ち去る僕であった。
次に向かったのは、雑貨屋のおばちゃんのところ。
店内はちょうど良く誰もいなくてラッキーだった。
「おばちゃーん!こんちはー!」
「はーい?その声はユズ君かーい?今日は何を買いに来…た…ん?」
呼びかけると奥から出てきたおばちゃんは、僕の顔を見て固まった。
みんなよく固まるよねぇ。
「おばちゃん、僕、暫く来れなくなるから挨拶に来たんだ。いつも優しくしてくれてありがとうね。帰ってきたらまた買いに来るから!じゃあねぇー」
「え、ちょっ…?!」
起動に時間がかかりそうだったから、とりあえず言い逃げしてみた。
というか、ちゃんと正体を明かしてなかったもんなぁ。
そそくさと移動して、今度はティッキーディッキーの工房前です。
お客さんは…ん、ここもいなそうだ。
「ティッキーさぁん!ディッキーさぁん!」
「はいはいはぁーい!どちら様かしらぁん?」
「やだ姉さんたら、ユズちゃんの声よきっとぉ!」
「あら、またお手伝いに来てくれたのぉ?嬉しー…い…あ、ら…?」
「どうしたのよ姉さん、固まっちゃってさ…あ、ら…?」
すげぇ、2人とも『ら』がかなり低い音だった。
素の声ってやっぱ低いのかな…
「…やだわ、アタシったら、幻覚が見えちゃって…疲れてるのかしら?」
「アタシもなんだかあり得ない髪色のお方の姿が見えてて…やぁねぇ、歳かしら?」
「やだなぁ、お2人とも、まだまだお若くてお綺麗じゃないですかぁ。この前も美容について語っていただいたくらいだし…」
「「…え?ユズちゃん?」」
「はーい、ユズ、改め、ユージェリス=アイゼンファルドと申しまーす!」
あ、今度こそ完璧に固まった。
しょうがない、さっさと用事を済ませよう。
僕は指を鳴らして、数枚の紙を取り出す。
それを近くの机の上に置いておいて、改めて背を正した。
「国の発表の通り、暫く国を不在にします。なので暫くはお手伝いに来れませんので、代わりにコレ、置いていきますね?どうしてもの時はご使用下さい。それじゃ、また遊びに来ますからー」
「…お邪魔しました」
僕が笑顔で手を振ると、一応顔を見せた事のあったジーンも頭を下げる。
ちなみに机の上に置いたのはブローチやイヤリングなどのデザイン画だ。
この前来た時、全然アイディアが沸かないって嘆いてたからね。
きっと2人は僕の名前を出さないだろうから、好きなように使って下さいな。
「「ゆ…ユズちゃん?!」」
お店を出た僕達を、意外と早く我に返った2人がお店を飛び出てきた。
「どうかしました?」
「…あ、あの、アタシ達…結構、失礼な事を…」
「仕事、手伝わせたり…とか…」
「構いませんよ、楽しかったです。また遊びに来た時は、手伝わせて下さいね?」
「「…えぇ、待ってるわ」」
微笑んでくれた2人は、いつもの表情だった。
なんでも柔軟に考えてくれる、2人のこういうところが好きだな。
改めて手を振り直して、ジーンと地の門へ向かう。
態々僕のために来てくれたアイカット様の旦那様のリュシエル様が、退場の手続きをしてくれた。
他の人は恐縮しちゃって全く動けてなかったねぇ…
「お気をつけて。旅のご無事を祈っております」
「ありがとうございます、リュシエル様」
「いえいえ、これも仕事ですから。それに、つ、妻からも頼まれましたので…」
「ふふ、仲が良くて何よりです。お子さんが出来たら教えて下さいね?慶事という事で帰ってきますから」
「こ、こここここ子供ぉ?!?!?!」
そんな真っ赤にならんでも。
「…が、頑張ります…」
「まぁ気負う必要はありませんから…授かりモノですしね。アイカット様の仕事のタイミングとかもあるでしょうし」
「そうですね、それはとても大事なので…」
ふふ、相変わらずアイカット様が大事なんだなぁ。
優しい人で嬉しいよ。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
門を一歩出て、ジーンの腕を掴む。
そのまま指を鳴らして、僕らは一先ずヴァイリー王国へ旅立つのであった。
ちなみにメイーナはこの後お客さん達に質問攻めに遭いますが、全てをユージェ直伝の王子様スマイルで躱します。
雑貨屋のおばちゃんと姉妹()は店から出てくるところを見られてるので、お客さん殺到。
但しおばちゃんは思考停止したままなので逆にお客さん達に心配されてます。
姉妹()はのらりくらりと躱します、そういうのお上手です。