寸劇『エーデル姫とガルド魔王』
物語調です。
ある所に、それそれは美しいお姫様がおりました。
彼女の名は、エーデル姫。
エーデル姫はフィリウス王子という婚約者がおり、とても仲睦まじく過ごしておいででございました。
「フィリウス様、こちらのお菓子は如何ですか?」
「あぁ、とても美味しいよ。君は本当に私の好みを良くご存知だ、愛しい姫」
「まぁ、フィリウス様の事でしたらなんでもわかりますのよ」
微笑み合うエーデル姫とフィリウス王子。
この時までは、2人の未来は輝かしいものと思っておりました…
「…フッ、其方がかの有名なエーデル姫か?なんと美しい娘だ」
「だ、誰だ?!」
「我が名はガルド。北の国より参った、魔を司る王である。この地を暗黒に染め上げてやろうと思っていたが、気が変わった。エーデル姫、其方、我が妻となれ。さすればこの国は見逃してやろう」
なんと、魔王ガルドが侵略してきたのです。
不思議な力を持つ魔王ガルドに次々と倒れていく護衛達。
最後に残ったのはフィリウス王子とエーデル姫だけでした。
「くっ…!!姫は渡さん!!」
「ふははは、王子よ、我に勝てると思うてか?姫よ、覚悟が出来たら我が名を呼べ。期限は3日、それを過ぎても返事がなければ呪いによって国は魔の力で満ち、跡形もなく消し去る事になるであろう。精々悔いの残らぬようにな」
そう言って、魔王ガルドは姿を消しました。
満身創痍の護衛達に、怒り狂うフィリウス王子。
それを泣きながら見ていたエーデル姫は、決意するのでした。
「私が…犠牲になれば…」
その場を離れるのは簡単でした。
何故なら彼らは魔王ガルドによって、エーデル姫への関心を阻害されていたのですから。
エーデル姫は誰もいない場所まで走り、覚悟を決めた面持ちで空に手を伸ばしました。
「魔王ガルドよ、私はここです。あの方に手出しする事は許しません。私をお連れなさい!」
「良かろう、姫よ。我が城へ来るがいい」
エーデル姫の姿が消えていきます。
それに伴い、フィリウス王子達の意識はエーデル姫へと戻っていくのでした。
「…姫?エーデル姫はどこだ?!」
「さ、先程までそちらに…!」
「まさか、魔王が…?!」
「…エーデル姫、何故…?!」
悲しみに暮れるフィリウス王子。
彼は三日三晩泣き続け、自室に篭ってしまいました。
そんな彼の元へある日、1人の騎士が訪ねてきたのです。
騎士は勢い良く王子の自室の扉を蹴破りました。
警護に当たっていた他の騎士達はオロオロと狼狽るだけです。
「…すっかり腑抜けられたようだ、我らが王子は」
「…スレインか、貴様、今まで何をしていた…」
「何をとは滑稽な。貴方様が命じられたのではありませんか、遠い北の街に不穏な気配があるから調べろと」
「…あぁ…」
「大方、姫と距離の近い私が気に食わなくて命じられたのでしょうが…些か悪手でしたね。その間に姫を拐われるとは」
「…拐われたのではない、彼女は…自ら…」
「貴方様の頭は飾りですか?」
「は?」
最後に見た時よりも憔悴しきった顔の王子が、騎士を睨み付けます。
仮面を被った騎士の表情は窺い知る事が出来ませんでした。
「あのお方が想いもしない者の所へ簡単に行くはずがございません。きっとあのお方は貴方様を想って…貴方様に生きてほしくて、お側を離れられたのです。そんな事もお分かりになりませんか」
「…私は…私は…」
「…時間の無駄ですね、私は参ります」
「どこへ行くというのだ!」
「姫の元です。私は元々、この鷹の剣を持ってしてあのお方に忠誠を誓う身。ならばこの身を犠牲にしてでも、姫をお救いするまで」
「…待て!スレイン!」
「…なんでございましょうか」
「…私も連れて行け、命令だ」
「…仰せのままに、我が主」
覚悟を決めた瞳を見つめた騎士は跪き、改めて王子への忠誠を誓います。
その身を犠牲にしても、2人の輝かしい未来を取り戻さんと…
こうしてフィリウス王子と騎士スレインは壮絶な旅に出たのでした。
砂の大地を越え、灼熱の山を越え、広大な雪原を進み…
そうして漸く辿り着いた魔王の城で、ついに魔王ガルドとの対面を果たしたのでした。
「魔王よ!エーデル姫はどこだ!」
「心配せずとも、婚姻の儀を挙げるまでは無体な真似はせんよ。あの塔の上で毎日泣きながら過ごしておるわ」
「…彼女を返していただこう!」
「やれるものならやってみろ…!!」
戦いは激しいものとなりました。
腕を斬り、胴を蹴り、足を折り…長いようで短い時間でしたが、漸く騎士スレインが魔王ガルドの動きを封じる事が出来たのでした。
「今です!!フィリウス様!!」
「スレイン!!うぉぉぉぉ!!!!」
「そ、そんな、バカなぁ!!!!」
騎士スレインに背中から羽交い締めにされた魔王ガルドの左肩から右腰まで、フィリウス王子が一刀両断。
こうして2人は勝利を収めたのでした。
「フィリウス様っ…!!」
「エーデル姫…!!長い間、待たせてすまなかった!!もう離しはしない…!!愛しているんだ…!!」
「えぇ、えぇ…!!私も離れませんわ…!!お慕いしております…!!」
熱い抱擁でお互いの存在を確かめるフィリウス王子とエーデル姫。
その様子を見て騎士スレインは、胸元を押さえながらも安堵のため息を吐きました。
こうして3人は母国へと帰還し、フィリウス王子とエーデル姫は国民の祝福を一斉に受け、早々に結婚式を行う事となりました。
幸せの笑顔を見せるフィリウス王子とエーデル姫。
しかし、そこに騎士スレインの姿はありませんでした。
「…いいのか?スレイン」
「上手い事言っといてくれ。好いた女が出来て追いかけていったとかな」
「…笑えない冗談だ」
「じゃあな、後は頼むぞ」
騎士スレインは後任の騎士に全てを託し、幸せそうな2人に背を向けて歩き出します。
そう、魔王ガルドを取り押さえた際に、騎士スレインは呪われてしまったのです。
その呪いを悟られないように、騎士スレインは2人に黙ってその地を去ろうとしていたのでした。
「…スレイン、お前、どこへ行くんだ?」
「残党を潰しながら祖国のあった地に向かうよ。多分呪いは永遠じゃない。消えて生きてたら戻ってくるかもな」
「…でも、お前、戻る気ないだろ?本当は姫を、お前は…」
「黙ってろ、俺とお前だけの秘密だ」
騎士スレインは旅立ちます。
王都を離れ、国を離れ、それでも2人の幸せな物語は聞こえてきました。
腕を負傷し、体を貫かれ、左目をなくし…そうして辿り着いた祖国の墓標の前で、騎士スレインは力なく座り込みました。
「…ここまでか…漸く消えた呪いも、今となっては意味のないものだったな…父上、母上、只今戻りました…」
騎士スレインは墓標に背中を付け、大きく息を吐き出します。
握り締めていた剣が音を立てて地面に転がりました。
もう、彼に剣を握る力は残っていないのです。
柄に彫られた鷹の紋様が鈍く光っていました。
「…貴女様と共に歩めるのなら、例えどのような身分でも、隣に誰がいようとも…この剣にかけて貴女様をお守りしたかった…ただ…それが叶わずとも、いつまでもこの身と心は、貴女様へと…」
「…あら?」
「どうしたんだい?エーデル」
「…なんでもありませんわ。声が聞こえたような…もしかしたらこの子が呼んだだけかもしれません」
「おや、もうお話が出来るのか。我が子ながら聡明だなぁ」
「うふふ、この子が生まれる頃にはスレインも帰ってくるかしら?ぜひ抱いてもらいたいのです。貴方のおかげで授かった命なのよって言ってあげたい」
「全く、何も言わずに出て行くとは…礼も伝えそびれてしまった。きっとじきに追いかけていった女性とやらを連れて帰ってくるさ」
「紹介してくれるかしら?楽しみですわね!」
幸せそうに腹部を撫で、飛び立つ鳥を眺めるエーデル姫。
肩を抱いたフィリウス王子も、一緒に離れて行く鳥を眺めていました。
それは黒い翼を持つ、1羽の立派な鷹のようでした…
〜余談〜
王国民の殆どが読んでいる物語なので、今回は所々端折られてます。
それをメルヒーなりに台詞変えたり流れ弄ったりしてます。