愛し子とは《side エドワーズ》
ちょっと長めでシリアスめです。
私の言葉に固まる母上とユージェリス。
そして2人で顔を見合わせてから、観念したようにため息をついた。
「…ベティ様、どこまで話せます?」
「…私は全部でも構わないわよ。リリエンハイドも許可しちゃったしねぇ…」
「僕は…あんまり父様には聞いて欲しくないんですよねぇ…」
師長にか?
一体どういう事なんだ、師長が悲しそうに首を傾げてるじゃないか。
「…覚悟を決めてもらうしかないなぁ…」
ガシガシと頭を掻いた後、ユージェリスは真っ直ぐ私達を見つめた。
「…今から話す事は今後も国王、王太子、宰相、次代の愛し子のみの国家機密として扱って下さい。父様については…今回特別です。ベティ様や僕の次の愛し子が誕生しても、その家族にも伝えない事。伝えていいのは、愛し子からとします。よろしいですか?」
「あ、あぁ、それは構わないが…どうして家族には伝えてはいけないんだ?」
「…悲しませないためですよ。だから本当は父様にも言いたくはないんです」
ユージェリスが悲しそうに目を伏せる。
そんなに重要な話なのか…?
私は、そこまでユージェリスを、友を悲しませる事を尋ねてしまったのか…?
「…ベティ様、自分の顔とか覚えてます?」
「えぇ、忘れてないわ。仕事着でいいかしら?」
「じゃあ、それで話しましょうか」
「わかったわ」
自分の顔?なんの事だ?
少し深呼吸をしてから、師長の前に立つユージェリス。
そして…突然頭を下げた。
「ルートレール=アイゼンファルド様。今までアイゼンファルド家の方々を欺いていた事を、先に謝罪させて下さい。本当に、申し訳ありませんでした」
「…ユージェリス、何を…?」
「僕は…私は、ユージェリスではありません」
「「「「?!」」」」
顔を上げたユージェリスが、指を鳴らす。
風が体を包み込み、次の瞬間に立っていたのは…
「…女性…?」
黒髪黒眼が神秘的な、可愛らしい女性だった。
ふわふわした肩までの髪に、少し垂れた目元。
若くも見えるが、しっかりとした眼差しや雰囲気は大人びて見える。
しかし、服装が不思議だ。
膝丈のスカートと、シャツに襟はないが良い生地を使っているように見える。
見た目は平民のようだが、なんというか違和感の塊だった。
「あら、柚月ちゃん、随分可愛い顔してたのねぇ!なら、あたしも」
母上が少し楽しそうに指を鳴らす。
同じように風が体を包み込んだかと思うと、現れたのは茶髪の少しふくよかな感じの女性だった。
こちらも神秘的な黒眼をしている。
服装は薄いピンクの上下セットのようなパンツ姿で、清潔感があった。
何かの制服か?
「あぁ、この姿を見られるのは今考えると恥ずかしいわねぇ。死ぬ直前が人生で1番太ってた時なのよ…ストレス太りだったのかしら…」
「…き、君は…ベティなのか…?」
「いいえ、あたしはベアトリスではないわ。あたしの名前は笹川愛梨、享年30歳。死因はとある女の子を助けた事による事故死」
「私の名前は相楽柚月、享年27歳。同じく死因は事故死です」
悲しそうに微笑む2人。
…ちょっと待て、享年?死因?
一体何を言っているんだ?
それにこの2人は…母上とユージェリス…じゃ、ない、のか…?
声も違うし…それにその名前は、リリエンハイド様が最初に2人の事を呼んだ時の…
「…この世界とは別の世界で生まれ育った私達は、ある日突然事故で死にました。そして目が覚めると…私は銀髪の少年になっていた」
「「「「?!?!」」」」
「あたしは金髪のお嬢さんだったわ。フランス人形かと思っちゃった」
「現れた人達に話を聞けば、自分はその人達の息子であり、家族だと言われました。…私は女なのに」
「意味のわからない事を言われて相手に対して反発したら、男の人に頬を叩かれて…本当にどうしたらいいかわからなかったわ」
「その人達は優しく接してくれた、私が罪悪感を抱くほどに」
「周りの人達はどことなく距離を置いた、あたしが絶望感を味わうほどに」
「私達は、この世界の異分子であり」
「あたし達は、この世界を生かす存在でもあった」
「…待て、ちょっと待ってくれ。君達は…なんなんだ…?」
頭を抱えた父上が悲しげな目で2人に問いかける。
「私達は、精霊に選ばれて前の生を奪われ、この世界に不足した魔力を運ぶために遣わされた存在」
「魂の器で別世界の魔力を運び、この世界の人間が魔法を使うために呼ばれた存在」
「運び終わった魂は余ってしまう。元の体はもう事故で使えない。だから…魂のない体にしまわれる。そして、新たな人生を過ごす事になった。それだけでは対価として足りず、様々なスキルなどの恩恵を賜った存在。それが、私達です」
師長が、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
俯いていて見えないが、少し体が震えていた。
「…まさか、ユージェリスは…俺の息子は…本当に…?」
「…だから、貴方には言いたくなかったんです。本当の息子が死んでいただなんて、親である貴方には重過ぎる」
…ユージェリス=アイゼンファルドという人間は、5歳で階段から落ち、重体となったと聞いている。
落ちそうになった妹を庇って。
「…なら、なら…ベティは…いや、ベアトリス嬢は…?!」
父上が今にも泣き出しそうな顔で茶髪の女性を見つめる。
茶髪の女性は少し目を伏せながら口を開いた。
「…ベアトリスは心臓病…体の中にある大事な部分の病気で、命を落としたようよ。もっと早くから聖属性持ちに不調を訴えていれば、あるいは…なんでも溜め込んでしまう少女だったようね」
「…っベアトリス嬢…!!」
「…ユージェリスもベアトリスも、記憶喪失になったんじゃない。魂が別の人間になったんです。比喩として『愛し子は別人のようになる』と言われますが、実際…別人なんですよ」
2人の言葉に、片手で顔を覆う父上。
突然の説明に、どうにも、私には話が理解し難かった。
でも…2人の言う、本当のユージェリスとベアトリスという人間を知っている者からすれば、この反応は当然なんだろう。
しかし、私からすれば…
「…父上や師長には申し訳ないが、私は今のユージェリスと、今の母上しか知らない。魂が変わった後の2人としか接していない。貴方達は、少なくとも私には誠実でいてくれたし、その魔力の話なんかが全て本当ならば、私は王太子としてでなく…1人のこの世界に生きる者として、貴方達に礼を言いたい。本当に…この世界のために、ありがとうございました」
先程の言い方からして、命を落としてまでこの世界に来る事は強制的なものだったんだろう。
それなのに2人はこの世界に生きる私達に当たる事なく、優しく見守り、時には驚異から体を張って守ってくれた。
母上に関しては…多分平民であった前世から王族という全くの未知な世界へ踏み入れる事になったのにも関わらず、これまで沢山の功績を残していたし、私達を愛してくれている事もわかっている。
私が疑っていた愛し子という存在の嫌悪感は、これだったのだ。
こんなにも優しい彼女達が、全てを抱えたままで生きていく…その全ての理不尽さに私は違和感を感じていたんだ。
だから私は全てに感謝をして、彼女達に頭を下げる。
彼女達を否定してはいけない、そう思ったから。
そうすると、誰かの息を飲む音がした。
「…そう、だな…俺も、ベアトリス嬢ではなく、魂の変わった後のベティに惚れた。ベアトリス嬢が悪かったわけでもないし、勿論嫌いでもなかった。恋愛感情はなかったが、昔からの婚約者という事で友愛や家族愛のようなものはあった…死んだ事を喜ぶわけではないし、悲しくて仕方がない、が…俺は、君に会えて良かったよ…アイリ、この世界に来てくれて、ありがとう」
そう言って、父上は茶髪の女性を…母上を抱きしめた。
その瞬間、母上の目からポロポロと静かに涙が溢れ落ちる。
段々体が元の母上に戻っていく。
…母上は怖かったのかもしれない、父上に拒絶される事が。
少しだけ母上の過去を聞いた事があるが、亡き祖父は母上を愛しておらず、今は少し仲良くなった学院長であるお祖母様も愛し子になった母上とは当時距離を置いていたそうだ。
そんな中、うざいながらも付き纏い、自分を大切に思ってくれる父上と会って救われたのだと、寝物語に話してくれた事があった。
「…ユヅキ、と言ったね?」
「…はい」
「そうか、お忍び中や学院での偽名はここからきていたのか…」
「…そうです」
「…そんな死刑宣告を受けたような顔をしないでくれ」
いつの間にか立ち上がっていた師長が、涙目で困ったように黒髪の女性に向かって微笑む。
対して黒髪の女性は悲痛な面持ちで、師長から目線を逸らしていた。
「…なんとなくは、心のどこかで気付いていたんだ。あまりにも以前のユージェリスとは態度が違うと。しかし、端々で似た行動を取ったりしていて…きっと、君には俺達家族の態度で傷付いたりしたんだろう…すまなかった」
「っいいえ、悪いのは私なんです!違うと、私はユージェリスではないと、言えたはずなんです…でも…それだと…」
「…フローネのため、だね?」
黒髪の女性が小さく頷く。
「…確かに、愛し子様へと変わった経緯次第では、その家族に事実を話すのは酷だな…君が黙っていてくれたお陰で、フローネの心は保たれた。これは…墓場まで持っていかなくてはな」
「…すみません…」
「何を謝る、君達のせいではないだろう?なんならリリエンハイド様のせい…とは、恐れ多くも言えないがな」
師長が少しふざけたように笑う。
つられてか、黒髪の女性も泣きそうな顔で少し微笑んだ。
「…君が望むなら、俺は君を女性として扱い、娘として接していこうと思っている。だが、君はそれを望んではいないだろう?」
「…私…僕、は…」
「…いつだったか、自慢の息子だと言った事があった。それを君は、本当に嬉しそうに笑ってくれた。つまり、性別については君の中で殆ど踏ん切りがついているように見える。違うかい?」
「…そう、です…もう、今となっては、殆ど男性思考になってると思います…女性の考えてる事がわからなかったり、その場で思い付かなかったり…」
…なんで遠い目をしてるんだ?
「…俺としては、君はもうすでに大事な子供だよ」
「…っ…!!私、私は…」
「今までありがとう、ユヅキ。そして…これからもよろしく、俺の自慢の子供、ユージェリス」
「…っ父様!!」
ポロポロと涙を零しながら、師長に抱き付くユージェリス。
師長もユージェリスを抱き締めながら頭を優しげな表情で撫でていた。
段々と黒髪の女性から元のユージェリスの姿へと戻っていく。
良かった、この世界で2人を受け入れる事が出来て。




