兄妹の午後
…陛下の放送が終わった。
うーん、名前を伏せてくれたのは有難いけど…特定が簡単そう。
最後の一言はいらなかったんじゃないか?
またベティ様に怒られてそうだ。
「お兄様の名前が出なくて良かったですね!」
「そうだね、とりあえず今すぐに訪ねてくる人とかはいないだろうから、少しゆっくり出来そうだ。僕もフローネも午後は暇だから、3人で何かしようか」
「それもいいね。あ、そうだ、2人とも、クローゼットにいらないものが入った箱ない?壊れた装飾品とか、服とか入ってるやつ」
ロイ兄様とフローネが首を傾げる。
うーん、さすがに知らないか。
少し困っていると、後ろに控えていたミーナとセリスが一歩前に出た。
「ユージェリス様、僭越ながら私共が把握しております。よろしければお持ちしますが?」
「じゃあ後で僕の部屋に運んでおいてくれる?」
「「承知致しました」」
2人は頭を下げてから、一歩下がる。
一方ロイ兄様とフローネは不思議そうな顔をしていた。
「ユージェ、何するの?」
「ちょっといいもの作ろうと思って。後で教えるね」
「気になりますわ…」
「ご飯食べたらね」
膨れるフローネを宥めて、僕達はご飯を食べる事にした。
ちなみに今日のお昼は肉団子のトマト煮にチーズ入り芋餅が添えられたものと、いつものサラダでした。
…肉団子はなんとなく、ハンバーガーの肉をアレンジしてる感じがする、味が似てるし。
でもトマト煮が惜しい、一味足りない。
バターでも入れたらコクが出るんじゃないか?
芋餅も昨日作ったやつを真似たな、ちょっと片栗粉多い気がするけど。
サラダについてはノーコメントです。
…早くドレッシング作ろう。
「「美味し〜い!」」
2人はお気に召したご様子。
まぁちょっとずつセイルが上達してるならいっか。
「ユージェリス様、どうっすか?!」
そんな事考えてたら、セイルが厨房から出てきていた。
めっちゃ不安そうな顔してる。
「…いいんじゃない?」
「…嘘っぽいっす」
「いやぁ、別に僕は『領域の料理』を査定してるわけでもないし?セイルが作った『普通の料理』で言うなら、いいと思うよ?」
「うぐぅっ…!!」
セイルが悔しそうに唸る。
そう、僕は『領域の料理』を教えたわけじゃない。
だから『普通の料理』としてなら、セイルはかなり美味いと思う。
これならお城のフェルより上になるかもしれない。
…今度、フェルにもなんか贈ってみようかな。
興味あるって言ってたし。
それでフェルの腕が上がれば、ベティ様も喜ぶよね?
よーし、明日はフェルになんか作ろっと!
明日の予定が決まったところで、昼食が食べ終わった。
満足そうな2人をよそに、セイルは肩を落として食堂を後にした。
僕達はさっそく僕の自室へ向かう。
昼食を取ってる間にミーナとセリスが例の箱を運んでおいてくれたらしい。
部屋の真ん中にドーンと置いてあった。
ちなみに専属メイド3人組は廊下で待機です。
「さてさて、ちょうどいいのあるかなー?」
「お兄様、何をするんですの?」
「んー?こういうの作ろうと思ってさ。壊れたもので作れば余計なお金もかからないだろ?」
そう言って、僕は自分の耳に輝くイヤーカフを見せた。
するとフローネの顔が見る見るうちに喜びの色を浮かべる。
「お兄様、それすっごい綺麗ですわ!どうやってくっついていますの?イヤリングなら普通は下に付けるのに、横に付いてるなんて…」
「普通に挟み込んでるだけだよ。一応魔導具になってるんだ、リリーとお揃いでね。2人もミーナとセリスとのお揃い作って付けてもらおうと思って」
「えぇ、魔導具作ったの?!ユージェは多才だねぇ、僕よりも年下なのに。でもそんな凄いもの、作ってもらっていいの?」
「いいのいいの、みんなの事、大事だから。これから僕関係で迷惑かけるだろうし、もしかしたら2人の身に危険が迫るかもしれない。特にフローネは女の子だから、誘拐なんてされたら嫌だもん。何事も予防は必要だよ」
そう、フローネはまだ4歳なんだ。
ロイ兄様だってしっかりしてるけど、まだ8歳。
大人に捕まったら、逃げ切る事は出来ないだろう。
それをダシに僕や父様を脅すろくでなしもいるかもしれない。
まぁそんな事したら、八つ裂きどころじゃないけどな。
「お兄様、そこまで考えて…」
「そうだよね、何が起こるかわかんないもんね…」
「そういう事。…あ、これいいかも!」
箱を漁っていると、薄汚れたうさぎのぬいぐるみと破れたドレス、それと留め具が壊れたブレスレットが出てきた。
ブレスレットには真っ赤な宝石が付いてるから…物的にも、フローネの箱だったんだな。
「あぁそのうさぎ、ここにあったんですのね。お気に入りだったんですけど、汚いからとセリスに没収されてしまって…」
「セリスってば、洗えばよかったのに」
「多分ぬいぐるみが増えすぎたから、減らしたかったのかもしれないわ。みんな大切なお友達なのに…」
ちょっと悲しそうにうさぎを見ながら呟くフローネ。
…これはセリスに説教案件か?
「いくら部屋に入りきらなくなってきたからとはいえ、勝手に捨てようとするなんて…」
…いや、さすがにそれは多過ぎだろ。
何かしらの理由を付けて片付けたかったセリスの気持ちもわかるわ、説教回避。
「じゃあフローネはとりあえずこれでやろう。兄様のは…なんかあるかな…」
今度は兄様の箱を漁る。
フローネの箱と色合いが違う。
さっきのは結構カラフルだったけど、兄様のは寒色系の色が多いな。
「あ、指輪あった」
兄様の瞳と似たような色の宝石が付いた、指輪が箱の底にあった。
同じようなやつが2個も。
でもどっちもサイズが小さそうだから、サイズアウトして使えなくなった感じかな?
「あぁそれ、覚えてるよ。昔母様が作ってくれたんだけど、サイズが合わなくなって新しいものに変えたんだ、ほら」
確かに似た感じの指輪が、兄様の右手の中指に付いていた。
普段から指輪付けてるんだ、僕とフローネは付けてないけど…
ーーーーーーーーーー
【後継者の指輪について】
貴族には当主夫人から後継者へと指輪を贈る習慣があります。
指輪の内側には魔法印が刻まれていて、後継者以外が付ける事が出来ないような仕様になっています。
その指輪は右手の中指に付け、当主を継ぎ、婚姻を結ぶ際に外す事になります。
外した指輪は作り変え、新たな当主夫人となる人物へ贈る習慣があります。
当主夫人は左手の薬指にその指輪を付け、婚姻の証とします。
また最近では貴族・平民共に、恋人同士や婚約者同士で右手の薬指にお揃いの指輪を付けるという風習が流行り出しています。
〜参考文献〜
著・セドリック=ロール、"貴族の一生"、P19
【魔法印について】
魔法印とは、彫刻スキルを所持した人間が魔力を込めて刻んだ印になります。
彫刻スキルがあれば簡単に刻み込む事が出来ますが、魔法印で使われている文字は未だに解読されておらず、現状では意味が判明している定型文を刻む事が『魔法印を刻む』という事になっています。
※一説には精霊界で使われている文字とされているが、研究中。
〜参考文献〜
著・フレール=ジャックフルト、"初めての魔法"、P46
ーーーーーーーーーー
…指輪に関しては愛し子が関わってる気がしてならない。
そして魔法印の文字ってもしかして…
ちょっと気になって、サイズアウトした指輪の内側を確認する。
そこには…
「…『我後継也、別人不可』…マジか」
なんだこの漢字の羅列。
エセ中国語みたいな日本語じゃないか。
これもか、これも愛し子の仕業か。
ってかこんな適当な漢字で本当に発動してんのか。
…漢字が凄いのか、彫刻スキルが凄いのか。
この漢字が解読されたら、彫刻スキル持ってる人間が無双決められそうだな。
まぁ解読されないな、漢字ってめちゃくちゃ量あるし、意味わかんない画数のもあるし。
「え、ユージェ、これ読めるの?!」
「えーっと…まぁ、うーん…一応…」
「凄い!じゃあやっぱり、この文字が精霊界で使われているってのは本当だったんだ!嘘だと思ってたよー」
兄様は驚きつつも楽しそうだった。
…父様も賢者だし、兄様も賢者になるのかもしれないな。
なんていうかこう、研究肌っていうの?
調べるのとか探求するのとか好きそう。
「まぁいいや、もう使わないならこれにしよう」
「あ、でも魔法印入ってるから、彫刻スキル持ってないと文字を変えられないよ?」
「あぁ、そっか…いや、変えなくてもいいんじゃない?どうせ使うの兄様だし、文字が残っててもいいでしょ。見た目に見えなきゃいいし。ミーナが付ける方はなんとかするよ」
「それもそうだね」
出来れば消したいけど、まぁ上手く誤魔化すさ。
さてさて、やっていきますかねー!