変わるもの
「ん…」
僅かに聞こえた声に、全員がそちらに視線を向ける。
どうやらソフィア様が目覚めたようだ。
「…ここは…?」
「ソフィア様、お加減は如何ですか?」
「アイちゃん…あたし…」
アイカット嬢に支えられながら起き上がるソフィア様。
今更だけどいくら既婚で還暦越えとはいえ、女性の自室にこれだけ男がいるのってどうなのかな…
いや、ガルフィ様もいるからセーフか?
「…ソフィア」
「…ガル…」
ガルフィ様の呼び掛けに、ゆっくりと顔を向けるソフィア様。
ガルフィ様もソフィア様も、困惑した面持ちだった。
「その…すまないね、痛かっただろう?」
「…う、うん…ちょっと、ね…えっと、ガル、あのさ…あたし…今まで…えっと…」
少し下を向いて悩むように言葉を選ぶソフィア様は、意を決したように顔を上げた。
「あ、あの、今まであたしが着てたドレスとかさ!もう全然使わなくなったアクセサリーとか…あれって、その…寄付?みたいなのって…出来るのかな…?」
「え…?」
「ガルに買って貰ったのとか、出来れば手元に残しておきたかったけど、あれってその…もう着ないなら、えっと…そういうのって勿体ないんで、しょ?」
「「「「「?!」」」」」
その場にいたソフィア様以外の全員が、その言葉に驚く。
あのソフィア様が『勿体ない』?!
え、まさか僕の説教(?)が効果あったって事?!
「ガルから貰った大切な物だから売り払うのは嫌だけど…孤児院とか、なんか、寄付みたいな形なら、なんとなくだけど、いいかなぁって…お金に戻せないのは、本当に、ごめんなさい、なんだけど…」
語尾が小さくなるソフィア様。
衝撃が大き過ぎて、こちら側は誰も声が発せなかった。
やだ、倒れた甲斐があるわぁ…
「…ソフィア、いいのかい?」
「…ガルに、嫌われたく、ないの…」
…あぁ、本当に、ソフィア様はガルフィ様がお好きなんだ。
自分を甘やかしてくれるからではなく、ガルフィ様だから。
それがわかったのか、ガルフィ様も複雑な表情をしていた。
折角解放されたんだから、悪態の1つでもつこうと思ってたんだろう。
でも、これはやり辛い。
「…今更、君を見離す事も出来やしないよ、私は…」
絞り出すように悲しげに呟いた言葉は、本心なのだろう。
きっと怒りや悲しみ、憎しみもあるが、これだけ長く一緒にいたんだ。
恋情ではない、言葉では表せないような何か別の情があるんだろうな。
「…ガルフィ様、我々はそろそろ失礼致します。ソフィア様はそのまま少しお休み下さい、騎士団長を付けますので」
「…あぁ、では、私も一旦自室へ戻ろう。ソフィア、安静にしておきなさい」
「うん、わかった…」
少しぼぅっとするソフィア様とアイカット嬢を残して、僕達は部屋を出た。
ロイド様がイザベル様を、ランドール様がフルール様をお姫様抱っこしながら。
良かったですね、イザベル様。
きっと覚えてはないでしょうけど。
部屋の外出ると、さっき一瞬出会った女性騎士が驚いた表情で立っていた。
…あぁ、この人が新しい右翼の副団長さんかな?
とりあえず会釈だけして横を通り過ぎておく。
「さて…ユージェリスは私達と師団室に来なさい。ガルフィ様は自室へお戻りとの事ですので、アレックスを付けます。何かありましたらお伝え下さい」
「わかった、色々とすまなかったね」
少し疲れたように笑うガルフィ様は、不謹慎かもしれないけど身近な存在に感じた。
なんというか、今までの得体の知らない笑顔よりよっぽと人間らしい。
「…また、今度、アマーリアお祖母様のお話をお聞かせ下さいね…ガルフィお祖父様」
「…っ!!あぁ…そうだね、また話そう。君は本当に…アマーリアに良く似ているよ、ユージェリス」
僕の言葉に泣きそうな顔でくしゃりと笑ったガルフィ様は、愛おしそうに僕の頭を撫でてからアレックス様を連れてその場を去っていった。
そしてそのまま、魔法師団室に戻ってきた僕達。
別室に仮眠室があるらしく、女性2人はそこで寝ている。
それとさっきアイスリーさんが出て行ったから、ガルフィ様のところへ向かったんだろうな。
ソフィア様も2人体制にしてたし。
そして僕はロイド様とランドール様に挟まれて、目の前を父様と兄様に囲まれてソファに座ってます。
みんな、めっちゃ笑顔、というか、目は笑ってない笑顔、怖い。
「さて…ソフィア様について、説明してもらおうか?ユージェリス」
ひぃ、父様、怖いです…!!
僕はとりあえずソフィア様の記憶を見て、それを改竄するような夢を繰り返し見せた事を伝えた。
そして最後には自問自答させて、ちょっと責め立てた事も伝える。
「別に脅したわけでもないけど、ソフィア様があぁも変わるとは思わなくて…」
「…意味は様々だが、ソフィア様は素直なお方だ。きっとユージェリスの夢に感化されたんだろう」
「にしても、あそこまで変わられるとは…陛下が見られたら驚かれるでしょうね」
「確か陛下と王妃様にも『レター』しましたよね?」
「距離が距離ですからね…国境を越えてなければ、もう少しで着くとは思いますが…続報を送るよりかは、こちらに王妃様の『ワープ』で戻ってきていただいた方がいいでしょう」
「僕お迎えに行く?」
「ユージェはもう少し休んだ方がいいよ、さっきも魔法使ったじゃないか」
「はぁい」
まぁ体は少し怠いし、無理はしないでおこう。
「…ユージェリス、ガルフィ様とソフィア様について、率直にどう思った?」
「率直に?うーん…傍迷惑?というか、意味不明?」
「本当に率直ですね…」
「だって普通、あぁなる前に周りの大人が気付かないですか?」
僕の一言に、気まずそうに目線を逸らす大人達。
兄様と僕は小首を傾げる。
「…私達は当事者ではないから、なんとも言えないんだが…あの当時は、かなり裏で悪い事をしている貴族が多かったらしい。それでまぁ、ソフィア様の失態から王政廃止を目論む反王族派ってものもあったようだな」
「ガルフィ様しか直系の王位継承者がいらっしゃらなかったそうですから、そこを蹴落とせば傀儡に出来る子供くらいしか王位を継げる者がいなかったそうですよ」
「それプラス、ソフィア様の魔法印に引っかかってた男性貴族が結構いたらしいので、よくもまぁそれでそれなりに正常に国が回ってたもんだと感心するくらいですね。もしかしてアマーリア様のお陰なのでしょうか?」
「だろうな。ちなみにガルフィ様が目を覚まされてからはそこら辺を一掃したそうだから、今は殆どそういうのはない」
「たまに命知らずの馬鹿もいますが、そういうのは相手にされなくて結構ですよ」
ロイド様、それもしかしてデブハゲ元伯爵の事とか言ってます?
相手にしたくなくても絡んでくるからなぁ、あぁいうのは…
にしてもそうか、ソフィア様の魔法印の話が上層部しか知らないから、昔のこの国の裏事情を知ってる人が少ないんだな。
「さて、ユージェリスには手間をかけたな。ロイヴィス、家まで送っていってやれ。あと、学院長には私から連絡を入れておくから。あの通路を使ったんだろう?説明はしておくよ」
「はい、父様。行こうか、ユージェ」
「ん、わかった、父様達もお疲れ様でした」
「ご迷惑をおかけ致しました、お気をつけて」
「今度はなんでもない時に遊びに来て下さいね」
少し疲れたような笑顔の大人達に挨拶をして、僕と兄様は退室した。
大変だなぁ、父様達。
この後仕事か…例の剣とかも処理しなきゃだろうし、本当に今度差し入れ持ってこよう。
というか、女性2人にはお詫びの何かを持ってこなきゃな。
ちなみにその後、慌ててすぐに戻られた陛下とベティ様に説明だのなんだのをして、心身共にボロボロになって父様は夜中に帰ってきたのでした。
夜食に作っておいた父様の好物の天ぷらを泣きながら食べてたとレリックから密告があったので、心の中にしまっておこうと思う。
次の日みんなに色々質問攻めされたけど、なんとかのらりくらりと躱しておいた。
前陛下が自殺しようとしてたなんて言えるか!!
問題児編、これにて終了!