愛し子様からのお説教(精神的な)
おかしいな、この話で終わるはずが…
金曜まで持ち越しました、さーせん…
真っ暗な空間で、体を丸めて涙を流す少女。
周りには何もなかった。
そう、彼女に残ったものは何もないのだ。
夫は消え、
友はいず、
慕う者などいない。
「…あたし、間違ってたの…?」
(王妃様、もう少し節制しなければ…)
(うるっさぁい!こーんなにあたしに似合うのよ?あたしの為にあしらわれたみたいじゃない!なら買うしかないじゃない!)
(ですが…)
(もぉ、ガル!この人煩い!これ買うなって言うの!)
(可愛いね、勿論買おう。そこの君はもう明日から登城しなくていいよ)
(そんなっ…!!)
「…似合うだけじゃ、ダメなの…?欲しちゃ、いけないの…?だって、みんな欲しがったらくれるじゃない…」
『買い物の仕方を知ってるかい?』
「バカにしないで、それくらいわかるわ。お金で買うのよ」
『じゃあそのお金はどうやって手に入れるの?』
「それは…ガルとか、お義父様とかに言えば、くれるわ。パパはあまりくれなかったけど…」
『じゃあガルフィ様や公爵様はどうやって手に入れたんだい?』
「え、と…その、2人とも偉い立場の人だから、平民が献上とかして…?」
『ならその平民はどうやってお金を貰うの?』
「は、働いて?」
『つまり君は、平民が一生懸命働いて用意したお金を、湯水の如く使ってたわけだね!なんて傲慢!』
「で、でもあたしが買えばその分商人は儲かるわ!それでまた平民も潤うんでしょ?それが買い物ってやつでしょ?」
『でもさ、君は1回でいくら使ったの?』
「え?」
『どれくらいの頻度で欲しがった?』
「あ…」
『平民が1ヶ月で稼ぐのは、そうだなぁ、順調にいけば約金貨10枚くらいかな…ねぇ、君が欲しがった宝石やドレスは、いくらだった?』
「…知らない、値段なんて、見ないもの」
『なら教えてあげる。このドレス、見覚えある?』
突然、少女の目の前に1着のドレスが現れる。
それは少女が社交界デビュー時に、両親がくれた思い出のドレスだった。
『これでね、金貨10枚くらい』
「え?」
『ご両親、子爵なのに頑張ったねぇ。侯爵家でさえ、金貨15枚くらいのやつだったのに、血の繋がった可愛い娘の為に奮発しちゃって。頑張るねぇ、お父さんは』
「10枚…」
『じゃあ、これは?』
ドレスが一瞬で入れ替わる。
数着出てきたが、少女にはどれも身に覚えがあった。
但し、全てが1回着たっきりでタンスの肥やしになっていたが。
「…ガルが、くれたドレス…」
『これが1着30〜50枚ってところかな?うーん、中々いい生地と装飾品を使ってるようだ』
「は?」
『しかも君は我儘を言ってこれらをいつも3日くらいで納品させるようにした。ドレスがどれくらい時間かかるか知らないんだね。これは魔法で作る量産品じゃなくて、裁縫スキルや刺繍スキル持ちが手で作る作品だ。数日程度で出来るものじゃないんだよ。君だって、刺繍した事くらいあるだろう?ハンカチ1枚に薔薇を刺すので、どれくらいかかったの?』
「…あ、あたし、刺繍下手で…ガルにあげたやつとか、名前だけで1ヶ月くらい、かかって…」
『それを君は3日でやれと言ったんだ。最初のデビュー用ドレスだって、半年以上前からお父さんが依頼して作らせていただろう?作り手だって別の仕事もあるんだ、君の服だけを作る専属の奴隷じゃない。作り手はその後一体どうなったのかな?』
「…知らない、聞いて、ない…」
『僕もしーらないっ!』
ケタケタと真っ暗な空間に響くように笑う声。
姿が見えない分、余計にそれは少女の恐怖を煽る。
そこでやっと少女は、今まで自分に与えられていたものについて考えた。
宝石、ドレス、アクセサリー、食べ物…
願えば全て叶っていたけど、それは何故だったんだろう、と。
ガルフィの妻、つまり王妃なのだから、何を言ってもいいと思っていた。
彼に愛されている自分は特別なのだと。
実際に言ってみれば全て叶った。
全部を手にしていた。
いつからそれが正しいと思っていた?
そんな思考にグルグル頭を掻き回されていると、目の前のドレスが消え、数冊の本がバサバサと現れる。
それは、子供の頃、少女の両親が寝る前に読んでくれた絵本だった。
全く内容は覚えていないけど、それだけは少女にもわかった。
「…これ」
『君の好きだった絵本だよ?“フリュータ王国の癒し姫”、“バラエル姫とアルバス王子”、“ファールルと5人の騎士”、そして…“我儘王女と粛清竜”』
謎の声が指し示した絵本が光って少し宙に浮く。
『ねぇ、君はこの絵本で誰が好きだった?』
「…竜、が…好きだった…我儘なお姫様の要望を竜が全て却下して、処刑のタイムリミットまでには素敵なお姫様にさせて…王子様も、現れて…パパもママも、こんな我儘なお姫様は困るねぇって、笑って、て…」
『ねぇ、君は、この我儘王女と、どれくらいの差があるの?』
「え…?」
『ねぇ、読んで教えてよ。君はこの我儘王女と、何が違うの?』
絵本が少女に近付く。
反射的に受け取り、少女はページを1枚ずつめくっていった。
進むにつれて、溢れ出す嗚咽。
充分な時間が過ぎた後、絵本は床に落ちた。
「…諫めてくれる、竜がいない。それが、あたしとの違い…?」
『何をバカな事を言ってるの?』
「え?」
『いたでしょう?注意してくれた人。今でもいるはずだけど?』
「あ…」
(ソフィア様、今日はこれくらいにしときませんと…)
(もう少し節制を…)
(依頼した店から苦情が来ていて…)
(今日はそちらには行きません、予定が違いますから…)
(…君が悪く言われるのは耐えられないよ、だから、こっちにしないかい?愛しいソフィア)
「…いる、言ってくれた人…」
『君と我儘王女の違い?簡単だよ、改心したかしてないかだ。自分の過ちに気付けない、愚かな女はお前だけ』
「…っ!!」
『君1人で7つの罪源とか網羅しそうだよね。そんな話を作ってみようか、例えば…“7つの罪とお嬢様”とか?とある子爵令嬢は王太子様を魔法で魅了し、実の両親を見殺しにし、贅沢の限りを尽くし、国を滅ぼそうとしました…みたいな!子供達の情操教育に良さそうだ!』
「…そん、な…罪、だなんて…それに、国を滅ぼすつもりなんて…魔法なんて知らないし、パパとママは…」
『上に立つ者が、下を見ずして何が罪ではないと?国の財源食い潰して、どこが無罪だと?笑わせんな、自己中女が』
「ひっ…!!」
『…あぁ、そろそろ時間だ。少しは考えが変わってくれるといいんだけど。もう少し、周りの表情なんかをよく見てご覧?君の愛しいという人が、本当に君に向けられた笑顔をしていたのかを…』
暗転。
「…ユージェリス!」
「…父様」
嗅ぎ慣れた匂いに、目を閉じていても父様に抱きしめられている事がわかった。
そっと目を開くと、明るい部屋の光に視界がぼやける。
「あぁ、良かった、気がついたか…!!」
「ユージェ、大丈夫?!気持ち悪くない?!」
「ん、平気…」
視力も回復してきたので、周りを見回す。
心配そうに僕を抱き抱える父様と、半分泣きそうな表情の兄様。
周りにはアレックス様やランドール様達も不安そうな表情で立ってこちらを見ていた。
「全く…追いかけて驚いたぞ…お前が鼻血を流しながら気を失ってるんだからな」
「半泣きどころじゃなく、号泣してるイザベル様とフルール様が気力と根性だけで『ヒール』してたもんね…」
「え?マジで?」
辺りを見回すと、離れたソファに2人の女性がお互いを支えるようにして座って寝ていらっしゃった。
どうやらお疲れで気を失ってるご様子…
「すみません、そこまで配慮が足りず…」
「あぁ、いえ、ユージェリス様のせいではありませんよ。ガルフィ様とソフィア様を回復して下さったからでしょう?」
「あー…えっと、それだけじゃなかったというか、なんというか…」
ランドール様の言葉に、しどろもどろになる。
眉間に皺を寄せながら首を傾げたのはロイド様だった。
「まさか、何か他にもあったのですか?」
「…消した」
「は?」
「…ソフィア様の、魔法印、消してみた…」
「「「「「はぁ?!?!」」」」」
魔法師団の面々と、アイカット嬢が叫ぶ。
「…ソフィアの、魔法印を…?」
ポツリと呟くように告げたのは、目を丸くして茫然とするガルフィ様だった。
あ、いたのね。
というか、僕さっきかなりの暴言吐いたよね…?
やっべ、気まずい…
「…あと、ちょぉっとオシオキしないと気が済まなくて…」
「「「「「え?」」」」」
「『ナイトメア』とか使って、脅し?を…」
照れたように告げると、全員が膝から崩れ落ちた。
頭を抱える人、多数。
「…愛し子様が、前王妃を脅す…?」
「…言葉の暴力ですね…」
「なんだろ、魔力使い過ぎたかなぁ?目眩が…」
「お前は魔力なんか使ってないだろうが、アレックス…」
「そうか、私の目眩は魔力欠乏症のせいか…」
「ランドール様達、さっきユージェのポーション飲んだじゃないですか…全回復してたでしょう…」
「あぁ、あれな…美味かったな…」
あら?段々話がズレてる。
「…ユージェリス、本当に、消したのか?」
「見てみればわかる、谷間のところのでしょ?」
「…まさかとは思うが、坊ちゃん、ソフィア様をひん剥いたのか…?!」
「やだなぁ、アレックス様」
「そ、そうだよな…」
「目の毒だからボタン2つしか外してないデスヨ!」
「ひん剥いてたぁ!!」
「うっ、頭が…」
「父様、しっかり!!」
「父様父様、ちゃんとイザベル様に止められたから、外したのはイザベル様だよ!」
「「「イザベル、良くやった…!!!」」
父様、アレックス様、ランドール様が寝ているイザベル様に向かってサムズアップする。
ロイド様は泣きながら拍手してるわ。
「えっと…騎士団長、悪いが確認してもらっても?」
「は、はっ!」
ポカーンとしていたアイカット嬢に父様が頼むと、敬礼をした後に寝ているソフィア様の胸元を確認する。
そうね、今ここに確認出来るのはアイカット嬢だけだね。
「…師長、ありません!普通の肌です!変な魔力も感じません!シミとかもないです羨ましい!」
「一体なんの話をしているんだ?!」
「あ、すみません…」
あー、多分『イレイザー』であの周りの肌、綺麗に色々消せたんだろうなぁ…
これはいい魔法だ、女性にとっては。
「ガルフィ様」
「っな、なんだい?」
「誓約書はお持ちですか?」
「誓約書…?あ、あぁ、勿論。それを見ていつも耐えていたからね…」
ガルフィ様が懐から1枚の紙を差し出す。
兄様経由で渡されたそれは、数年前に見た婚約の誓いの書面と同じく、紙の縁を1周しながら『絶対婚姻破棄不可』と書かれていた。
うーん、いつ見ても禍々しい雰囲気のある紙だ…
体は怠いけど、MPは戻ってそうだな。
「…《イレイザー》」
唱えると、僕の人差し指が淡く光る。
それをそのまま紙の縁をなぞるように這わせると…
「き…消えていく…だと…?!」
「そんな、魔法印が…!!」
うーん、でもこれ、地味に難しい。
修正テープを切れないように真っ直ぐ引く感じというか…
なぞる力加減を間違えると、紙ごと消しそう。
あ、紙を消しても良かったのか?
とりあえず消せるよってところを見せて、紙は焼却処分だな。
暫くして、魔法印が消える。
それを兄様に渡し、兄様がガルフィ様に渡す。
「…本当に、ない…」
「魔法印があるものは壊せない。それが常識でしたけど…それ、もう燃やせますよ?」
「…っ!!…《バーン》…」
ガルフィ様の一言に、誓約書が音を立てて燃え始める。
それは一瞬で灰になり、ふわりと形を消した。
その瞬間、ガルフィ様の深紅の瞳から一筋の涙が流れた。
音もなく、頬を伝う。
「…ありがとう、ございます…」
祖父としてではなく、王だった者としての言葉でもなく。
ただ1人の苦しんだ男として、ガルフィ様は微笑んで感謝を述べてくれたのだった。