過去の悪夢
イヴなので記念に1話!
明日も更新します、でもまた月水金更新に戻りますけどね…
そしてイヴだとかいいながら内容は暗め。
途中、三人称になります。
見つけた部屋の前には、騎士の格好をした女性が1人と、ロイド様が立っていた。
僕の姿を確認すると、ロイド様が驚いた声を上げる。
「ユージェリス様!ガルフィ様は…?!」
「そっちはもういいの!!そこどいて!!」
「はい!!」
サッと通路の端に寄るロイド様。
そのまま扉を蹴破ると、イザベル様ともう1人の女性がベッドに横たわるソフィア様に治癒しているところだった。
「い、愛し子様?!ここはソフィア様の自室です!ノックもせずに入るとはなんたる…!!」
「煩い!!黙る!!」
「ぴっ?!」
僕が一喝すると、半泣きで固まるイザベル様。
もう1人の女性はポカーンとしていた。
「《ヒール》!!《スリープ》!!」
僕の魔法で顔色の悪かったソフィア様が一瞬で回復する。
そのままソフィア様の肩を掴んで鑑定する。
…どうやら例の魔法印は目立たない痣のように心臓の上くらいに刻まれていたようだ。
確認しようとブラウスのボタンを外そうとしたところで、我に返ったイザベル様に腕を掴まれた。
「ユージェリス様!!それはいけません!!意識のない女性の服を脱がそうなどと…!!」
「こんなババアの体見たところで欲情するはずもないから問題ない」
「よくっ…!!」
「というか、2つ外して確認するだけ。なんならやって」
「あ、はい…」
涙目で僕に従うイザベル様。
ごめんね、今余裕ないの。
「こ、これでよろしいですか…?」
「…うん、これか」
仰向けだからか歳だからか、谷間がなくなってアバラが浮き出た肌の上によく見えた。
確かにうっすらと『魅了』って漢字で刻まれてるな…こう、崩した漢字っていうか。
象形文字っぽいから気付かれなかったのかな?
愛し子が胸元ガン見しなきゃわからないレベル。
ローレンス様は一応男性だったし、ベティ様みたいに一緒の部屋で着替える可能性がある人じゃなきゃ無理ゲーだわ…
これってさ、火傷とか痣とか、そういう類なのかな?
試せる事は試さないと。
「《ヒール》」
この部分の肌を治すイメージで魔法をかける。
淡く光った後を見てみたが、消えてない。
次だ。
「《リターン》」
刻まれたであろう数十年前までこの部分の肌を戻してみる。
…刻まれた正確な時期がわからないし、ガルフィ様の話だと6歳頃には効果があったみたいだから、流石に無理か。
還暦の体なのに谷間だけぴっちぴちとかアンバランス過ぎてかなり萎えるな。
そっと元の肌に戻して、次。
これがダメなら何を試そう。
言葉にするのがダメなら、無詠唱擬きでやるしかないかな…
あれならイメージでやるものだから、確実な気がするけど、とりあえず。
「…《イレイザー》」
火傷でも痣でもないのなら、残るは刺青のようなもの。
確か前世で刺青っていうのは、墨なんかを針で皮膚の下に入れて定着させてたはず。
なら、消しゴムとかそういうイメージをすれば、その墨とかって消せるんじゃないの?
そう思ってこの世界にはない『イレイザー』の魔法を作り出した。
ほら、この世界の筆記用具って万年筆的なのだし、消しゴムってないんだよね。
間違えたら斜線訂正だし。
または魔法の『リターン』で戻す。
色鉛筆はあるけど、消すってやつじゃないし。
…消しゴムとセットで鉛筆とかシャーペンとか発明したら、儲かるだろうか?
いや、別にそういうチートしたいわけじゃないからなぁ。
心のメモ帳に記載するだけにしとこう。
第一、消しゴムの作り方を知らん。
パン屑でも消せるんだっけか…?
「…お、消えてんじゃん!」
MPをかなり消費しつつだが、段々と消えていく文字。
考え方は合ってるみたいだな。
という事は、誓約の紙も《イレイザー》で消せるんじゃなかろうか、あれも元はインクだし。
目眩がしてきたところで、ソフィア様の肩を離して呼吸を整える。
これは結構MP消費してんな…
そろそろ鼻血出して倒れるやつじゃん。
あ、ポーション全部さっきの部屋に置いてきちゃった!
あー…ダメだな、頭が回らない。
でも、このままソフィア様に目覚められると同じ事の二の舞だ。
最悪倒れても、ここの2人か後から追ってくるであろう父様達の誰かが僕を回復させてくれるでしょ。
僕はそっとソフィア様と自分の額に指を置いた。
「…《メモリー》…《ナイトメア》」
「ユージェリス様、何を…?!」
イザベル様の叫び声のようなものを聞きつつ、僕はそのまま夢の中へと堕ちていった。
…時は遡り、数十年前。
1人の少女が学院の廊下を走っていた。
茶色がかった金髪を高い位置で結き、パタパタと急ぐ少女。
手には1枚のチラシが握られていた。
「ガル様!」
「ソフィア!どうしたんだい?」
「これ、これ見て、可愛いでしょう?あたし、これをガル様と食べに行きたいの!」
少女が持っていたものは、新装開店したカフェのメニュー表であった。
それを差し出された鮮やかな金髪に紫檀色の瞳の少年は、少し目を見開いた後、笑顔を浮かべながらそのチラシを受け取る。
「へぇ、ケーキか…これを、私と?」
「2人きりで食べたいわ!他の人はお邪魔だもの!」
「そうか、なら…」
(君の視界に他の男が映らないようにするためにも、貸切にしないとね)
「行くわけがないだろう、浅はかだね」
「え?」
少女は耳を疑った。
予期していた言葉と違ったから。
いや、そう言われたのだ、本来なら。
「私は王太子になる身、そんな人の多いところへ護衛もなしに行くわけにはいかないよ」
「で、でも2人きりなら人も多くないし…」
「そこに行くまでは?変装にも限度がある。君はすぐに私の本名で呼んでくるからね。この国に『ガルフィ』なんて貴族は私だけだ。それに今日は王城で帝王学の講義があるんだ、必ず出席しないと」
「あ、あたしより講義の方が大事なの?!」
「勿論、当たり前だろう?だって私は、この国唯一の跡取りだ。君よりも、将来の国の方が大事に決まってる。本当に君は…」
(可愛いね、私の天使)
「愚かだね、ソフィア」
暗転。
少女が目を開く。
そこは煌びやかな世界が広がり、美しい音楽が溢れる。
ホール中央では男女が楽しそうに踊り、周りにも人が溢れていた。
「…そうだ、今日は社交界デビューだわ」
「ソフィア、こんなところにいたのかい?そろそろ挨拶回りに行くよ」
「パパ!」
少女は後ろから声をかけられて、振り返って抱き付く。
顔を上げると、少女と同じ色彩の髪と瞳を持った膨よかな男性が微笑んでいた。
「こらこら、レディがはしたないぞ?」
「パパ、ママは?」
「ここにいるわよ」
「ママ!」
男性の後ろからひょっこり顔を出す女性。
少女と女性はとても似た顔立ちをしていた。
そう、この2人は少女の実の両親である。
「…おや、サレートス子爵じゃないか」
「これはこれは、アロス公爵!おいででしたか」
男性が少女の知らない男性と会話を始める。
少女はつまらなくなり、そっと後ろに下がってそのまま逃走した。
離れた場所にあるケーキを取ろうと机の前まで行き、手を伸ばす。
「「あっ!」」
偶然少女が手を伸ばした先に、別の手が割り込んできた。
驚いてそちらを見ると、そこには見目麗しい少年が少し驚いた面持ちで菫色の瞳を見開いて固まっていた。
「なぁに、あたしが先よ!!」
「…君」
「な、何よぉ…」
(…すっごく、可愛いね…)
「…すっごく、残念だね…」
「え?」
まただ、セリフが違う。
少女はそう思った。
「相手の身分を考えず、暴言を吐くのはやめた方がいい。不敬罪で投獄されたくはないだろう?」
「な、なんですって?!ちょっと顔がいいからって!!」
「…彼女を連れて行け」
「「はっ!!」」
暴れる少女、それを物ともしない兵士達。
少年は冷めた紺藤の瞳で彼女を見つめた。
(お名前を聞いてもいいかな?レディ…どうやら、君に一目惚れをしてしまったらしいんだ。1曲いかがかな?私の可愛い人)
「…常識も空気も読めない女など、王妃としての価値も、貴族としての価値もないんだよ?ソフィア」
暗転。
「あの薔薇の花束が欲しいわ!」
(では全て摘み取って大きな花束を作ろう。私からの愛だと思って、受け取ってくれるかい?)
「あれは王城の庭師が丹精込めて育てた、大事な客人を迎える為の薔薇園だ。君の我儘では1本たりとも切る事はないよ」
暗転。
「この宝石綺麗!欲しいなぁ!」
(これとこれも似合いそうだよね、私の可愛い天使は。よし、全て買い取ろうか)
「私が自由に出来るお金などないよ。私に与えられてるのは王国民が必死に払ってくれた税金なんだ。無駄遣いは出来ない」
暗転。
「ね、ねぇ、この前食べた果物、また取り寄せてくれない?いつでも食べていたいくらい美味しかったわ!」
(ならあの島ごと…いっそ国ごとうちの物にしようか。そうすれば果物も国も君の物だよ)
「馬鹿な事を言わないでくれ。あれはあの国の使者が手土産でくれた希少なものなんだ。君の意見で簡単に取り寄せられるものじゃないよ」
暗転。
「…貴方と、美味しいランチがしたいわ…」
(勿論だよ!今すぐ料理長に言って美味しいものを作らせよう、君が誘ってくれた記念日って事で、ね?)
「君の目にはこの書類の山が見えないのかい?私はこれが終わるまで部屋を出れない。食べたいのであれば誰か友人でも誘って外に行くといい」
暗転。
暗転。
暗転。
暗転。
「…ねぇ、愛してるわ、ガル」
(私もだよ、可愛いソフィア。愛しくてたまらないくらいだ)
少年…青年が振り向く。
その顔は、口元が三日月のように吊り上がった笑顔の仮面を貼り付けていた。
「私は違うよ、勘違いソフィア。君のせいで真実の愛は消えてしまったんだ。君の我儘と私の愚かしい偽物の恋心のせいでね。私が君に唆されなければ、最初から彼女が正妃として、王妃として私の隣にいてくれたかもしれないのに」
笑顔の仮面が床に落ちる。
カラカラと音を立てて、彼女の足元へと滑っていく。
そんな青年の顔は…
「いい加減、わかってくれたかな?」
なんの表情も宿していない、彼女を一切見ていない空色の瞳をこちらに向ける彼は、彼女の初めて見る表情だった。
段々と変化していく瞳の色。
赤と青が混ざれば、それは紫となる。