ガルフィ様の独白〜1〜
遅くなりました!
「…ユージェリスちゃん、大丈夫?顔色が悪いわよ?」
母様が僕の背中を摩りながら心配そうに問いかける。
そう言う母様もあんまり顔色良くないデスヨ…
「あー…えっと、ちょっと寒気が…あったかい飲み物でも貰いに行こうかな…」
「では私が取ってきます。ユージェリスさんはここでお待ちなさい。貴方様、ここはよろしくお願い致しますね」
「わかった、ララティエも気を付けろ」
「えぇ。では少し御前失礼致します」
お祖母様が僕の頭をひと撫でしてから、一礼してその場を一旦去る。
すると突然主張するかのようにソフィア様が挙手をして飛び跳ねた。
いやいや、落ち着けって、還暦越えだろ?!
「じゃああたしも行く!お孫ちゃんの好感度上げなきゃだしね!」
「あ、ソフィア…」
「ガルは待っててねー?!」
そう言ってお祖母様を走って追いかけるソフィア様。
…本当に還暦越えだよな…?
残された僕達の間は、なんとも言えない空気感が漂っていた。
「…ユージェリス、大丈夫か?」
「お祖父様…えっと…大丈夫デス」
「初めてで驚いただろう、あれが前王妃だ」
あ、お祖父様が眉間に皺を寄せてる。
お疲れなんだね…
「…これは独り言で、とある知り合いの貴族のお話しなんだけどもね」
突然声を発したガルフィ様に、僕達は目を向ける。
但しガルフィ様は誰も僕達の事を視界に入れようとはしなかった。
…独り言って言うけど、全然違うよね?聴かせてるよね?
「その貴族の男は、兎に角責任感とか重圧とかが大嫌いだったんだ。表には出さないけど、めんどくさがりなところもあった。そんなある日、全く貴族らしくない美しい女の子を見て、彼は酷く羨ましくなった。自分はあんなに制限されているのに、なんて自由に動いているんだろうって。彼女のように心のまま振る舞えたらって。一種の憧れだったらしい」
…これは、もしかしてガルフィ様の昔話?
「そして偶然彼女と会話する機会があってね。その瞬間から彼は全くと言っていいほど彼女以外欲しいとは思わなくなった。不思議だね、初めて話したのにねぇ?…そこからは彼女を妻にするために今まで以上に仕事や勉学を頑張ったそうだ」
成る程、そのタイミングで魔法印の効果に引っかかったのか。
相思相愛になればなるほどどっぷり嵌まっていく…
怖いなぁ、日本語の威力。
「彼女はあまり高くはない身分だったが、彼は随分頑張ったようでちゃんと妻として迎え入れる事が出来た。そこからは彼女を第一に、甘やかして過ごしたらしい…自重するように進言する者もいたが、彼には何も聞こえなかったし、響かなかった。仕事を頑張ったのは、彼女が暮らす世界を守りたかったからだそうだ。ははは、その彼女に壊されそうになったりしたのにねぇ?」
確か、戦争するかもしれなかったって話あったな。
普通はやるはずないよね、暴君でもなければ。
「麻痺してたんだろうなぁ、あの時期は。第2夫人を迎え入れるのだって、とても嫌がった。受け入れた理由は彼女が仕事をしなくていいようにするためだって言われたからだし」
…アマーリアお祖母様、可哀想…
「そして長い時が経って、息子夫婦が結婚するってなった際に、義理の娘が彼の目を覚まさせてくれたんだ。本当にもう、吐き気のするくらいの目眩に襲われたと思ったら、急に目の前が輝いて見えたよ。混乱はしたが、理解するのは早かったと思う」
彼目線じゃなくなってきたな。
動揺してるのか…?
「真実の瞳で、改めて彼女を見た。彼女と会話した。彼女と日々を過ごしてみた。彼は一体何を感じたと思う?それはね…後悔だった」
今まで浮かべていた笑顔を消し、真顔になるガルフィ様。
心なしか空気が冷たい。
お祖父様や父様達も初めて聞く話だったのか、全員が息を飲んでいた。
「この女のせいで、出来なかった政策があった。この女のせいで、救えない命があった。この女のせいで、潤滑だった資金が底をつきそうだった。この女のせいで…2人の女性の人生を辛いものに変えてしまっていた」
「ガルフィ様…?」
「…酷い仕打ちをした夫を、第2夫人は全くと言っていいほど責める事はなかった。それどころか、興味すらなかったようでね。義務と薬で出来た娘はいたが、全く関わらせて貰えなかった事に気付いたのもその時だった…本当に、すまない事をしたよ、その男は」
…母様、顔色が悪い。
もしかして、初めて聞かされたんだろうか…?
昔、母様に教えて貰った事がある。
自分は生まれたのが不思議な立場だった、と。
まさか本当に薬とか使ってまでして生まれたとは思わなかったんだろう。
ふらつく母様を、父様が抱きしめるようにして支えていた。
「漸くその2人に気付き、手を伸ばしたがどうやら遅かったようだ。第2夫人は仕事の話のみで全く世間話なんかはしてくれなかったし、娘は会いに行ったら父親だと思われずに畏った言葉で返事をされた。まぁ自業自得ってやつなんだけどね」
ははっ、と乾いた笑いが小さく聞こえた。
…ガルフィ様、まさか、アマーリアお祖母様の事を…?
「認めて貰うために、それまで以上に仕事に打ち込んだ。仕事をすれば第2夫人と会話が出来たからね。息子に世代交代する前に、色々と元の状態まで戻さなければいけなかったし…数年かけてやりきって、世代交代する事が出来た。だけど彼は…また周りが見えていなかったようだ。第2夫人が病に侵されているなんて、目の前で倒れるその時まで知らなかったんだから」
目元を隠すように片手で覆うガルフィ様。
昔を思い出してるんだろうか…
「…死の淵で、彼は漸く想いを伝えた、『君が好きだ』と。第2夫人は、なんて言ったと思う?それは…『貴方様の愛など、全くもって私達には不要ですわ。なくても生活出来ましたし。それよりも、めんどくさい方が煩くて眠れませんの。早く構って差し上げたら?貴方様の愛など、かの方に向けられるからこそ世界は成り立つんですのよ?早く出て行って下さいまし』だった」
アマーリアお祖母様ぁー!!!
死の淵の割には中々辛辣ですねー?!?!
あ、ガルフィ様半分涙目だ…
言われた時は泣いたのかもな…
好きな人にそんな事言われたらな…
まさかの台詞に父様は目が点だった。
お祖父様と母様は…なんとなく想像がついたのか、気まずそうに目線を逸らしている。
え、何、そこまで辛辣な方だったの?
百合姫じゃなかったの?!
儚くて病弱で頭脳明晰な女性をイメージしてたのに!!
「言われるがまま部屋を出て、長い間構っていなかった妻の元へ行こうとして…突然第2夫人の部屋が慌ただしくなった。急いで戻れば…すでに彼女は亡くなっていたよ。きっと彼に見送られたくなかったんだね、そこまで嫌われていたとは思ってもみなかったが…」
…多分、愛してはいなかったんだろうな。
救ってくれた事へ感謝はすれど、扱いとしては妻とは言えなかったんだから。
アマーリアお祖母様が愛していた家族って言うのは、母様と陛下だけだったんだろう。
確か陛下もアマーリアお祖母様に育てて貰ったって言ってたし、息子も同然じゃなかったのかな?
あ、母様を射止めた父様も家族認定されてたのか?
僕達孫は殆ど会えなかっただろうし…
アマーリアお祖母様と、お話ししてみたかったなぁ…
まだ独白は続きます。




