匂いテロ《sideルートレール》
パパ目線で。
登城してから、とにかく今日は忙しかった。
通常業務を前倒し、今日の臨時放送の準備に勤しむ。
王城で働く魔術師は、俺を入れて50人ほど。
長である俺の下に師団長が7人、その下に5〜7人の部下がいる。
いつもは師団毎に持ち回りで休みを取り、残りの6師団が登城して業務を行うが、今日はその全員が登城している。
さすがに全国民への『エリア』は全員で行わないとキツイ。
ちなみに今日はこの放送が終われば解散となる。
いつもの半分程度の通常業務を片付けながら、師団長の1人であるアレックスが首を傾げていた。
このアレックスは貴族ではないので名字がない。
平民から叩き上げでここまでのし上がって来た、若いのに実力のある奴だ。
まぁ若いと言っても俺よりいくつか上だが。
「それにしても、今日の放送は何を行うんでしょうね?昨日突然王命を賜って、驚きましたよ」
「聞かされていないのか?」
「え、師長、知ってるんすか?」
「あぁ、まぁな」
うちの息子の話だし、とは言わない。
陛下が話していない事を、俺が言っていいわけがないからな。
多分情報漏洩を気にされたんだろう。
「えぇー、気になるんですけど」
「じきに分かる。あぁそうだ、私は放送が終わり次第会議がある。お前達は片付けが終わったら勝手に帰っていいからな」
「はーい」
渋々といった感じで、アレックスが書類の山を持ち上げて運び出す。
元々魔術師団の通常業務は量が少ない。
何故なら今回みたいに突発的な仕事が増えるからだ。
例えば魔法しか効かないような魔物の討伐だったり、国のあちこちにある結界の修繕だったり、疫病が流行った時の聖魔法での治療だったり。
魔力は温存しておかなければならないため、書類の整理も普段から手作業だ。
「師長、こちらは大体片付け終わりました」
「ご苦労、こちらももう終わるから、大広間へ行く準備をしてくれ」
「承知しました」
「師長、レリック殿がお見えになりましたが」
「レリックが?通せ」
こんな時にレリックが来るとは、どうしたんだ?
疑問に思っていると、レリックが何やら箱を持って入室してきた。
…なんだ?凄いいい匂いがするな。
みんなレリックを凝視しているじゃないか。
「お忙しい中失礼致します。旦那様と王妃様へ、贈り物をお届けに参りました」
「…あぁ、ユージェリスのか。なるほど、だからこの匂いか」
「味見として先に少しだけご相伴にあずかりましたが…驚かれると思います」
「そんなにか」
「ここまで来る間、何度私の手が箱を開けようとした事か…危のうございました」
そこまでか!
あの執事の鏡と言われるレリックがそんな粗相をしそうになるとは…
さすがは『領域の料理』、恐るべし。
レリックから箱を受け取り、退室させる。
…全員、手が止まっているな。
「お前達は引き続き準備にあたれ。私は陛下と王妃様の元へ行く」
「師長!それなんすか!」
「…後で教えてやる」
アレックスの文句を背中で聞きつつ、俺は部屋を後にした。
今の時間、陛下と王妃様は自室でお待ちのはずだから、そちらに足を向ける。
…すれ違う騎士や侍女達の目線が痛い。
そうだよな、凄いいい匂いだもんな。
目線を耐えつつ、お2人の自室の前に着く。
魔法認証板に手を翳し、鍵を開く。
「失礼します。ルートレール=アイゼンファルド、入室致します」
「許可する」
陛下の返答の後、入室する。
中にいたのはお2人だけだった、よかった。
「どうした、ルート。まだ準備中じゃないのか?」
「ユージェリスから贈り物を受け取りましたので、王妃様にお届けに参りました」
「ユージェリスから?何を?というか、この匂いは…」
「ルートレール!もしかして…!」
「はい、私もここでご一緒してもよろしいですか?」
「もちろんよ!さぁ早く、こちらへいらして!」
王妃様がご自分の隣のソファを叩きながら促す。
失礼して、そこへ腰掛けた。
そして王妃様の前に箱を差し出す。
「どうぞ、まだ私も中身は確認しておりませんが…」
「いいえ、ルートレール。確認しなくても私にはわかるわ…これは、私がずっと食べたかったものよ…!!」
そんなにか。
というか、王妃様はこの中身を食べた事があるのか。
…精霊界で、なのだろうか。
聞く事が出来ないのが悔やまれる。
王妃様はいそいそと、箱を開ける。
中に入っていたものを見て、息を飲んだ。
「…あの子ったら…本当に、よくわかってるわ…あぁもう、素敵ぃ…」
頰を赤らめつつ、箱の中身を取り出す。
…なんだろう、あれは。
サンドイッチにも似ているような…?
あとあの細いものはなんだ?
…焼いてあるのか?いや、揚げてある…?
「ほら、残りはルートレールのものよ。一緒にいただきましょう」
「待て、ベティ!俺のは?!」
「あるわけないでしょう、私への贈り物と、父親への差し入れですのよ?」
王妃様からバッサリと切られて、半ベソな陛下。
昔からこのお2人は変わらないな…
そんな光景を横で見つつ、サンドイッチのようなものを手に取る。
…このまま齧り付けばいいのだろうか。
まだ温かい、『キープ』を使っているようだ。
考えていると、王妃様が少し大きく口を開けてサンドイッチのようなものに齧り付いた。
「んん〜…んふふふ、おいひぃ…おいひぃよぅ…あぁ、またハンバーガーが食べれるなんて…本当に愛し子になったのがあの子で良かった…」
幸せそうに食べる王妃様だが、途中で少し悲しげな瞳をして、一粒の涙を流した。
…こんな王妃様を見たのは、2度目だ。
「ベティ…」「王妃様…」
昔を思い出し、つい陛下と2人で王妃様を気遣うような声でお呼びしてしまう。
「…大丈夫よ、もう、これ以上泣いたりなんかしないわ。あぁ、本当に美味しい。今度ユージェにもお礼をしないといけないわね。ほらルートレール、早く食べなさい」
目を伏せた王妃様は、晴れやかな表情で顔を上げた。
促されて、手に持ったサンドイッチらしきもの…ハンバーガーというものに齧り付く。
「…これは…!!」
なんという美味さだ。
パンの部分は柔らかく、挟んである肉はジューシーで美味い。
こんなもの、食べた事がない!
これが、本物の『領域の料理』…!
「あぁん、ポテトも美味しいわー!この味よこの味、止まらないー!」
王妃様が付属の細いものをパクパクと頬張る。
俺も手に取って、口に運ぶ。
サクサクと軽く、全く飽きの来ない程よい塩加減。
これはじゃがいもか?
「凄い、美味い…」
確かにこれは止まらない。
なんという美味さだ。
「ベティ…俺も食べたい…」
半ベソ陛下は、王妃様を見て懇願していた。
…俺に言えば、王命だから逆らえずに食べられるのに、気付かずに愛し子様である王妃様に言うとは。
相変わらず抜けている方だ。
「仕方ないですわね、1本だけよ?」
ポテトを1本手に取り、陛下の口に持っていく。
パァァっと笑顔になった陛下は、嬉しそうにそれをそのまま口にした。
「…美味い!なんだこれ、もっと食べたい!」
「嫌ですわ、これは私のですもの」
「うぅっ…あ、ルート!お前のを俺に寄越せ!」
「申し訳ありません、陛下。すでに食べてしまいました」
「なんだと?!」
そう、そんなやりとりをされている間に、俺は全部食べ終わっていた。
そして王妃様も食べ終わる。
「はぁ、満足…今度は何を作ってくれるかしら。醤油とか味噌がないのが痛いわね…他国にあるかしら、これなら本気で探してみようかな…」
「うぅぅぅ…」
あ、また陛下が半ベソになっている。
全く、もう少ししっかりしていただきたいものだな。
…ユージェリス、よくやった。