気付かれない想いと気付いた事実
「騎士団長」
「…あぁ、アレックス殿」
アレックス様の呼びかけに振り返ったアイカット嬢は…疲弊していた。
結い上げられた赤みがかった黒髪と、それを際立たせる真っ赤なドレスはとても似合っている。
瞳の色に合わせた金の刺繍も綺麗だな。
ベティ様が用意したんだろうか、とても気合が入ってる。
でもまぁ…表情からして淑女とは言い難い。
「ご機嫌よう、アイカット嬢」
「ゆ、ユージェリス様?!ご、ご機嫌よう!!」
どうやらアレックス様の後ろにいた僕には気付いてなかったようだ。
ひょこっと体をずらして挨拶すると、見事なまでにテンパっていた。
心なしか顔が赤い。
「…これなら大丈夫そうかな?」
「…あ、あの、そちらは?」
「アイカット嬢、紹介させて下さい。こちらは第3師団長の娘さんでニコラ=フラメンティールです。私の昔からの友人なんです」
「お初にお目にかかります、ニコラ=フラメンティールと申します」
にっこりと淑女の猫を被って微笑み、カテーシーで挨拶するニコラ。
…牽制のつもりかな?
「あ、えっと、アイカット=バークレーと申します。爵位は臨時ですが公爵、また騎士団長を兼任しております!」
咄嗟にカテーシーではなく騎士の礼をとるアイカット嬢。
流石にそれはドレスでやらないで下さいませ…
「アイカット嬢はいつもお綺麗ですけど、今日は一段と素敵ですね」
「ほ、本当ですか?ありがとうございます…」
照れたように顔を手で隠すアイカット嬢。
珍しく表情が表に出やすいな。
騎士の格好で武装してないからだろうか。
まぁこういう方が好印象だよね。
「そうっすね、いつもも凛々しくてカッコいいですけど、今日は美人が際立っていい感じっすよ」
「アレックス殿もありがとう。あの、そうだ、お願いがあるんだが…」
「なんすか?」
「1曲だけ付き合って貰えないだろうか?王妃様からのご命令で、誰か1人でもいいから独身の殿方と踊れと言われていてな…」
「あぁ、成る程、お疲れさんです。自分で良ければお付き合いしますよ」
まさかの了承!
ニコラは…あぁ、笑顔で固まってる…!!
「あ、アイカット嬢、よろしければ私と踊りませんか?!私も独身ですし、問題ないでしょう?!」
僕のこのフォローは合ってるんだろうか…?!
アイカット嬢は少し頬を紅潮させた後、とても残念そうに肩を落とした。
「それが…正確には『独身の成人男性』と言われてるんです…ユージェリス様はその、まだ14歳ですから…」
マージーかぁー!!
ベティ様にしてやられた…
「あ、あの、もしお嫌でなければ後で1曲お願いしたいのですが…!!」
「え、あぁ、勿論、喜んで…」
「はいっ!!」
ごめん、ニコラ、防げなかったわ…
だからそんなちょっと泣きそうな目しないで…
「んじゃ、行きましょっか。さっさと済ませたいんでしょう?」
「すまない、よろしく頼む」
「というか、左翼と踊れば良かったんじゃ?」
「絶対に嫌だ。勘違いされるのは御免だ」
どんだけ左翼の副団長と結婚したくないの。
「すんません、坊ちゃん。ちょっと行ってきます。向こうにランドールとかいたと思うんで、良ければ声かけてやって下さい」
「お気遣いありがとうございます、そうします」
「いってらっしゃいませ…」
腕を組んで中央へ向かうお2人。
…ニコラには悪いけど、あのお2人って結構お似合いな気がしてならないよ…
「ニコラ…」
「ごめん、ユージェ、あたしご飯食べてくる」
「え?あぁ、僕も行くよ」
「いい、ちょっとドカ食いするからユージェがいると余計目立つもん」
「すんません…」
そうね、僕って良くも悪くも目立ち過ぎるよね…
少し肩を落としてると、ニコラが軽く笑う声が聞こえた。
顔を上げると、少し悲しそうに微笑みながら笑うニコラの姿があった。
「ごめんね、心配してくれてるんだよね。でも大丈夫、これから頑張ればいいんだもん。ありがと、ユージェ」
「…うん」
「それじゃ、また後でね!」
最後にはいつもの笑顔を浮かべて、手を振りながら食事の並ぶ机の方へと向かっていった。
…ニコラ、強いなぁ。
私もあぁだったんだろうか。
先輩に対して…同じように強い想いを持っていたんだろうか。
あの時感じた胸の痛みは、その感情だったのかな…?
「あれ?ユージェ様?」
「…あ、ダティスさん、こんにちは」
ボーッとしていたら、通りかかったダティスさんに声をかけられた。
いけないいけない、気持ちを僕に戻さないと。
「ダティスさん、デイジーは?」
「お友達と話してるので、僕だけ席を外しました。女性だけで話す事もあるのでしょう?」
…デイジーの友達って、あっちの趣味のじゃないよね…?
それならダティスさんは聞かなくて正解だけど。
「ユージェ様は何を?」
「友人と分かれたので、知り合いを探す旅に出ようかと」
「では途中までご一緒してもいいですか?」
「構いませんけど…」
あぁ、いつも通り耳と尻尾が見える…
なんかダティスさんの事は断れないんだよなぁ。
付いてきて何かあるわけでもないだろうに。
「ダティスさんも第3学年ですね。卒院後はどうされるんですか?」
「デイジーの卒院まで1年あるので、先に領地に戻って経営について父から学びます。デイジーが卒院したら籍を入れて、基本的には領地にずっといますよ」
「あぁ、王城で働かれたりしないんですね」
「これと言って秀でたものもないので…お恥ずかしいです」
「またまた、デイジーが褒めてましたよ?学年では成績上位だそうで」
「そそそ、そんな、僕なんか!!」
あ、久々に吃ってる。
照れたり困ったりすると吃るよなぁ、ダティスさんって。
「ぶ、武術の心得はないのですが、周囲の気配を読むのが得意なんです。なので攻撃されても躱しまくるというか…それでなんとかその成績を維持してるんです。攻撃するのは苦手なんですよね」
「いいじゃないですか、攻撃なんて普通は必要ないですよ。大切な人を守るなら、相手を倒すんじゃなくて躱して避けたっていいんですから。まぁそのまま攻撃されまくるのは困るので、誰か攻撃の得意な人に助けを求めてしまえばいいわけですし」
「…そう、ですね。躱して避けて、その間に辿り着けばいいですもんね。ユージェ様にそう言っていただけて、ちょっと気持ちが楽になりました。以前ある人に『お前は大切な者など守れはしないな』と言われたので…」
…誰だ、ダティスさんにそんな事言ったの。
「ま、まぁもうその人も会う事はないでしょうけどね!あはは!」
少し恥ずかしそうに頭を掻きながら笑うダティスさん。
…あれ?もしかしてそれ言ったのあのストーカー野郎ですか?
クッソ、やっぱやり返せば良かった…!!




