お忍びしたい
そんなこんなで、時刻はお昼頃。
ちなみにこの世界で時間の表現は前世とそこまで変わりはない。
1時間は1刻と言い、30分は半刻とも言う。
『光の1刻〜12刻』が『1時〜12時』、『闇の1刻〜12刻』が『13時〜24時(0時)』にあたる。
なので今の時間は11時45分なので『光の11刻と45分』になる。
「ユージェリス様、そろそろ陛下のお言葉があると思います」
「あぁ、そっか、お昼って言ってたもんね」
「お昼頃が1番伝えやすいのです。寝てる者もほとんどおりませんし、仕事も一段落ついた者が多いですから。まぁ飲食店は忙しいと思いますけど」
「まぁそうだよね、混み合う時間だろうし。僕も今度王都を歩いてみたいなぁ。1人で色々散策してみたい」
「…その場合、ユージェリス様は変装をする必要があると思います。その、目立ち過ぎてしまいますから…」
…そりゃそうだ、愛し子が1人で歩いてたら騒動になるわ。
じゃあ、えっと…
「これでいいかな?《トランスフォーム》」
白い光が体を包み、少しだけ姿を変えていく。
銀髪黒メッシュだった髪は真っ黒に、綺麗な空色の瞳は濃い青色に変わる。
この魔法は難しい魔法ではないが、変身中にずっと魔力を使い続ける分、高度な魔法とされていた。
魔力が切れたら戻っちゃうもんね。
そんな僕を見て、リリーは驚いて声を上げた。
「ユージェリス様、とっても別人です!あぁでも、色合い的に少し旦那様に似てらっしゃいますね」
「ちょっと真似してみちゃった。これなら僕ってバレないでしょ?」
「はい、絶対大丈夫です!凄いです、ユージェリス様!」
「悪いんだけど、服を用意しといてくれる?王都で歩いててもおかしくない感じの、平民服っぽいの。素材も目立たないやつね」
「承知しました。ですが…」
「どうかした?」
「平民でも、5歳の子供が1人で王都を歩く事はほとんどありませんので、かなり目立つと…」
マジか、初めてのお使いとかしないの?
いや、王都だからか。
町とかだったら知り合いばっかだろうし、歩いてても違和感ないのかも。
でもなぁ、誰かを護衛とかに付けるのも煩わしいし、1人でフラフラしたいだけだし…
「普通、何歳くらいなら1人で歩いてても不思議じゃない?」
「やはり7歳でしょうか。貴族は王城での社交界デビュー後にお忍びされる方も増えますし、平民でも地域毎にお披露目会のようなものが開かれます。準大人のお祝いですね。7歳を過ぎた頃の子供が歩いていたら、目立つというか微笑ましく見られるくらいですね」
うーん、それだと今は行けないかぁ…
「ユージェリス様、提案があるのですが、私と一緒に少しだけ王都を歩くというのはいかがでしょうか?髪の色を茶色にしていただければ、歳の離れた姉弟という感じで目立たないと思うのです。お1人で散策されるのは、7歳になってからという事にしていただければと思います」
「あぁ、なるほど。リリーとならいいかも。でもさ、よくよく考えたんだけど、リリーは僕が1人でお忍びしたいって言って、よくそんな簡単に受け入れられるね?」
「もちろん心配ですし、本当は行って欲しくないですけど…母が言っていたのです、陛下でさえお忍びで王都に行っていたと。貴族の子、特に男の子がお忍びするのは通過儀礼のようなものだと。それで平民の生活を学び、傲慢な大人にならなければいいんだと。私もそれには同感です。だから、私が止めることは致しません」
なるほど、リリーのお母さんは貴族の子のいい理解者だな。
そしてその教育を受けたリリーは、よくわかってくれている。
僕の専属メイドがリリーで良かった。
「リリーのお母さんは素敵な人だね」
「はい、厳しくもありましたが、誇れる人物です」
リリーが笑う。
お母さんを褒められて嬉しかったんだろう。
「あぁ、ユージェリス様、そろそろ食堂へ参りましょう」
「そうだね」
いつか、リリーのお母さんにも会ってみたいなぁ。
そんな事を思いながら、僕達は食堂に向かって歩き出した。
食堂には、まだロイ兄様しかいなかった。
ちょっと早かったかな?
「ロイ兄様、母様とフローネは?」
「母様はシャーリーと一緒にさっき王城へ向かったよ。元王族だし、ユージェの母親だから、父様の代わりに会議に参加する事になったみたい。父様は今日1日忙しいからね。フローネはもうすぐ来るよ」
「じゃあ今家には僕達しかいないのか。誰か訪ねて来たらどうするの?」
「レリックが対応するよ。というか、訪ねて来る人なんているはずがないんだけどね。今日訪ねて来る人は、よっぽどのおバカさんだよ。だって愛し子様はまだ人目に出さないって言ってるのにさ。それに元々愛し子様への声かけ自体が違反行為だ。なのにうちに来るなんて…ねぇ?」
おぉう、兄様、毒舌ぅ。
まぁ8歳児の兄様にもわかる事がわからない大人なんて、バカとしか言えないか。
そんな事を話していると、フローネが食堂に入ってきた。
「遅れてごめんなさい、お兄様達」
「大丈夫だよ、僕もさっき来たところだから」
「そうそう、ちょうどお昼だから、フローネはぴったりだよ。今日の昼食はなんだろうね」
「あぁ、そういえばお兄様!軽食にいただいたもの、とても美味しかったですわ!びっくりしましたの!」
「そうだった!あれ、凄い美味しかった!ありがとう!母様も驚いてたよ!」
「喜んでもらえてよかった。あれはハンバーガーとフライドポテトって言うんだよ」
「手掴みってところに驚いたけど、あれはいいよね。すぐに食べられるし」
「どうやって食べるか最初は迷いましたけど、セイルが教えてくれて齧り付きましたのよ」
「そうか、齧り付くのはちょっとはしたなく思われちゃうかな?まぁベティ様は気にしないだろ」
だって食べ慣れたハンバーガーだし。
そう思っていると、少しだけ耳がキーンとする感覚に陥った。
なんだ?
『リリエンハイド王国全国民に告ぐ。予はセテラート=リリエンハイドである。動きを止め、今から話す事をよく聞くように。これは王命である』
陛下だ!
ヘタレ隠して、威厳のある王様気取ってる。
とりあえず、静かに話を聞く事にした。