ご挨拶
ザワザワ、ザワザワ
「ユージェリス様…めっちゃ目立ってます…」
ジーンが居た堪れなさそうに縮こまって僕に告げる。
そう、今まさにジーンの実家前にいるのだった。
しかも『ワープ』で突然現れたもんだからか、最初は悲鳴が上がった。
ジーンが「落ち着いてくれー!」って叫んだら鎮まってったけど、そしたら段々と僕達から距離が空いた。
ちょっと面白い。
「…ねぇ、あれって愛し子様じゃ…?」
「さっきの放送と同じ仮面と服装だよね…?」
「あれ、ジーンだよな…?なんで愛し子様と一緒にいるんだ…?」
意外とヒソヒソ声って良く聞こえるよね。
「あ、あの、ユージェリス様…」
「ん?ノックしていい?」
「あ、いえ、俺がやります」
ジーンが慌てたように実家の扉を叩く。
暫くすると返事が聞こえて、扉が開いた。
…ちょっと不用心じゃない?
「あれま、ジーンじゃないかい!なんでこんなところに?!もうクビになっちまったのかい?!」
「んなわけねぇだろ!!用事があって来たんだよ!!」
「用事ぃ?一体なんの用だってんだ。しかもその格好はなんだい、似合わないねぇ!」
ジーンの執事服姿を見て爆笑するベネッタさん。
ジーンはプルプルしながら怒りに耐えてるようだった。
「すみません、僕のせいなので、そんなに笑わないであげてくれませんか?」
「…は…?」
僕がジーンの後ろからひょっこり顔を出すと、ベネッタさんが固まった。
「…じ、ジーン…?」
「…母ちゃん、紹介する。俺の主人の、ユージェリス=アイゼンファルド様だ。俺はこれから、ユージェリス様の従者としてお仕えする」
「こんにちは、ユージェリス=アイゼンファルドと申します。少しお邪魔してもよろしいですか?」
完全に固まったベネッタさんは、考える事すら放棄したようだった。
しょうがなくジーンがベネッタさんを家の中に押し戻して、僕もそれに続いてお邪魔する。
最後は外に向かって笑顔で手を振って、扉を閉めておいた。
「…ジーンが…愛し子様の…従者…?」
「あ、なんだ、そこはちゃんと聞こえてたのかよ」
「…え?なんの冗談だい?」
「冗談じゃねぇよ」
「あはは、ベネッタさん、落ち着いて下さいよ」
「…愛し子様があたしの名前を呼んだ…?え、なんの冗談だい?」
「だから冗談じゃねえっつってんだろ」
「この姿だと話にくいかなぁ?ジーン」
「…まぁ、畏敬の塊ですからね、ユージェリス様って」
「じゃあ変えよう」
指を鳴らして、姿を変える。
とりあえずはジェリスちゃんモードです。
僕の姿を確認して、ジーンがなんとも言えない表情を浮かべた。
そして目元を手で隠して天を見上げる。
あぁ、複雑なのね、ごめんごめん。
「…その、姿…」
「ご無沙汰しておりますわ、ベネッタさん。アイゼンファルド侯爵家特殊メイド、ジェリスと申します」
その瞬間、ベネッタさんが声にならない悲鳴を上げた。
おぉ、その反応、ジーンと同じじゃないか!
流石親子だわー。
それから暫くして。
やっと落ち着きを取り戻したベネッタさんが、椅子に座りながら頭を抱えていた。
僕はとりあえずジーンが入れてくれたお茶を飲みながら待機。
ジェリスちゃんモードで笑顔&ありがとうと言ったら、ジーンは赤くなってから青くなった。
忙しい奴だなぁ、まぁ僕のせいなのはわかってるけど。
「…ジェリス、さん…?」
「はい?なんですか?ベネッタさん」
「…昔、うちに来た時も、愛し子様…だったんですか…?」
「えぇ、勿論。『ジェリス』は私の仮の姿ですから」
オホホホ、と笑えば、余計に沈んでいくベネッタさんの頭。
「…とんだ、失礼を…」
「特に謝られるような事はされてないですけど?」
「いえ、あの、頭撫でちまったりとか…」
「寧ろ嬉しかったですわ」
「へ?」
「愛し子を普通に扱ってくれるのは、身内や親しい友人だけですから。純粋な好意で、なんの打算や欲もなしに頭を撫でてくれる人なんて、身内以外だと、たまに友人が冗談でやるくらいですもの。だから嬉しいに決まってます」
僕の言葉に、ジーンもベネッタさんも目を見開く。
そう、対愛し子として接する場合、そんな事をしてくれる人は殆どいない。
何故ならみんな恐れ多いと思っているから。
でも僕だってまだ見た目は少年で、甘やかしてもらったり、褒めてもらったりしたいわけで。
…本当はジーンにも、前と同じように、軽い口調で話してもらいたいんだよね。
「…ユージェリス様…」
「…あの、ユージェリス様とお呼びしても?」
「えぇ、どうぞ」
ベネッタさんが少し慣れたようなので、姿を戻す。
仮面を外して素顔を晒すと一瞬緊張したみたいだけど、すぐに息を吐き出して気持ちを落ち着けたみたいだった。
「…お顔はジェリスさんの時とあまり変わらないんですね…」
「まぁ、母や妹とほぼ同じになっていたと思いますよ」
「あぁ…奥様に…そうですね、言われてみればそっくりだ…それで息子を、ジーンを従者にと仰っていましたが…」
「えぇ、実は成人が済み次第、諸外国を回る旅に出るつもりなんです。その際にも同行して貰いたいんです」
「旅に…?ユージェリス様が、ですか?」
「目的がありまして。1〜2年で戻る予定ですし、国に何かあれば転移魔法で戻れます。ただ、1人で旅に出るのも寂しいので」
「…そうですか…あの、ジーンは、きちんとお役目を果たせるのでしょうか…?」
「まだ勤めて日が浅いですけど、僕のために頑張ってくれています。大切な相棒になってくれそうですよ」
「ジーンが…愛し子様の相棒…?」
ぽけーっと口を開けて呆けるベネッタさん。
ジーンは何やら感動してるみたいで、目をキラキラさせてこっちを見ていた。
とりあえず僕はキリッと表情を作って、背筋を正す。
「兎に角、ベネッタさん…大事な息子さんを、僕に下さい」
「どうぞ末永くよろしくお願いします!!」
「なんっで結婚の挨拶みたいな言い方するかなぁ?!」
僕の言葉に間髪入れずに、寧ろちょっと被せ気味で返事をするベネッタさんは、ジーンと同じく目をキラキラさせていた。
そして僕が差し出した手を両手で握ってブンブンする。
どうやら僕にも慣れたようだね、良かったぁ。
そしてジーン、君の言葉は無視させてもらおうか。