果たされる約束《side ジーン》
…俺は今、立ちながら夢を見てるんだろうか。
憧れの侯爵様と初恋のジェリス姉ちゃんのために、死に物狂いで学院を上位で卒院して、やっと今日あの約束を果たす為に士官願いをしに来たというのに…
一体、何が起きているんだ?
突然愛し子様が屋敷から出てこられて、微笑みながら俺達人集りの方へ歩いてこられた。
そしてふわりと体が浮き、気付けば人集りのど真ん中…つまり、俺の目の前。
そしてこちらに向かって手を差し出したかと思えば…
「待ってたよ、ジーン少年。約束守ってくれてありがとう」
まさかの本当に俺?!?!
え、ちょっと待って、なんで俺の名前知ってんの?!
もう目を丸くして固まるしかなかったわ。
「…あ、の…」
「ほら、行くよ?」
固まる俺を無視して、愛し子様が俺の手を掴む。
そのまま引っ張られて、今度は普通に門が開いて屋敷の敷地内に連れ込まれた。
後ろからダチの声が聞こえる。
もう何言われてるか全然わかんねぇけど。
「…い、愛し子、様…お、俺、いや、私は…」
「あはは、混乱させちゃったねぇ、ごめんごめん。でも、今日ここに来る事は約束だったでしょう?」
な、なんでその事知ってんの?!
もしかして、ジェリス姉ちゃんは俺の事を愛し子様に話したのか?!
ってかもしかして姉ちゃんって愛し子様専属メイドだったのか?!
「約束だから、君は問答無用で合格だよ」
「よ、よろしいのですか?」
「勿論。僕は無理な約束はしないタイプだ」
いや、俺、愛し子様とは約束してないんだけど…
そんな事を考えているうちに、屋敷の中へ入った。
実はここに入るのは2回目だ。
あの黒死病事件の時、保護されてここに入れてもらった。
あの頃から時間は経ってるけど、今でも綺麗で上品な内装だな。
「まぁ、もう1つの約束は叶えてあげられそうにないけどねぇ」
「はい?」
ボーッと周りを見回していたら、愛し子様の口元が笑っていた。
もう1つの約束…?
なんの話だ?
イマイチ思い出せなくて、足元を見ながら考える。
「…生憎と、結婚はしてくれなくても良さそうよ、ジーン君」
聞き慣れた声に、ガバッと顔を上げる。
姉ちゃんの声がしたけど、周りにいるのは愛し子様と執事らしき男の人。
一体どこに…?
「あら、嫌ですね、どこを見ているのかしら?」
…めちゃくちゃ至近距離で聞こえる声。
振り返ると、そこにいたのは…
「騙して悪かったとは思ってるけど、事情があるので許して下さいませね、ジーン君」
仮面を外した愛し子様の顔は…
初恋の人、そっくりだった。
あれから1刻。
声にならない奇声を上げた俺を、愛し子様…ユージェリス様は指差して爆笑してからまた腕を引っ張って食堂へと連れていった。
そしてユージェリス様が朝食を召し上がっている間、混乱した俺に色々と説明してくれた。
信じ切れない俺の為に、魔法を使って姉ちゃんの姿にもなってくれた。
…理解はしたけど、心は折られたわ…
「…それで、俺…いや、私は何を…?」
「勿論、僕専属の私兵になってもらう。と言っても僕は強いし、大体の事は自分で出来るから、仕事内容としては楽だと思うよー」
「…はぁ…」
「ごめんね、プロポーズした相手が男で」
「いや、もうそれはいいんで…傷口抉らないでいただければと…」
「話し方、今まで通りでいいんだよ?」
「それはその…一応ケジメと言いますか、愛し子様であらせられるし…」
「まぁ気楽に話してくれればいいよ。それよりネーネは元気?」
「あ、はい、5雷から養成学校に通う事になりましたので、寮に入るべく火の1日目に侯爵領を出発しました」
「そっかぁ、楽しみだなぁ。ネーネも僕専属で雇うつもりなんだ。元々の僕の専属メイドは今子供育てるためにお休みしてて、もしかしたらこのまま退職するかもしれなくてさ。退職しなくても子供の事だってあるし、後任というか補佐のメイドをどうしようか迷ってたんだよねぇ」
「そ、それは光栄なお話で…」
おい、ネーネ、お前いつの間にかすげぇ輝かしい将来が決まってんぞ。
まだ言うなって言われたから伝えられねぇけど。
「とりあえずさぁ、僕、今、お忍びで学院通ってるんだよね」
「は?」
「平民科にいるの」
「はぁ?!」
マジかよ、後輩だったの?!
「それで、あと2年で卒業したら、ちょっと旅に出るつもりなんだ」
「はい?!」
「行きたい国があるんだけど、陛下や父様達に成人になってからって言われちゃってねぇ。転移魔法使えるから何かあればすぐに戻れるし、そこまで大変な旅にはならないよ。ジーン少年…いや、ジーンにはそれに同行してもらうから」
な、なんかすげぇ話になってる…!!
陛下まで出てくるのかよ?!
「まぁ旅って言っても1〜2年くらいで戻ってきて、その後はちゃんとこの国にいるようにはするからさ。ちょうどネーネもそれくらいで成人になるし、ちょうどいいでしょ」
「はぁ…」
「だから、ジーンには2年間で諸外国の情勢なんかを勉強してもらうかな。僕は暗記スキルで直前に覚えればいいけど、ジーンにも考えて動いてもらう事だってあるだろうし。それと単純に剣や魔法の腕を磨いてもらおう。学院が休みの日は僕が見てあげるから、それ以外の日はうちの私兵達と一緒に過ごしなよ」
「はぁ…」
「…あ、ごめんね?一気に言い過ぎたかな?大丈夫?嫌なら嫌って言っていいからね?不敬とか言わないから。普通にこの屋敷の私兵になりたいならそれでもいいし、侯爵領の衛兵になりたいならそれも融通するよ?」
俺が気の抜けた声を出していたら、少し慌てたように眉を下げて俺に尋ねてくる。
いや、なんというか…
「…いえ、ユージェリス様にお仕え出来るなど、この国の者にとってはこの上ない誉れ。勿論、貴方様に付いていきます…が…」
「が?」
「…1つお聞きしたいのですが、あの事件の際、ユージェリス様も動いていただけたので?」
「…僕は特に何もしてないよ。君のお母さんを助けたのだって、父様達だったでしょう?」
「それは、まぁ…」
ユージェリス様が、綺麗に笑う。
綺麗、だけど…なんとなく、さっきまでの笑顔とは違うと思った。
結局、ユージェリス様からそれ以上話を聞く事はなかった。
代わりに近くで控えていた執事さん…レリック様が後でこっそり教えてくれた。
ユージェリス様が俺と出会って、俺に潜伏してた病魔も消してくれた事。
そこからの二次感染を防いでくれた事。
自分の命をかけてまで王城に知らせに行ってくれた事。
それ以降も俺達領民の事を気にして、ちょくちょく侯爵領までお忍びで覗きにきてくれてた事。
…胸が熱くなった。
あぁ、やっぱりユージェリス様は姉ちゃんだ。
昔侯爵領で会った時も、俺やネーネをオッサンから守ってくれた。
優しくて、領民を家族と言ってくれた、俺の主。
もう決めた、俺のこの剣は、絶対に貴方のために。