続・見知らぬ天井
「あぁ…夢じゃない…」
意識が戻ってきて、再び綺麗な天井。
横にはそれはもうグズグズと泣くメイドさん。
どうしよう、なんて声かけたらいいかな?
泣いてる女の子に弱いんだよねぇ…
とりあえず、一旦自分の中で整理しよう。
私の名前は相楽柚月、27歳OL。
確かあの日は仕事の途中でお使いを頼まれて、外出してたところだった。
信号のない道路を渡ろうとしてた女の子を視界の端に見つけて、何気なくそっちを見たら、車が猛スピードで女の子に向かってきてて…
自分でも驚くくらい、素早く反応できたものだ。
気付くと女の子を突き飛ばして、車の目の前だったんだから。
そこで意識はブラックアウト…
…うん、この状態を見ると、絶対死んだよね。
またはこれが夢ってパターンもあるけど、望み薄だ。
ちょっと発狂したい気分。
叫んでもいいかな?
でも真横でこんな泣かれてると、その気が失せると言うか…
腹括って、この状況を受け入れるしかないのかなぁ…
まだまだあの世界でやりたいこととかあったのに…
あ、なんか泣きそう、泣けそう、堪えろ私。
泣くのも発狂するのもまた今度にしよう。
「…あの」
「…っユージェリス様!!」
ガバッと効果音がしそうなほど勢いよく顔をあげるメイドさん。
うわぁ、泣いた顔も可愛いネ☆
…さすがにそれは今言っちゃ不味そうだ。
ってかこんな軽口言えるくらいだし、思ったより精神的にはまだ余裕がありそうだな、私。
「あの…ごめんなさい、ちょっとよくわからなくて…色々聞いてもいいですか?」
「はいっ…なんでもお聞き下さいっ…!!」
「この状態の…経緯?みたいなのを…」
「えぇと…ユージェリス様は階段の上から落ちられて、出血が多くて、それは治癒魔法で治したのですが、それが原因で高熱が出て、1週間も意識が戻らなくて…」
メイドさんも混乱してるなぁ…
つまり、この体の名前はユージェリス君と言って、多分貴族とかそういう感じだね。
そしてまぁ、男の子と…
え、てかこの世界魔法使えるの?!
それはテンション上がる…実感はないけど。
でもそれよりも、これからどうするかなぁ。
覚えてるフリしても、すぐにボロが出そうだから、ちょっとだけ正直に話した方がいいな。
ユージェリス君には悪いけど、今表に出てる意識は私なんだし、一旦常識とか色々覚えた方が身のためだ。
「お姉さん」
「…リリーとお呼び下さい、ユージェリス様」
「あー、リリー…さん。申し訳ないんだけど、何も覚えてないんだ。私の事も含めて、教えてもらえるかな?貴女が頼りなんだ」
つい、いつもの調子で困ったように微笑んでしまう。
こういう言動のせいで女なのにリアル王子様とか言われたりするんだよなぁ…
あ、でももう男になったんだし、このままでもいいのか?
そう顔に出さずに考えてたら、メイドさん…リリーさんが顔を真っ赤にしてアワアワし始めた。
「ゆ、ゆーじぇりすさまがっ…ぜんぜんべつじんっぽく…!!な、なんかかっこいい…?!ふぇぇぇぇ…!!」
あ、そういうキャラじゃなかったのか、ユージェリス君。
「え、えと、あの、前のユージェリス様はとても活発で、お庭を走り回られるような5歳の可愛らしいアイゼンファルド侯爵家の次男で…!!わ、私の事やお仕えしている者にはいつも優しく、懐いて下さっていて…!!」
なるほど、心優しくて明るいみんなの癒し的な5歳児か。
…私とは方向性が違うね、ごめん、ユージェリス君。
でも可愛らしい5歳児って偽れないから、もうこのままいこう。
「そっか…すみません、何も覚えてないんです。こんな私じゃ、みんながっかりしますよね…」
「そ、そんな事ありません!!今から旦那様方をお呼びして参りますので、少々お待ち下さい!!」
そう叫んで、リリーさんが部屋から走り去る。
旦那様方って、ユージェリス君の両親ってことかな?
あ、でも次男って言ってたから、お兄さんもいるのか?
下はいるのかな?
そんなことを考えてたら、廊下が騒がしくなった。
そして勢いよく扉が開く。
「ユージェリス!!」
「ユージェリスちゃん!!」
「ユージェ!!」
「ユージェお兄様ぁ!!」
おぉう、なんかいっぱい来たぁ?!
って、みんな美形だなぁ!!
父親らしき人は青みがかった黒髪にサファイアみたいに綺麗な青い瞳で、アイドルみたいな甘いマスクの超イケメン。
母親らしき人は銀髪にルビーみたいに綺麗な深紅の瞳で、本当に子持ち?って感じのスタイルの美女。
お兄さんらしき子はイケメンと同じ髪色に赤っぽい茶色の瞳で、これまた将来有望そうな理知的な少年。
妹らしき子は父親らしき人と同じ瞳と母親らしき人と同じ髪色で、すでに美少女のオーラがやべぇ。
「ユージェリス…リリーに聞いたが、何も覚えていないのかい…?」
「えぇと…申し訳ありません…」
「そんな畏まらなくていいのに…話し方も雰囲気も違うようだね…」
「ユージェリスちゃん…」
心配そうな父親?と、今にも泣き出しそうな母親?が私の両手に触れる。
…でも、うん、きっと本当の両親なんだろう。
この安心できる感じ、これは家族の感じだ。
その後ろでお兄さんが不安そうな顔で私と妹ちゃんの顔を見比べる。
妹ちゃんは…え、泣いてる?!
「わ、わたくしが…わたくしがいけないのですっ…!!わたくしのせいで、おにいさまがぁ…う、うぇ、うぇぇぇぇん!!!!」
号泣ー!!!!!
え、何、なんでそんなに泣いちゃったの?!
やめて、なんかすっごい罪悪感が湧いてきちゃったから!!
オロオロするお兄さんまで目が潤み始めたし!!
私は咄嗟にベッドから飛び降り、重い体を素早く動かして妹ちゃんを抱きしめた。
っあー、体も痛いけど頭も痛い。
てかなんでこんな事してんだろう。
でも私のこの行動に驚いたのか、妹ちゃんは泣き止んで、周りの人達は驚愕してる。
「えーっと、泣かないで?可愛い顔が台無しだよ?私は君の笑った顔が見たいな?」
「…っふぐぅ…!!お、おにいしゃまがっ…おにいしゃまじゃないのに、おにいしゃまだぁっ…!!」
「え、どゆこと?!」
「えぇっと、いつもユージェはフローネが泣くとすぐに抱きしめて『僕はフローネの笑った顔が見たい!』って言うから、かな…」
おう、意外と女ったらしなセリフが言えるじゃないか、ユージェリス君…
あ、それ以上に私のセリフの方が女ったらしか。
じゃあこの行動はユージェリス君の体の記憶で動いた感じかぁ…
妹ちゃんが大事だったんだね、ユージェリス君。
ちゃんと私も大事にするよ。
「…まずは、色々確認をしようか、ユージェリス。本当に何も覚えていないんだね?」
「はい、自分の名前も、歳も、皆さんの事も…すみません」
「謝らなくていいし、言葉遣いも気にしなくていいよ。まずは自己紹介をしよう。私はルートレール=アイゼンファルド、リリエンハイド国の貴族で爵位は侯爵。そしてユージェリスの父親でもある」
アイドル風イケメンはやはり父親だった。
じゃあ私の顔も将来有望だね!
「…私はマリエール=アイゼンファルド。侯爵夫人で貴方の母です」
ポロポロと泣きながら、美女が私の手を握る。
うぅーん、綺麗な女性に泣かれると良心が痛む。
でもこんな素敵な人が母親なんて嬉しいな。
「えっと、僕は…ロイヴィス=アイゼンファルド、侯爵家長男で、ユージェの2個上のお兄さんだよ。いつもユージェは僕の事、ロイ兄様って呼んでくれてたから、これからもそう呼んでくれるといいな」
困ったような顔で微笑んで、こちらを見るロイ兄様。
うぅーん、年上って言われても、まだまだ可愛いと思えてしまう…
「…ぐずっ…わ、私はフローネ=アイゼンファルド、4歳です…お、お兄様の妹ですっ…お、お兄様が大好きですっ…!」
はいダメ、この妹超可愛い。
ついもっかい抱きしめてしまった。
『ぴょっ?!』って声が腕の中から聞こえたけど、無視無視。
「さて、次はユージェリスの事なんかを話そうか。とりあえずまだ目覚めたばかりだ、一旦ベッドにお戻り?」
「あ、はい」
フラフラし始めた頭に顔を顰めつつ、お父さんに促されてベッドに戻った。
さて、今度は自分について聞く番か。
情報過多だけど、頑張ろう。