久々の気絶
「とりあえず、ここから出ましょう。お体の具合はいかがですか?」
「…正直、とても体が重い。自分で立てそうに…いや、2度と立てない体だ、それ以前の問題だな」
少し自嘲気味に鼻で笑うサルバト王子。
「何をされたかお伺いしても?」
「…元々は落馬事故だった。今考えると、愛馬の様子が少しおかしかったかもしれない。突然走り出し、暴れるあの子から私は振り落とされたんだ。その際に右足を怪我してな、王城へ戻った私は…そのまま陛下に両足を切り落とされた」
「「なっ…?!」」
僕達は驚き、布団に隠された足の方を見る。
確かに膝から下にある部分には、通常見られる盛り上がりが何もなかった。
「貴殿は知らないだろうが、我が国は何故か聖属性の使い手が異様に少ないんだ。王城にいる専門の治癒師もMPが低くて…とてもじゃないが、欠損部位は治せなかった。陛下に隠れて切断部の処置はしてくれたがな」
…もしかして、レベルとしては学院生のニコラくらいじゃないだろうか。
あの子もMPはまだ発展途上だった。
うちの国の王城にはMPがカンストしたベティ様がいるし、治癒師という職業は存在しない。
それでも魔法師団には複数人の聖属性持ちがいる。
欠損したとしても、魔法師団の全員で回復に当たれば多分完璧に治せるだろう。
…聖属性持ちが少ないのは、ヴァイリーがこの国を嘆いているからだろうか。
なんなら切り捨てたいようだったし、もしかしたら意図的に…かも。
ただ、サルバト王子については想定外だったんじゃないか?
基本的に精霊はこの世界に簡単に介入出来ないし、余計に僕をここへ来させたかったんだろう。
彼を治すためにも。
「…とりあえず、ここから移動しましょう。私が全回復すれば、貴方の足も治せるかもしれません」
「何…?流石にそれは無理だろう、ここまで回復させるのが精一杯ではないか」
「あ、あの、サルバト様。ユージェリス様は、貴方様をお探しになるために、王国全体に『エリア』と『サーチ』を使われてからこちらに参ったのです」
「は?」
「ですので、多分…ユージェリス様がおっしゃる様に、可能なのかもしれません」
ブルーノの言葉に、驚愕の表情を浮かべて僕を見るサルバト王子。
そして暫く考えてから、小さくため息をついた。
「…貴殿は確か、愛し子様というやつだったな…そこまで規格外の人間が2人もいるという事か…」
「ご理解頂ければ幸いです」
「これはどうあっても貴国と戦争などするものではないな。友好国として同盟でも結んだ方が良さそうだ」
乾いた笑いに、僕も苦笑で返す。
多分だけど、今のヴァイリー国王はうちに戦争を吹っかけるつもりなんだろう。
例えば僕が王位継承権を放棄する事なんかを口実にして。
…まぁ、負けるわけがないよね。
「さて、とりあえずうちの馬車に移動しましょうか。お手を失礼しますね?」
右手でサルバト王子の手を握り、左手でブルーノの腕を掴む。
サルバト王子の手は、本当に細くて折れてしまいそうなくらいだった。
「では、《ワープ》」
最後の気力を振り絞って馬車までワープする。
もー、僕、ふらふら、らめぇ…
…気付いたら、馬車のソファ部分に寝転がってた。
「ユージェリスちゃん、大丈夫?」
心配そうな顔で、母様が僕の顔を覗く。
「母様…あれ?どうなったの?」
「もう、ユージェリスちゃんってばサルバト様とブルーノ君を連れて帰った瞬間に気絶しちゃうんだもの。ブルーノ君が焦ってレリックを呼びに来てくれて驚いたわよ?とりあえず私がユージェリスちゃんを『ヒール』したから、もう大丈夫だと思うわ」
おぉ、成る程…そんな感じだったのか。
「…ユージェリス殿」
僕を呼ぶ声が聞こえたので、体を起こして確認する。
どうやら反対にあるソファにサルバト王子は横たわっていたらしい。
「サルバト様、お加減はいかがですか?」
「マリエール殿に少しだけ回復してもらったからな。先程よりはマシだ」
「じゃあ、今度は私の番ですね」
「大丈夫なのか?そんな体で…」
「大体回復してますから、大丈夫ですよ。何処まで治せるかはわかりませんけど、出来るだけやりきります」
起き上がって、サルバト王子の足に手を翳す。
母様は少し不安そうにソファに座ってこちらを窺っていた。
「…《ヒール》!」
馬車の中が眩い光で包まれる。
それはすぐに収束し、全員が目をそっと開いた。
うーん、体の倦怠感はあるけど、倒れるほどじゃないな。
鼻血も…うん、出てない、良かった。
「…そんな、足が…」
サルバト王子が驚愕の面持ちで体にかけていた毛布を捲る。
そこには痩せ細ってはいるけれども、立派な両足が揃っていた。
爪先を少し動かし、神経が通っている事を確認したサルバト王子は、静かに涙を流しながら感動しているようだった。
「…ありがとう、ユージェリス殿。本当に…ありがとう…」
「治って良かったです。ですが、少し後遺症は残るかもしれませんね。長い間、動かずにいたのでしょう?歩くための練習が必要かもしれません」
「そんなもの、屁でもないわ。歩けない方が余程辛いのだ、練習などいくらでもやってやる」
少し泣きながらもいい笑顔で答えるサルバト王子は、中々素敵な好青年だった。
さっきまで半分死にかけた顔したし、まるで別人のようだ。
20代後半くらいだろうか?
痩けた頰や体が戻れば、結構体格の良い男性って感じだね。
「さて、ユージェリス殿。私を助けてくれてありがとう。今度は貴殿が私を利用する番だな。さぁ、願いを聞かせてもらおうか?」
少しだけ獰猛な笑みを浮かべて、サルバト王子がソファに座り直す。
うーん、盛り上がって参りましたね!