開場する舞台《side ナタリー》
憂鬱。
この一言に尽きますわ。
「ナタリー嬢はあまり朝の食事を取られない方なんですね。私は朝からしっかりと取る事を心掛けていまして…」
私の目の前にあるフルーツサラダとヨーグルトを見て、語り始める男性。
色素が薄めの金髪を掻き上げながら、ペラペラとよくもまぁそんなに話す事がおありです事。
見た目は爽やかというよりは、少し軽い印象を持つこの方はやたらと話が長い。
しかも殆ど自分語り。
昨日からずっと。
「…という事なんですよ。そうは思いませんか?」
あらいけない、私とした事が、全く聞いていませんでしたわ。
とりあえず微笑んで誤魔化しておきましょう。
それにしても…ユージェ君達、今日来て下さるかしら?
時間と魔力が足りなくてユージェ君にしか『レター』が使えませんでしたけど…
レオ君から、エリア石を使わないようにと言われたので限界がありましたわ…
理由はまだ教えていただけませんでしたけど、きっと一昨日の事が関係しているんでしょうね。
と言いますか、レオ君に『レター』すれば良かったかしら?
なんとなく、この状況をどうにかしてくれると思ったのはユージェ君なんですよね…
甘えてしまっているようで、少し罪悪感があります。
彼の権力は特殊で、特別で、強大なもの。
だからこそ私達は出来るだけその力に頼らないように、全員で身分関係なく平等に接してきました。
それをユージェ君も望んでいますからね。
でも、今回に限ってはその力に縋るような事をしてしまいました。
…呆れられてなければ、いいんですけど…
「な、ナタリー…」
あぁ、もう、そんな不安そうな顔をしないで下さいな、お父様。
お仕事中はキリリと自己主張なされるのに、どうしてそれ以外はそんなに気弱なんですの?!
落差が激しすぎます!!
今回の事も仕事のつもりでビシッと断ってきて下さればよろしかったものを!!
「ナタリー嬢?どうかなさいましたか?」
「いいえ、なんでもありませんわ。それより申し訳ありませんが、私この後お約束がありますの。支度もありますので、お先に失礼致しますね」
「約束ですか?私がいるのに?」
「…えぇ、大事な方がいらっしゃるので、おめかししなくては」
貴方の優先順位なんてユージェ君達より高いわけないでしょう?!
…いけないいけない、心の中だけとは言え、激昂してしまうなんて。
つい笑顔が引き攣ってしまいます。
それにしても、私の言葉に機嫌を悪くしたのか、少し面白くなさそうな顔をし始めましたね。
ま、そんな事、私は知らんぷり、です。
「だ、旦那様、お食事中に失礼致します…!!」
そんなやり取りの中、執事のセバスが少し焦ったようにお父様に近付いていきました。
どうやら何かお手紙を持っているようですね…
セバスからお手紙を受け取って中身を確認すると、さっき以上に顔色を悪くしたお父様が、目に見えて慌て始めました。
「お父様?」
「な、ナタリー!いや、その、あのお方が…!!」
「失礼、勝手に入らせて頂きましたよ」
聞き慣れた声に扉の方を振り返ると、そこには大輪の薔薇の花束を抱えた絵本でよく見る王子様が笑顔で立っていました。
…あ、王子様じゃない、ユージェ君でした。
な、なんと言いますか、何時も以上にキラキラして美少年オーラが凄まじいです…!!
銀と青の差し色の入った白のジャケットに、黒のロングパンツとロングブーツ。
ちょっと、あのマントって陛下から下賜されたものじゃありません?
愛し子様正装じゃありませんか!
髪もキチンと整えられていますし、めちゃくちゃ気合入ってる格好じゃありませんか…!!
「おはようございます、スタンリッジ伯爵。朝早くから申し訳ありませんでした、突然過ぎて先触れにはならなかったようでしたね」
「い、あ、いえ…お気になさらず…」
あぁ、お父様ったら完璧に思考が停止してしまっているわ。
本当なら初対面ですし、キチンと挨拶しなくてはいけないのに…
そんな事を考えていると、不意にユージェ君と目が合いました。
すると笑みをより一層深めて、私に近付いてくるではありませんか。
「やぁ、ナティ、一昨日ぶりだね。いつ見ても君は素敵だ、この薔薇に負けないくらい、ね?」
そう言って、ユージェ君が椅子に座ったままだった私に跪き、薔薇を差し出してきました。
…あまりの事に、私まで思考停止しそうでしたわ。
でも、ユージェ君の目を見たら…なんとなく、察する事が出来ました。
これでもお付き合いは長いですからね。
「…まぁ、ユージェったら。酷いわ、もっとおめかししてからお会いしたかったのに」
「そのままでも十分綺麗なのに、もっと素敵になるのかい?君は本当にズルい女性だな」
…ユージェ君の喋り方がいつもと違って、笑ってしまいそう…!!
でも耐えるのよ、ナタリー。
今日の私は王族の血を引いた侯爵子息様ととても仲の良い令嬢なのだから。