セイルの土下座
結局、陛下は浮上する事もなく撃沈したままだった。
あの時の晴れやかなベティ様の顔と、スッキリした父様の顔は忘れない。
そしてお家に帰ってきました!
帰ってきたのは、いいんだけど…
「…セイルどうしたの?レリック」
「…申し訳ありません、このようなつもりでフォローしたわけではなかったのですが…」
「あのセイルが…ユージェリス、何をしたんだ?」
「冤罪です、父様!!」
父様が疑いの眼差しで僕を見る。
僕は慌てて弁解した。
レリックは片手を顔にあて、ため息をつく。
そしてセイルは…玄関で土下座していた。
「坊ちゃん…いや、ユージェリス様!貴方の料理に惚れました!弟子にして下さい!」
「…レリックぅ…」
あまりの変わり様に、ベソかきながらレリックの服を掴んで引っ張る。
少し驚いた顔をしてから、レリックが笑顔で屈みながら僕と目線を合わせる。
「驚かないでやって下さい、ユージェリス様。あの後セイルに説明したのです。ユージェリス様は『領域の料理』を作られたのだ、お前の料理が不味いわけではなく、精霊様の料理なのだから美味しかったのだ、と。そしたら衝撃が一周回ったようでしてね。ユージェリス様にご教授願いたいと思ったようです。しかしこれは『領域の料理』ですから、ユージェリス様の思うようにしていただければ大丈夫ですよ」
あぁ、そっか。
『領域の料理』は基本的に、腫れ物に触れる扱いだもんな。
さて、どうしようか…
「深くは詮索致しません!俺自身の成長のために、お願いします!」
「ううーん…」
どうすればいいんだろ、飯テロ起こすつもりはない。
でもセイルのご飯が僕好みになるのは魅力的だ。
でもなぁ、別に大した物作れるわけでもないし、所詮一人暮らしの簡単料理なんだよなぁ…
「…教える事は、出来ない。『領域の料理』だから、僕の口から直接伝える事は出来ない」
「そんなっ…!!」
「でも」
「…?」
「僕はこれからも自分の食べたい時に勝手に作るから…見て覚える分には、いいんじゃない?」
「ユージェリス様…!!」
「僕は、教えないよ」
うん、これでいいはず。
そうすれば新しい料理について聞かれないし、自分の作りたい物だけ作ればいい。
それにそれをセイルが覚えれば、自分で作らなくても食卓に並ぶかもしれないし。
うん、一石二鳥!
「ありがとうございます…!!」
「では、厨房の方を少し改装致しましょうか。ユージェリス様の身長では、まだ届かない場所もあるでしょうし。旦那様、よろしいですか?」
「あぁ、怪我でもしたら大変だからな。手配は任せたぞ、レリック」
「承知致しました。セイル、厨房を確認しますからついて来なさい」
「おう!」
2人はこちらに頭を下げてから、厨房へ向かう。
残された父様と僕に、リリーが近付いてきた。
「旦那様、本日はもうよろしいのですか?」
「あぁ、後は書斎で仕事をする。ユージェリス、そろそろフローネが来るだろうから、約束通り案内してもらいなさい」
「はい、父様」
父様は僕の頭を撫でてから、自分の書斎に向かっていった。
しばらくすると、階段の上からバタバタとフローネが降りてきた。
「お兄様!」
「フローネ、危ない。階段はゆっくり降りないと、また落ちてしまうよ?」
「あっ…ごめんなさい…」
しゅん、と落ち込んでしまうフローネ。
でも、危ないのは事実だ。
「階段から落ちて、フローネが怪我したり…死んでしまっては困るからね。僕の事を悲しませたいわけじゃないでしょ?」
「もちろんです!」
「なら、次からは気をつけようね。階段を降りる時は手摺に掴まって。社交界に出るようになれば、エスコートする人がいるから、しっかりその人の手を握るように」
「…お兄様がエスコートしてくれるのでは?」
「デビューの時は多分僕だけど、その後はわからないだろう?婚約者が出来れば、その人が相手になる。いいね?」
「はい…」
「よし、フローネはいい子だね」
フローネの頭を撫でる。
ちょっと嬉しそうにはにかむフローネは可愛かった。
そうしていると、後ろの玄関が勢いよく開いた。
「ユージェ!フローネ!お待たせ!」
「ロイ兄様、お帰りなさい!」
「お帰りなさいませ!」
「あらあら、私もいるのよ?無視しないでちょうだいな」
「母様もお帰りなさい!」
「お帰りなさいませ、お母様!」
「ユージェリスちゃん、陛下と王妃様にはお会いになれた?」
「はい、ベティ様とは色々お話し出来て良かったです!陛下は…その…ベティ様と仲が良さそうでした」
少し目線を逸らしながら、母様の質問に答える。
それを見た母様は、クスクスと笑った。
「ふふふ、ベティ様は素敵な方だったでしょう?陛下を軽くあしらって、まるであの方が陛下みたいよね」
「ええと…はい、そうですね」
「でもベティ様が愛し子様になられてよかったわ。昔のベティ様は、もっと淡々として自分の意見を全く言わない、冷たい印象だったの。愛し子様になられて、あんなに明るくなられて…きっと陛下はその差に心奪われてしまったのね」
なるほど、ギャップ萌えってやつか。
しかも陛下は弄られキャラで、ベティ様のあの性格なら…うん、お似合いデス。
「ほらほら、これからみんなで探検するんでしょう?気をつけて行ってくるのよー」
「「「はい!」」」
母様は軽く手を振りながら、階段を上っていった。
いつの間にか、ミーナとセリスもリリーの横に立っていた。
「お兄様、まずはどこに行きましょうか?」
「上から案内して、最後に1階から庭園に案内すればいいんじゃないかな?きっと案内が終わる頃には夕食の時間だろうし、そのまま食堂に向かおう」
「そうですわね!行きましょう、お兄様!」
左手をロイ兄様、右手をフローネに握られて、引っ張られつつも階段を上り始めた。
なんだかちょっと、くすぐったい気持ちになった。