迫る危機
「では戻るか」
「はい、師長」
馬車へ戻ろうとする父様とアレックス様を見送るレリックと僕。
…あ、忘れてた。
僕は小走りで追いかけて、アレックス様の服の裾を掴んだ。
驚いたように振り返るアレックス様の顔は、何故か赤かった。
「ぅえ?!ジェリスちゃん?!」
「アレックス様、お渡しするものがあります。《レター》」
目の前に現れた封筒を摘み、アレックス様に差し出す。
何故かアレックス様の顔はさっきよりも赤くなった。
「こ、これは…?」
「私目線で感じた考察のようなものです。宜しければ報告書を作成する際にご使用下さいませ」
「…あ、うん、ありがと」
目に見えて顔色が戻っていくアレックス様。
なんならちょっと顔色悪い。
僕は裾を掴んでいた手を離し、2人に向かってにっこりいい笑顔で一礼した。
何故か父様は額に手を当てながらため息をつき、アレックス様はトボトボと馬車に向かっていった。
「…ジェリスさん、わざとでございますか?」
「まぁ、なんの事でしょう?私はただ、お仕事のお手伝いがしたかっただけですわ、オホホホ」
少し呆れた顔をするレリックに、僕はもう1度にっこりと微笑む。
ため息をついたレリックは、屋敷内に入るようにと僕の背中を押しながら小声で呟いた。
「…ユージェリス様が本当に女性でなくてようございました」
失礼な、これでも元OLですぞ?
屋敷内に入った僕は、そうそうに魔法を解いて男の姿に戻る。
「レリック、僕のご飯あるかな?」
「いえ、まだお戻りにはならないと思っておりましたから、用意はないかと…すぐに伝えて参ります」
「あぁいいよ、それなら自分で適当に作るから。厨房にいるね」
「畏まりました、お気をつけて」
頭を下げるレリックに手を振りつつ、僕は厨房に向かう。
扉を開けると、そこはちょっとした戦場だった。
そうだよね、準備の真っ最中だよね。
…もう少し後でこようかな。
「あれ?ユージェリス様?!」
「ドリー」
立ち去ろうとした僕を目敏く見つけたドリーは、数枚の食器を持ったまま近付いてきた。
「もうお帰りだったんですね!」
「うん、だからご飯作ろうと思ったんだけど…もうちょっと後にするね、まだお腹空いてないし」
「いえ、そんな!どうぞお使い下さい!」
「いいんだ、邪魔になったら困るし、僕の作業見たさにセイルが動かなくなったら困るでしょ?」
「あー…それは…」
否定が出来ないようで、苦い顔をするドリー。
僕は苦笑しつつ、ドリーの肩を叩いてから厨房を後にした。
食堂に行ってもまだ誰もいないだろうから、僕はリリーの部屋に行く事にした。
臨月に近いリリーは働いていないので、基本的に自室にいる。
ドリーがご飯を運んでくるまではいてもいいだろう。
リリーの部屋の前に辿り着いたので、ノックをする。
…反応がない、いないの?
「リリー?いないの?僕だけどー」
…出てこない。
散歩でも行ってるのかな?
「…りす…ま…こ…に…」
…なんか、今、微かに聞こえた?
なんとなく嫌な予感がして、僕は扉に耳を当てた。
微かにだけど、何かが動く音がする。
「リリー?!入るよ?!」
女性の部屋に押し入るのは紳士としてマナー違反だけど、なんかそれどころじゃない気がする!
僕の危機察知スキルが告げている、リリーが危ないと!!
なので僕は勢い良く扉を開けた。
そこで見たのは、床に蹲ってるリリーの姿だった。
僕は急いで駆け寄る。
「リリー!!」
「ゆ…すさま…お、もど…りで…」
「そんな挨拶はいいから!!大丈夫?!」
「大丈夫…で、す…今は…痛みも引いて…っつぅ!!」
痛みが引いたって…それ…
「…陣痛じゃない?それ…」
「…え?」
「しかも感覚短いなら、すぐ産まれるんじゃない…?」
「…確かに、痛くなったり良くなったり…してましたが…え?これが陣痛ですか…?」
「いや絶対陣痛でしょ、それ。一体いつから?」
「さ、最初は1刻前で、少し痛くなったり良くなったり、繰り返してて…少し前から激痛に変わって…」
「陣痛だから!!それ!!なんで誰も呼ばなかったの?!」
「痛みで上手く魔法が発動しなくて、もう少ししたら…夫が来ると思っていて…」
そりゃ遅いよ!
しかもドリーだって急にこの場面見たら驚いちゃうから!!
僕は急いでリリーをお姫様抱っこで抱き抱える。
「ふぇっ?!ユージェリス様?!」
「舌噛むから喋らないで!!」
「っひゃい!」
「《ワープ》!」
僕は食堂に跳んだ。
今ならみんないるはずだから。
予測通り、母様とフローネは席についていて、レリックやシャーリーもいた。
「ユージェリス様?!リリー?!」
「レリック、シャーリー、リリーが陣痛きてる!!」
「えぇっ?!予定日は来月なのに?!」
シャーリーが青い顔で叫ぶ。
母様も顔色が悪い。
すると突然、腕に生暖かい感覚が伝わってきた。
そして、出来る、床のシミ。
…うん?
「…破水したぁ?!」
「「「「「「えぇ?!」」」」」」
その場の全員が叫ぶ。
リリーに至ってはまた陣痛がきてるようで、苦しそうに唸っていた。
「レリック!!ドリーに伝えてらっしゃい!!」
「はい、奥様!!」
「リリー、しっかり!!」
確か破水したら急がなきゃいけないって聞いた事がある。
羊水がなくなると、細菌感染したりして赤ちゃんが危ないとか…
…一刻の猶予もない。
「シャーリー!!悪いけど付いてきて!!」
「ユージェリス様?!」
リリーを抱き抱えつつ、近くに寄ってきていたシャーリーの腕をグイッと掴む。
驚きの声を上げたシャーリーは無視して、僕は息を吸い込んだ。
「…《ワープ》!!」
心配そうな面々を残し、僕達はある場所へと向かうのだった。