まさかのデジャブ
ナタリーの不吉な予言は聞かなかった事にして、僕達は花組の教室に向かう。
もう少しで教室というところで階段の角を曲がろうとしたら、久しぶりに危機察知スキルが反応した。
僕は手でみんなを制止する。
「どうした?ユージェ」
「きゃっ!!」
ルーファスの声とほぼ同時に、女の子が走って曲がってこようとした。
女の子は驚いて体勢を崩し、倒れそうになったので咄嗟に腕を掴み、相手の腰に腕を回して支える。
「…ユージェ、それは刺されるわぁ」
「刺されるねぇ」
なんだよ、レオとニコラめ。
おや、このストロベリーブロンドは…アリス嬢じゃないか。
なんか初対面時もこんな感じだったなぁ、懐かしい。
「えっと、お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「え?あ、はい、すみません、突然ぶつかってしまって…えっ?!」
懐かしのやり取りをすると、アリス嬢は目に見えて狼狽え始めた。
なんなら顔面蒼白。
「え、あ、も、申し訳ございません…!!」
「いえいえ、お気になさらず。どうかなさいましたか?」
「いえ、そんな、何も…!!」
「アリスー!!!」
…なんだろう、めっちゃ既視感。
とりあえず隠すか。
「失礼、《エリア》《アシミレイション》」
「えっ?!」
彼女を指定して、周囲と同化させる。
魔法をかけた僕しか見えないようになった。
「あ、あの…?!」
「しーっ」
僕は口の前に指を持っていき、静かにするようにジェスチャーした。
彼女は少し驚きながらも、数回頷く。
ちなみにまだ顔色は悪い。
僕の後ろに下がらせると、何かを察知した4人が彼女を囲むように配置した。
「アリス!!!」
その瞬間、曲がり角から男が飛び出てきた。
真っ赤な髪に金色の瞳の少年は、怒りを露わにした様子で僕達を睨んでくる。
しかし僕の姿を認識すると、睨んでいた顔をにやけた顔に変えて揉み手をする勢いで近付いてきた。
「これはこれは!もしや愛し子様ではありませんか?!なんたる僥倖!!私、バークレー侯爵子息、ジャンジャック=バークレーと申し…」
「申し訳ないが、それ以上彼に近付かないでもらえるか?」
近付く男を制止するように、ルーファスが僕の前に立ち塞がる。
それを少し驚いた表情をしてから、口元を引くつかせた。
「…これはこれは、宰相様のご子息様ではないか。その態度は学院の先輩に対する態度ではないぞ?」
「生憎、今は彼の護衛も兼ねている。彼は学院生ではないので、それに合わせてこの態度で勘弁してもらいたい」
「では護衛如きが私を遮るな。私は愛し子様にお話しているのだ」
「彼は貴方と話すつもりはない。愛し子への勝手な話しかけはご法度である。王城へ報告されたくなければ、早くここから立ち去れ」
「…っ失礼するっ!!」
ルーファスを押し退けるように、怒った男は階段に向かって歩き出した。
その時、ルーファスの後ろにいたナタリーも押し退けられて、バランスを崩す。
咄嗟に手を出したけど、先にレオがナタリーを支えてくれたので転ぶ事はなかった。
あの野郎、ナタリーとルーファスに何しやがる…!!
ついイラっとして、僕は指を鳴らした。
「うぉっ?!うわぁぁぁ!!!」
男が声を上げながら階段を落ちていく。
…足を滑らせただけだし、まぁ大した怪我はしないでしょ。
「…ユージェ、何かしたの?なんかさっきの人、落ちてったような…」
「キノセイジャナイ?」
「…そっかぁ」
ニコラが生暖かい目で見てくる。
察しても何も言わないのは、多分ニコラも怒ってるからだな。
「ルーファス、ナタリー、大丈夫?」
「俺は平気だ。ナタリーは?」
「レオ君が支えてくれたから大丈夫です。ユージェ君もありがとう」
「僕がそっち側にいればよかったねぇ、まぁ怪我がなくて良かった。さてと、それで、さっきの女性は?」
レオがキョロキョロと見回すような素振りを見せるので、僕は魔法を解いてアリス嬢を見えるようにした。
…おぉ、アリス嬢、顔色悪い。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「へぁっ?!は、はい、大丈夫です!!も、申し訳ありません、愛し子様とも知らずにご迷惑を…!!」
「いえいえ、貴女が困っているのでしたら、私はいつでもお助け致しますよ」
「え?あ、あの、私、愛し子様にお会いした事って…ないです、よね?」
おっと、しまった。
ついユズキモードになりかけたわ。
「えぇ、初めましてですね。アイゼンファルド侯爵子息、ユージェリス=アイゼンファルドと申します」
「こ、これはご丁寧に。プレッシェン子爵令嬢、アリス=プレッシェンと申します」
「どうやら私はいつ背中を刺されてもおかしくないほど、女性に甘いらしいので。女性が困っているのならば、お助けしたくなってしまうのですよ」
「そ、そうなのですか…」
「アリス様、大丈夫でしたか?」
「お怪我はないですかー?」
「えぇ、ありがとうございます、ナタリー様、ニコラ様」
「あれ?2人とも知り合いなのぉ?」
「コース選択が一緒だから、お会いする機会が多いんですよ」
「あの人、よくアリス様に突っかかってくる人ですよね?!なんなんですか、あの人!」
ニコラがぷりぷり怒ってる。
アリスは少し困ったように笑って、ニコラの頭を撫でた。
「ご心配ありがとうございます、ニコラ様。私は大丈夫ですので、お気になさらず。それでは、私もこれで失礼させていただきます。愛し子様も御前失礼致します」
「宜しければ、名前で呼んでいただけると。愛し子は私だけではありませんからね」
「あ、そ、そうですわね…では、ユージェリス様、皆様、ご機嫌よう」
綺麗なカテーシーを見せたアリス嬢は、降っていったあの男とは逆に階段を登っていった。
あのまま教室に戻るのかな?
「なんだか、追いかけられてるみたいだねぇ」
「みたいじゃなくて、追いかけられてるんだよ。初対面の時もそうだった」
「なんだ、やっぱり初対面じゃないのか」
「この姿では初対面だよ」
「なんだかアリス様、あの方に言い寄られてるらしいよ?しかも無理矢理。身分を盾にされると断れないから、出来るだけ休み時間は逃げ回ってるんだって」
「そういえばそんな話を他の先輩方がお話していましたね。組が別な事だけが救いだって…」
「それは可哀想だな。俺も見かけたら匿ってやろうか…」
「そうだねぇ、匿ってくれる人が増えれば、逃げやすいだろうからねぇ」
「みんなもよろしくね、僕もユズキの時は気にしておくよ」
うん?もしかして前に図書館で会ったのは、逃げ込んできてたからなのかな?
図書館で騒いだりする事は出来ないし、入口では検査されてるから魔法を使われる事もない…
うわぁ、アリス嬢、大変すぎる…!!