ナタリーの予言
ゼリーも食べ終わって一息ついていた僕達のところに、兄様が小走りでやってきた。
なんだかちょっと焦ってるような?
「ユージェ!」
「兄様、どうしたの?」
「さっき下でロイド様達に会って、中庭で起きた事を聞いたんだ。ユージェ、体は大丈夫かい?」
あぁ、心配してきてくれたのか!
流石兄様、優しい、好き。
「大丈夫、僕じゃなくてメグ様だったしね」
「そうか、なら良かった…」
「ユージェリス!」
んん?今度は誰だ?
…と思ったら、さっき立ち去ったエドワーズ様だった。
取り巻き達はいないなぁ。
エドワーズ様を見た兄様はギョッとした顔をして、僕を背に隠すように立ちはだかった。
兄様、僕とエドワーズ様を会わせたくなかったのか?
「…ロイヴィス、そこをどけ」
「恐れながらエドワーズ様、それは了承しかねます」
「兄様、エドワーズ様とはもう話したんだ」
「は?」
「色々話して、エドワーズ様とは和解してるんだよ。だから兄様は心配しなくていいんだよ」
僕の言葉に兄様が振り返ったまま固まる。
暫く考えるような素振りを見せてから、僕の肩に手を置いた。
「…ユージェ、いいのかい?」
「問題はなかったよ、大丈夫」
「失礼な奴だな、ロイヴィス。私とユージェリスは友になる事にしたのだ。私はユージェリスをこれから一臣下として扱い、なんでも言い合える立場になった」
エドワーズ様の発言に目を丸くした兄様は、僕とエドワーズ様を見比べてからため息をついた。
どうやら理解してくれたらしい。
「それで、エドワーズ様、どうかなさいましたか?」
「あぁ、それが今しがた教室に戻ったのだが、中庭での事を聞いてな。どうもマーガレットが師長に連れられて王城へ戻ったとか。何があったか説明してくれぬか?マーガレットは大丈夫なのか?」
あぁ、成る程、さっきは知らなかったのか。
というか、メグ様を心配してるのね。
仲悪くはないとは思ってたけど、なんだかんだ心配なんだな。
僕はエドワーズ様と兄様に中庭でのやり取りを見せる事にした。
2人のおデコに手を当てて、『メモリー』を唱える。
全てを見終わった後、エドワーズ様は顔色を悪くして、兄様は少しため息をついた。
「…すまぬがロイヴィス、指導員に私は早退したと伝えてくれ。私も王城に戻る」
「承知しました、エドワーズ様」
「またな」
そう言って、エドワーズ様はまた小走りで食堂を出ていった。
「とりあえず、ユージェはなんともなさそうで良かった。きっとマーガレット様もご無事でしょう」
「父様達が付いてるから大丈夫だと思うよ」
「じゃあユージェはこのまま授業受けてから帰るんだね?なら僕と一緒に帰ろう、後でファーマが迎えに来るから」
「ファーマなら僕と一緒に来たよ?」
「先に一旦帰ってるよ。学院長がファーマにユージェの予定伝えてたの見たから、もういない」
あぁ、流石学院長。
待たせとくのも悪いし、伝えてもらえて良かった。
兄様は少し困ったように笑いつつも、僕の頭を撫でてから立ち去っていった。
ちなみに周囲から黄色い悲鳴が聞こえたのは気のせいじゃないと思う。
「流石はロイヴィス様、人気がありますのね」
「ユージェのお兄さん、カッコいいもんね!」
「でも婚約者がいるから、行動に移す人いないんだよねぇ」
「だが我が国は一夫多妻も認められてるぞ?」
「無理無理、王家が一夫一妻推奨してんだもん。それにアイゼンファルド家も家訓が一夫一妻だからねぇ」
「流石レオ、詳しいね。それに兄様はルーナ義姉様一筋だから、見向きもされないよ。それにこの僕が許さない」
「ユージェ、怖っ!!ブラコンじゃん!!」
「ブラコンでシスコンだけど、何が?」
「マザコンであり、ファザコンでもあるよねぇ」
「まぁ家族仲が良いのは良い事じゃないか?羨ましいよ」
「ルーファス君、妹様は相変わらずですの?」
「あぁ、未だに会わせろとせがんでくる。なんでもユージェの妹に拒否されたらしくてな」
「おぉ、侯爵令嬢が公爵令嬢に楯突いたのか!」
「いや、なんか誰かのお茶会で一緒になったんだが、近付こうとする度に何かに阻まれて話しかけられなかったらしい」
「それってもしかして…」
「あぁ、僕が魔導具渡しといた。下心とか、そういうの感知したら防御されるタイプのやつ」
「成る程、それでか。良くやった、ユージェ」
ルーファスが珍しく微笑みながらサムズアップする。
ルーファスの笑顔って貴重だよなぁ。
あ、向こうのお嬢さん方が顔真っ赤にしてる。
惚れちゃったのかなー?
「さてユージェ、授業まで後ちょっとあるがどうする?」
「先に教室に行こうか。折角だし、教室で駄弁ってようよ」
「さんせーい!」
「では食器を片付けてきますね」
「じゃあ僕も行くよぉ」
「あ、なら僕も行く。美味しかったって伝えようかと」
「騒ぎになりそうだな、俺も行く」
「え?じゃああたしもー」
ぞろぞろと5人で厨房横の片付けスペースに向かう。
ゼリーは売り切れたようで、既にカウンターには人集りがなかった。
片付けスペースに食器を置くと、ルーファスが厨房を覗き込んだ。
「料理長殿、ちょっといいですか?」
「お、これはこれはルーファス様、どうでしたか?!愛し子様はご満足いただけましたかな?!」
「それは本人から聞いてくれ」
「は?」
「お忙しいところ、失礼します。あのゼリーを作られた方はどなたですか?」
ルーファスの横から顔を出すと、料理長さんが慌てふためいたように奥から女の子を引っ張ってきた。
「こ、ここここここの者がゼリーを担当致しました!!!」
「ふぇぇっ?!?!」
おう、思ったよりも若い人だ。
おさげに結った赤毛に、ぱっちりとした黒い瞳が印象的な可愛い女の子だった。
17〜18歳くらいかな?
「こんにちは。ゼリー、とても美味しかったです。また来る機会があれば注文させてもらいますね」
「は、はははは、はひっ!!」
完璧涙目だわ。
僕、怖いのかなぁ…
「…ルーファス、僕、怖い?」
「粗相しちゃいけないと思われてるんだろうな」
「お姉さん、ユージェは優しいからちょっと失敗したくらいじゃ怒らないから大丈夫だよぉ?」
「そうそう、ユージェは女の子に甘いから!」
「よーし、ニコラ、その喧嘩買うぞぉ?」
「やめて!その笑顔目が笑ってなくて怖いから!!」
「まぁまぁ、ニコラちゃんも発言にはお気をつけて下さいまし。ユージェ君も殺気立たないの、女の子に甘いのは本当でしょう?」
「ナタリーまで…はいはい、どうせ僕はいつか背中を刺されそうなくらい女の子に甘いですよーだ」
「何それ、誰に言われたの?」
「ベティ様」
「的確な表現だな」
僕達は軽口を叩きながら、食堂を後にしようとする。
するとさっきのゼリー作った女の子が厨房から飛び出してきた。
「あ、あの!!」
「「「「「ん?」」」」」
「あ、あのあのっ!ま、また是非いらして下さい!私、頑張って作ります!!」
…僕より年上そうだけど、なんか可愛い。
料理人の女の子って応援してあげたくなるよねぇ。
「えぇ、また是非」
僕は笑顔で手を振ると、女の子は顔を真っ赤にされながらもお辞儀をしてきた。
そして食堂を出ると、背後からナタリーの声が小さく聞こえた。
「…本当に刺されそうですわね」
ちょっとナタリーさん、どういう事?