第5話‐5 白梨の昔語り
「わ~、きれい……」
それまで固唾を飲んで二人の戦闘を見守っていた朱音が、青白い蝶の群れを見て感嘆の声を上げた。
きらきらと輝く光を散らしながら、紫縁を取り囲むように舞うそれは、確かに幻想的な光景である。誰もが時を忘れて魅入るだろう。
「それ、あんまり見ない方がいいよ」
白梨がやんわりと朱音に注意した。
「どうしてですか?」
あんなにきれいなのに……と、朱音は白梨に抗議の視線を向ける。
「あの蝶の群れは『胡蝶』という妖術でね、相手に幻覚を見せるものなんだ」
「げ、幻覚っ!?」
朱音の驚きの声に白梨はうなずいて、
「ここにいる時は使えなかったのに、成長したんだねぇ」
と、しみじみとつぶやいた。
そう言えば……と、朱音は道中での蒼矢の言葉を思い出す。
「蒼矢って二階堂さんと会う前は、お二人のところにいたんですよね?」
「そうだよ。……もう、何年前になるかな? 蒼矢が妖狐に成り立ての頃にね、私がここに連れてきたんだ」
そう告げる白梨の眼差しは、前方でくり広げられている戦闘に向けられているが、遠い記憶に思いを馳せているようにも見えた。
――それは、白梨が気まぐれに散歩をしている時のこと。
住宅街の一角、その路地裏で身を潜めている一人の少年を見つけた。少年から感じる気の性質が、人間のそれとは異なっている。
霊体化して気配を消していた白梨は、姿を具現化させると――もちろん、狐耳と四本の尻尾も出現させている――ゆっくりと少年に近づいていった。
「どうしたんだい? そんなところで」
白梨が優しく声をかけると、少年は驚いたように肩を震わせ勢いよくこちらを向いた。
銀色の髪と同色の狐耳、尻尾が特徴的である。その瞳には、驚きと恐怖と警戒心がない交ぜになった感情が浮かんでいた。
怖がらなくていいと告げ、少年の目線に合わせるようにその場にしゃがむ。
「私は白梨というのだが、君の名前は?」
「……蒼矢」
白梨の質問に、少年はおずおずと答える。恐怖心は消えたようだが、まだ警戒しているようだ。
(さて、どうしたものか……)
白梨は少し思案すると、唐突に左手を握り彼の目の前に突き出した。
蒼矢は、不思議そうな顔でそれを見つめる。
「見ててね」
白梨はそう告げると、一度左手を開いて中に何もないことを蒼矢とともに確認する。
もう一度握りこぶしを作り、手の甲を上に向ける。右手の人差し指で左手の甲を二回程軽く叩き、手のひらが上になるようにしてゆっくりと開いた。すると、何もなかった左手から淡く輝く白い小鳥が現れた。
それは、蒼矢の周囲をぐるりと回ると、白梨の手の上に戻り、ふわりと淡雪のように消えていった。
「すごいっ! どうやったの?」
教えて! と、蒼矢がきらきらした瞳で白梨を見つめる。先程までの警戒心は、きれいさっぱり消えているようだ。
「君が素直になってくれたら、教えてあげようかな」
白梨がそう言うと、蒼矢はほほをふくらませてむくれてしまった。
だが、それもわずかのことで。目線を落とした彼は、少し悩んだ後、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
昔からこの土地で暮らしていて、人間の子ども達が遊んでいる光景を何度も見てきた蒼矢。いつしか自分も一緒に遊びたいと思うようになった。
そんな淡い願いを抱きつつ時を過ごしていると、朝起きた時には人の姿になっていたという。もちろん、狐耳と尻尾もある状態で、である。
(これで一緒に遊べる!)
うれしくなった蒼矢は、すぐさま子ども達がいつも遊んでいる公園へ向かう。勇気を出して声をかけるも、子ども達の反応は、蒼矢の予想とはまったく逆のものだった。
――動物の耳や尻尾がついている――。
ただそれだけで、子ども達は蒼矢を『変なヤツ』と揶揄し、『バケモノ』と罵倒して拒絶した。
ショックのあまりその場から逃げ出した蒼矢は、ここにたどり着いてからずっと見つからないように息を潜めていたというのだ。
「……なるほど、そんなことがあったのか」
黙って彼の話に耳を傾けていた白梨は、静かにそう言うと、蒼矢の頭を優しくなでる。もう大丈夫だとでも言うように。
おとなしくなでられていた蒼矢は、先程の白梨の言葉を思い出し、
「ねえ、さっきのどうやるの? 教えてくれるって約束だよ?」
しょげていた彼が、もう元気を取り戻していることに苦笑する白梨。
「それじゃあ、教えてあげよう」
そう言って、実践を交えながら教えていく。
しかし、いくらやっても妖気で小鳥を作り出すことが蒼矢には出来なかった。
「……ねえ、蒼矢。特訓してみるかい?」
むきになる蒼矢を見かねて白梨が声をかけると、蒼矢は無言で、だが、力強くうなずいた。
「よし、じゃあ行こうか」
そう言って、白梨は白紫稲荷神社に蒼矢を連れていくのだった――。
「――それで、紫縁が武術を教えて、私が力の使い方とかそういった武術以外のことを教えたんだ」
「そうだったんですか……」
(蒼矢もあたしと同じような経験してるんだ……)
そんなことを考えながら、朱音は視線を蒼矢へと向ける。
蝶の群れは、いつの間にか消えていた。代わりに剣戟の音が絶え間なく響いている。




