第5話‐1 白紫稲荷神社へ
白紫稲荷例大祭から一夜明けて、街は落ち着きを取り戻していた。とはいえ、夏休みの真っ只中である。時折、各住宅から子ども達の賑やかな声がもれ聞こえていた。
真夏の太陽が容赦なく照りつける中、人通りの少ない路地を一組の男女が歩いている。
銀色の長い髪を後ろで一つにまとめているモデルのような青年と黒いキャスケットをかぶった小柄な女性――蒼矢と朱音である。
二人の目的地は、白紫稲荷神社。双子の天狐に、妖力制御の手解きを請うためだ。
もちろん、指南を受けるのは朱音である。蒼矢はその橋渡しをする《《だけ》》。ただそれだけにも関わらず、彼の表情は朝から暗いままだ。幽幻亭を出てからというもの、二人は一言も話さず重い空気だけが流れている。
しばらくはおとなしく蒼矢の隣を歩いていた朱音だったが、
「……ねえ、そんなに行きたくないの?」
大通りにさしかかろうとした時、沈黙に耐えかねておずおずと蒼矢に尋ねた。
両手をズボンのポケットに入れたままの蒼矢は、朱音の質問に答えることなく左に曲がり大通りへと出る。無意識なのか、先程よりも歩くスピードが少し速い。
「あ、ちょっと……ねえってば!」
置いて行かれる!
そう直感した朱音は焦ったような声を上げて、小走りで駆け寄り蒼矢の隣に並ぶ。
「……行くと、必ずからまれるんだ」
眉根を寄せてため息をついた蒼矢は、そう答えて肩をすくめる。
「からまれるって、天狐様に?」
蒼矢はうなずくと、二階堂と出会う前は白梨と紫縁の世話になっていたことを明かした。
「で、誠一と仕事始めてわりとすぐの頃、仕事の関係でよく神社に行ってたんだ。そしたら、うぜえくらいに話かけてくるんだぜ? こっちは、仕事の話がしたいだけだってのに」
蒼矢は当時を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「それは……大変だね」
朱音は、そう言って苦笑する。他にどう言えばいいのかわからなかった、というのもあるが。
会話が途切れたタイミングで、車道を走る車が二人の隣を通りすぎていく。その数は、平日の午前中とあまり変わらなかった。
「ま、そのおかげで、困ってる同胞を助けられるわけだけど」
車が通りすぎた少し後、蒼矢が明るく告げた。諦めたのか、それとも仕事だからと割り切ったのか。先程までの苦々しい表情は消えていた。
「……ねえ。言ってて、恥ずかしくない?」
しらけたような声音で尋ねる朱音。冷めた眼差しで蒼矢を見つめながら、数歩後退る。
「別に、恥ずかしくなんかねえけど。……って、距離を取るな、距離を!」
「だって……さすがに引くわ」
そう言いながら、朱音は蒼矢からなおも距離を置こうとする。
立ち止まった蒼矢は、盛大にため息をつくと、
「このままだと、困るのはお前なんだけど?」
それでもいいのかと問う。
「あ、それは嫌だなぁ」
「だったら、行くぞ」
そう言って、蒼矢は歩き出した。
「あ! 待ってよ!」
朱音は小走りにその後を追う。
二人の視線の先には、立派な赤い鳥居が顔を出していた。目的地までもうすぐである。




