第4話‐9 蒼矢と朱音
二人は二回目の露店巡りで、焼きそば、から揚げ、わたあめを購入した。もちろん、焼きそばとから揚げは三人分である。
途中、ポケットが震えたが、二階堂は気づかぬふりをする。おおかた、チャットのメッセージを見た蒼矢からの返信だろう。
空はオレンジ色に染められ、祭り終了時刻が近いことを教えていた。
家路へと急ぐ人と、帰る前に買い物をしようと露店に並ぶ人で混雑する大通り。その中を縫うように、二階堂と朱音は進んで行く。
祭りの喧騒を背中で聞きながら、路地に入り家を目指す。とても楽しみなのだろう、朱音は終始笑顔だった。
「ここだよ」
そう言って、二階堂は一軒の民家の前で立ち止まった。
焦げ茶色の屋根と扉にキャラメル色の壁といった、ごく普通の二階建ての民家だ。ここが、二階堂の自宅兼事務所の幽幻亭である。
扉を開けて中に入ると、二階堂はスリッパを準備して、どうぞと朱音に声をかけた。
「……お邪魔します」
遠慮がちに言って、朱音は玄関に入る。
スリッパに履き替えて、二階堂の後ろについて行った。
「……誠一さんよぅ、ちゃんと説明してもらおうか?」
二階堂が居間に入るや否や、早めの晩酌を始めていたらしい蒼矢が説明を求めた。テーブルには一升瓶と酒の入ったコップが置かれている。
「ただいま。いか焼き、買って来たよ」
二階堂はそう言って、荷物をテーブルの上に置いた。手洗いをするためにキッチンへと向かう。
「おう、サンキュー。……じゃねえよ! 猫又連れて来たって、どういうことだっつの!」
わけがわからないと、二階堂に噛みつく蒼矢。その剣幕に圧倒されて、朱音は居間の入り口で立ち尽くしていた。
「朱音ちゃんが怯えてるだろ?」
キッチンから戻って来た二階堂は呆れながら、蒼矢をたしなめる。持って来た麦茶入りのコップを二つ、テーブルに置くと椅子に座って一息ついた。
蒼矢は舌打ちして、面白くなさそうに酒をあおる。
彼の態度に小さくため息をつくと、二階堂はいまだ立ち尽くしている朱音に手招きをした。
数秒遅れて、朱音はおそるおそる室内に入る。二階堂にすすめられるまま、彼の隣の椅子に腰を下ろした。
二階堂は蒼矢に朱音を、朱音に蒼矢をそれぞれ紹介すると、朱音を連れて来た経緯を説明する。
「――なるほど、そういうことか」
蒼矢は納得したらしく、から揚げを一つ口に入れた。
ある程度冷めてしまってはいるが、噛む度にあふれる肉汁が口内に幸せを運んでくる。その旨さに気が緩んだのか、今まで隠していた蒼矢の狐耳と尾が突然現れた。
「――っ!?」
二階堂の説明を聞きながら朱音もから揚げを食べていたのだが、目の前の突然の変化に驚いて盛大にむせてしまった。
「大丈夫? 朱音ちゃん!」
二階堂は、慌てて朱音の背中を軽く叩き、麦茶を手渡した。
朱音はそれを受け取ると、一気にのどに流し込む。
「大丈夫か? 何か、悪いな……」
蒼矢が、心配そうに謝罪する。
「……ぷはっ! だ、大丈夫、です。あたしの方こそごめんなさい。事前に聞いてたのにびっくりしちゃって」
と、落ち着きを取り戻した朱音も謝罪を口にした。
「そう言えば、あんた、猫又になって間もないんだっけ?」
蒼矢が朱音に尋ねると、朱音はうなずいて、
「そうです。うまく変化できなくて……」
そう言ってキャスケットを取ると、オレンジ色の猫耳がぴょこんと顔を出した。
「ああ、別に敬語じゃなくていいよ。そういうの、俺、苦手だし」
そう言うと、蒼矢は一口酒を飲んだ後、目を細めて朱音を見る。何か、集中しているようだ。
「あ、あの……」
値踏みするような蒼矢の視線に耐えかねた朱音が、おずおずと声をかける。
「ああ、悪い悪い。妖力のコントロール、どのくらいできてんのかなって思ってよ」
「そういうの、見ただけでわかるもんなのか?」
二階堂の素朴な疑問に、蒼矢はうなずいた。
「まあ、妖怪全員が、この力を持ってるわけじゃねえんだけどな。で、話を戻すと、だ。朱音は、コントロールの基本ができてねえ」
だから、時間が経つと変化が解けてしまうのだという。素質も妖力の質もいいのにもったいないと、蒼矢はつけ加えた。
蒼矢によると、妖力の質がいい妖怪と質が悪い妖怪がいるらしい。力の質がいいと、コントロールもしやすいのだそうだ。それに加えて、朱音には力を物質化する素質があるらしく、きちんと修行すれば、蒼矢のように妖力を込めた勾玉なども作れるようになるとのこと。
これには、二階堂だけでなく朱音本人も驚いた。まさか、自分にそんな素質があるなんて思ってもいなかったのだ。
「あ、でも、俺が修行の面倒見るとか、無理だから」
蒼矢のこの一言で、朱音の表情は一気に曇った。今にも泣き出しそうである。
「何とかならないのか?」
「何とかって言ってもな~……」
蒼矢は、困ったように頭をかいた。
そもそも、朱音に合うだろう修行メニューが思い浮かばない。それ以前に、効率がよく効果的な修行がどんなものなのか、蒼矢はまったく知らなかった。
「……しかたねえ、あの二人に頼むしかないか」
蒼矢は、苦虫をかみ潰したような表情でつぶやいた。
「あの二人って……?」
朱音が尋ねると、二階堂が白紫稲荷の双子の天狐のことだと答えた。
「えっ!? あの天狐様方とお知り合いなの?」
「ああ。昔、ちょっとあってな。明日、ちょっと交渉してくるわ」
蒼矢は、どこか諦めたように告げた。
(本当に行きたくないんだな)
と、彼の表情から読み取り、二階堂は苦笑する。
「さて、明日のことも決まったことだし、夕飯にしようか」
二階堂が気持ちを切り替えるように告げると、待ってましたとばかりに蒼矢と朱音が同時に喜びの声を上げる。
二人のテンションの上がりように、二階堂は苦笑せざるを得ない。
少し待つように二人に告げると、二階堂は冷めてしまったいか焼きと焼きそばを温めるため、キッチンへと向かうのだった。




