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釜石の軌跡

作者: 流枕清真

このページを開いて下さった皆様、ありがとうございます。流枕清真です。先に述べておきますが、当時の出来事は全て事実です。それを意識して読んで頂けるとより幸いです。

「海だぁ!」

 河川の先で煌めきを放つそれを見て、隣に座るユミが声を上げる。

「そりゃ、海くらい見えるでしょうよ。だって」

 津波が来たんだから。私はその一言をグッと飲み込んだ。

「だって、何?」

「えっと……」

 どう言い訳をしようか考えていた時、バスの車内アナウンスが鳴った。

『えー<釜石、大槌復興ツアー>にご参加の皆様、もう間もなく大念寺に到着致します。ご住職には当時の体験談をお話しして頂く予定です』

「ほ、ほら!もうすぐ着くって!」

 ナイスタイミングとばかりに話の方向をそちらにもっていく。

「もう〜、私が誘わなければ来なかったクセに調子イイんだから」

 確かにその通りだと思う。私はユミに誘わなければこのツアーに来るどころか、知ることすらなかっただろう。おかげでゴールデンウィークが消えたけど。

 そんなことを考えているとバスが止まった。

『皆様、大念寺に到着致しました。是非、真実を受け止めて来て下さい』

 最後の言葉が気になりつつ、降りよというユミに押されて、私は大槌町の地に足をつけた。海風が気持ちよく吹き抜け、いつまでもボーッとしていられるような感覚がそこにあった。まるで都会のビルに固められた身体をほぐしてくれるような、暫く田舎に帰ってなかったからだろうか、そんな感覚だった。

「ようこそ、わざわざ遠いところをありがとうございます」

 訛り混じりで出迎えてくれたのは、格好から察するに、住職だ。

「こちらへどうぞ」

 住職は本堂へと私達を案内……せず、寺の前の坂を八割がた登ったところで立ち止まった。

「ここまで津波が来ました」

 え、という声すらでなかった。確かにそこから手前はガードレールが新しかった。が、海はまだ遠く見える。

 そして、住職は右手の三階建ての建物を掌で指した。

「この建物は当時、五階までありました」

 それを聞いて、衝撃というより疑問でいっぱいになった。頭の処理が追いつかないとはこのことだ。だるま落とし式に下の階だけ抉られた……とか?

「何で下部は残ったんですか?」

 誰かが私の疑問を要約したような質問をとばした。それに住職が答える。

「それは水に浸かっていたからです」

 その答えに質問をした誰かどころか、その他ほとんどの人がポカンとしていた。少なくともだるま落とし説は否定された。

「まぁ、詳しいお話は中に入ってからしましょう」

 住職に導かれるまま本堂へ入り、本堂隣の客室のようなところへ案内された。その部屋は半分が畳張りの和室、もう半分はフローリングでピアノや玩具などがあり、子供部屋のように見えた。

 私達が畳の上に腰を下ろしたところで、住職が口を開く。

「さて、どこから話しましょうかな。三月十一日、丁度お昼休みに入った頃でした。漁師さんたちも魚介類の加工を一段落させる頃だったそうです。要は日常でした。そこに、」

 住職の声色が変わった。

「轟という大きな地響きに襲われました。日本を船としたときに氷山にでもぶつかったかのような……ラブコメはありませんでしたけどね」

 空気を和ませようとしてくれたのか、笑いを取りに来たのかは分からないが、反応した人は誰もいなかった。ユミに関しては元ネタにさえ気づいていない様子だ。

 ごほん、と咳払いをした後、住職は話を続ける。

「実はこの数日前にも地震がありましてな。今考えると予震だったのかもしれませんが。その時は避難所に指定されているここへ近所の方々が集まって来ました。そんで、もう揺れちゃいないのに和んで座りこんじゃったもんだから、お茶でもだして、しばらくして解散になりました」

「それなら震災時の避難は完璧だったんですか?」

 ツアー参加者の誰かが声を発した。

「いえ、逆効果でしたな。前日に地震があったことで、とりあえず、家の方を片付けてからお寺に避難しようくらいだったと思います。まぁしかし、前日の件で、あの寺は待遇がええぞとなりましてな。なんせ、他の高台じゃお茶なんて出ませんから。近所から少し離れた海沿いの方から人が来たんです」

 正直、仕方がなかったと思う。そこの住民達も津波が来るなんて実感はなかったんだろう。数日前に何もなかったなら尚更。逃げるべきだった、というのは結果論であり、言ってもどうしようもないことだというのはそこにいる皆が分かっていた。

「それから三十分が経つか経たないか、それくらいの時です。海面が上がりました。海そのものが浮き上がって街を飲み込んでいく……正にそんな様子でした。さて、皆さん、寺の入り口にあった建物を覚えていますかな?」

 下部三階だけが残った建物だ。ここまで話を聞いてきた限りでは……さっぱりわからん。と、隣で聞き入っていたユミが声をあげた。

「あった! いや、ありました! でも、波が来たなら下だけ削れるんじゃないですか? だるま落としみたいに」

 考えていることは私と同じだった。

「確かに、そう考えてもおかしくないですわな。しかし、最初に述べた通り、水に浸かっていたからこそ下部は残ったのですよ。ボロボロでしたが。まずは波で家が流されました。この辺は木造建築ですから波の上に木材やら家そのものやらが浮きますよね。家が流される波です。家の脇にあるガスボンベだって無事じゃありません」

「あ」

 漏れた声が私のものだと気づくのに少し間があった。

「漏れたプロパンは空気より重いので水面に溜まります。そこで電柱やら車やらから火花が散ったら……木材が濡れていても、もう関係ないレベルです。あるお寺では鐘が焼き切れました。鐘を作る時は千三百度近くで熱するそうです。火葬の温度がだいたい八百度だそうですから」

 住職はそこで話を区切った。私を含めたその場にいる全員がその続きを察したからだろう。私は背筋が凍るのを抑えられなかった。

「少し暗い話になりましたな。明るいとまではいきませんが、いい話に方向転換致しましょう。当時、避難所には沢山の子供たちがいました。その子達の中には、学校から避難し、親御さんとまだ会えていない子も少なくなかったぁ。そりゃ不安になりますわな。私がその立場でもそうです。そんな時です。地元の高校生が寒がっているその子達をカーテンで包んで、大丈夫大丈夫って言ったんですよ。自分の親御さんも見つかっていない子達もいたのにね」

 衝撃だった。今の私と年齢は変わらないはずの高校生が、自分のことより目の前の少年少女を救おうとしたことに。今の私がその状況だったら……きっと…………何も出来ていない。自分のことだけが胸の中を回って、周りなんか見えてない。

「それにね、震災の少し後、横浜の小学生が肥料を送ってくれたんですよ。なんでも募金で買ったものらしくてね。私の知り合いが河川敷に菜の花を植えるのに大変役に立ちましたよ」

 今日、はじめてという程の嬉しそうな顔と声だった。当時、小学生ということは私と同年代だ。心の中を回っていたモヤモヤがさらに大きく膨らむ。

「さて、皆さんは『釜石の奇跡』という言葉を知っていますかな?」

 聞き覚えのある単語だった。小学校の話だ。私は先の思いをぶつけるように声をあげた。

「知ってます! 確か、釜石にある小学校の生存率が九十バーセントだったっていう話ですよね」

自信はあった。ツアーに参加する際、インターネットで検索し、真っ先に出てきたのがこれだからだ。

「そうです。ですが、違います」

 は? と思わず声が漏れた。パーセンテージを間違えた、せいぜいそれくらいの違いだと思った。

「『釜石の奇跡』なんてものは嘘です」

 住職の声は先程より低くなっていた。咳払いをして声の高さを戻すと、住職は話を続ける。

「確かに小中学校の生存率は高かった。避難は迅速で中学生が小学生の手を引いて山へと避難する様子なんかが新聞に載りました。新聞には生存率九十九・八パーセントと記載されていました」

 何も間違っていない、そう思った。ですが、と住職は続ける。

「これは、どこから見たときのパーセンテージなんですかな?」

 住職の声は低く落ち、場の空気はより重くなった。

「生存率九十九・八パーセント? これはメディアが作り出した数字でしかない。津波が来た小学校全体で見た時、この数値はどうなるんでしょうな。今現在、釜石市で『釜石の奇跡』という言葉を使う人は、メディアを含めていません。現地の方々の気持ちを考えた配慮からです」

 声のトーンは元に戻っていた。

「終わりになりますが、皆さんにはメディアを丸のまま信じるのではなく、一度噛み砕いて、出来ればその目で見て、じっくり飲み込んで欲しい。百聞は一見にしかずとよく言ったものですな。そして、これだけは覚えておいて欲しい。まだ復興は終わっていないのだと。次、いつ来るか分からない災害に向けて備えをしている人も少なくないのだと」


 寺の外に出ると、先程より海が近く見えた。住職にお礼を告げ、坂を下る途中、足が止まった。そこは津波が来た境目、丁度三階建ての建物の屋上と同じ目線だった。

「これがそうなんだよね」

 隣で立ち止まったユミが、言った。私は無言で頷く。ユミの目は心なしか赤くなっている気がした。

「私さ、何かしたい! 遅いかもだけど今からでも! だって、私、あの時何も……」

 ユミの言いたいことは分かった。私も他人事だと考えていたから。

「皆様、そろそろバスの方へお乗り下さい」

 久しぶりに聞こえるガイドさんの声に導かれ、バスへと近づいていく。最後にバスに乗ろうとした私達にガイドさんが問いかけた。

「これから、あなたは何が出来ますか?」

最後まで読んで下さった皆様、また、最初に後書きを読んで下さっている皆様、ありがとうございます。前者の方、どう感じましたか? 考えることが出来ましたか? 出来なかったとすればそれは、私の実力不足でしょう。是非、考えてみて下さい。震災というものを風化させないために。後者の皆様、上記のことを気にしながら読んで頂けると幸いです。それでは、私はここでペンを置きますが、この事実だけは忘れないで下さい。ありがとうございました。

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