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静謐なる部屋  作者: 上川鶴馬
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(11)

「どうしてここに?」


「私ここの牧師の妻だから」

さっきのあの牧師か……

結婚相手は俺の知らない人だと聞いていた。

まさか聖職者だとは。


「そうか牧師は結婚できるんだったね」


「ええ、あなたのお姉さんの名前みてもしかしてと」


「なるほどね」


「少し話さない?」


「ああ」



そうだ。ここは教会だ。

最近は結婚式場やホテル併設のチャペルを会場にするがこだわりの強い姉は本物の教会を希望した。

奥まった部屋に案内された。

そこは教会員がお昼を食べたりする所らしい。



「ずっと聞きたかったことがあるんだ」

彼女は何を聞かれるか分かっているようだった。


「あんな別れ方した理由って何?」


彼女は高校卒業すると俺の前から姿を消した。

TwitterもLINEもFacebookもInstagramも、ありとあらゆるツールのアカウントを消していた。

進学するといっていた大学には通っていなかった。

友達を辿るとか探偵に頼むだとかで居場所を知る方法はあったがそこまで徹底して避けられた後で会いに行く勇気はなかった。

結婚が理由ならなぜ普通に言わなかったのだろうか。

執念深いほうじゃないから納得する自信はある。

俺に落ち度のない状態であんな謎なことされて正直かなりめんどくさかったしイラついたが3年間一緒にいて彼女が常識ある人間なことは知っていたので気掛かりな気持ちが優ってもいた。


「ごめんなさい」


「うん」


「私あなたと結婚したかったの」


「は?」


「あなたと結婚して、子供を生んで、日曜礼拝に一緒に行きたかった。主の祈りや御言葉を唱え、讃美歌を歌い、ご飯の前にはお祈りを捧げる。これらを全部あなたと一緒にやりたかったわ。けれどあなたはクリスチャンではない。同じものを信仰しなさいなんて言えなかったし今も言わないわ。あなたの主体性を私は深く尊重したいと思っているから。ただ同時に夫になる人はクリスチャンであって欲しいとも願っていたの。聖霊がイエスが神が傍にいると分かっていても共有できない宗教はきっと孤独だわ。あなたが部屋に来る度に私はいつも本棚の一番目立つところに置いてある聖書を隠していたわ。あなたには私の両親が敬虔なクリスチャンであるのを知られていたから本当は隠す必要なんてなかった。それでも隠し続けたの。あなたが私の家を出た後で私は毎回神に話しかけたわ。どうか弱い私をお許し下さい、と。あなたとの未来はそういうことに耐える日々を意味していると思った」


だから別れたのか。



彼女は家を出たい、教会に通いたくないと言っていた。

俺はそれに対して適切な反応を示して現実的な解決策を提案した。

卒業したら同棲したっていいと何度も言った。

だが俺は根本的な事を、彼女自身の宗教観をしっかりと聞いていなかった。

あんなになんでも話しているという自負があったにもかかわらず。


「俺は全く分かっていなかったんだな」


ようやくこの時、振られた、という気持ちになった。



「いいえ、高校生活はあなたのおかげよ。押し付けたり踏み込みすぎたりしなかったことも含めて、本当に感謝しているわ。高校生の内にあれ以上のことを話すのは難しいのよ。ただただ確信があったの。あなたとは結婚できないだろうと」



「あんな迷惑な別れ方をして本当にごめんなさい。あなたのことは最後まで嫌いになれなかったわ。少しでも繋がりがあるとまた、あなたに頼ってしまうと思ったの。こんなに弱い人間だとあなたに知られるのが怖かった」


「……君が泣いた理由は怖さではなかった」


「え? ああ、あの地震のときね」


「生真面目で常識的な君のそんな少し不器用な所に、俺は惹かれたんだ。君が本当に苦しんでいたことに俺は気づくべきだった。俺の方こそ謝るよ。悪かった。3年間ありがとう」


「こちらこそ、ありがとう」

時折嗚咽が聞こえた。

彼女が泣く姿を俺は以前と違って穏やかな気持ちで、見守った。






帰り際、彼女は遠慮深く尋ねてきた。

「連絡先教えてもらえるかしら?」


「もちろん」


「それじゃあまた」


「ああ、お幸せに」

この言葉を言うのは今日で2回目だった。



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