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───── ベールダウン ─────
悪魔や邪悪なものから守るされている清浄のシンボルのウェディングベール。
本来ならば花嫁の最後の身支度として誕生からずっと傍にいた母親がこれを下ろすのだが母がいないということで俺がするこことなった。
扉近くで花嫁姿の姉と向き合う。
既に多くのゲストが座っており遠くで立っている新郎も含めて皆がこちらを見ている。
父は姉の側に控え、カメラマンは最も良いと思われる場所でカメラを構えている。
姉はかがんで、目を閉じたまま口を開いた。
「綺麗でしょ?」
小さな声だったが、自信と幸福に満ち溢れていた。
3ヶ月前からジムとエステに通い続けた成果とこの衣装と相まって今まで見てきた中で一番綺麗だと思う。
「ああ、流石オーダーメイドだ」
「ドレスの話じゃないわよ」
「いくらだったんだっけ?」
「それはいいのよ、彼が払ってくれたんだから」
「姉ちゃん、あまり我儘いってると嫌われるよ」
「分かってるわよ。というかあんたは言わなすぎ」
「は? 俺?」
「あんたが物欲ないから私毎年リュックしかあげれないんじゃない」
あのリュックはそういう意味だったのか。
初めてリュックを貰ったのは15のときだった。
姉にしては珍しく使えるものをくれたなと思って何度もお礼を言った記憶がある。
「もういいわ。早く下ろしなさい」
ベールに手を伸ばす。
細心の注意を払って静かにゆっくりと下ろす。
シャッター音が聞こえる。
姉は上体をあげ、目を開けた。
「姉ちゃん」
なによ、という顔がベール越しに確認できる。
「ありがとう。綺麗だ。お幸せに」
姉は、はっとした表情して視線を新郎の方に向けた。
それから震えた声でこう続けた。
「化粧崩れたらあんたのせいだから。出来のいい弟がいてもう充分幸せだわ」
そうして姉はバージンロードを父と歩いていった。
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式は30分ほどで終わった。
俺は隣に座る父に話しかけた。
「父さん、俺、今年の夏は帰省するわ」
父の肩がぴくりと動いた。
「そうか」
「うん、また宇宙の話教えてくれよ」
「ああ」
「ありがとう。姉ちゃん綺麗だったな」
「そうだな」
やはり父は式中も式後も泣かなかったが父の顔は母と会話していた時のように穏やかだった。
「……!」
式場を出ると左の方から名前を呼ばれ振り返る。
そこには高校3年間付き合っていたルカがいた。




