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銅の女神  作者: au
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森の中(2)

あれから魔獣が10体以上襲ってきたが、レイは難なく切り倒していった。

相も変わらず軽やかに大剣が舞う。それを振るうレイは戦闘が立て続けにおこっているにも関わらず全く息を乱す様子もない。

傭兵業をやっていたという言葉に嘘はないらしい。


しかしなんだって傭兵なんかに。


傭兵は国や貴族に金で雇われ、戦いの最前線に送られる、いわば使い捨ての兵士だ。危険な分報酬も高いが、そんなものに志願するのは本当に金に困ったやつか戦闘狂ぐらいしかいない。そんな危険なところにレイはいたというのか…


理由をはぐらかされてから、レイになんとなく声をかけるのをためらい、またレイも何も言わないため会話もないままお森の中を進んだ。

魔獣が立て続けに襲ってきたせいもあるが、それ以上は話したくない様子のレイにさらに問い質すことは少しためらわれた。


「そろそろ野営の準備でもしようか?」


突然レイから声をかけられた。

気づけば日が傾いている。あと数時間すれば日が落ち、暗闇の中で進むことになるだろう。さすがに暗くては行き先を見失い迷ってしまう可能性もある。さらに"身体強化"の魔術をかけて歩いていたとはいえ、かなり疲労が溜まっている。大人しく一晩休む方がよいだろう。何人追手を放っているのかは分からないが、王都にいる魔術師の数からして魔獣の召喚もそろそろ打ち止めのはずだ。


「ああ、そうしよう。」


と答えたはいいが、実はリュシアンに野宿の経験はあまりない。昨日は逃げるのに夢中で野営の準備などする余裕もなく、気づけば木の根に眠りこけていたからだ。食事もとっていない。

どうすればいいのか分からず立ち尽くしていると、レイはさっさとたき火の用意を始めた。いつの間にか歩きながら拾っていたらしい、小枝や枯葉を山にして、ポーチから火打石を取り出す。手際よく火がついた。


「すごいな。」

「まあ、慣れてるから。」


干し肉を取りだし火であぶり、レイは半分それをリュシアンに渡す。


「いいのか?」

「いいもなにも、まともに食べてないんでしょ?疲労が顔に出てる。緊張で食欲を感じてないかもしれないけど、体にはきてるから少しでも食べときなって。まあ味は良くないけど、明日には町に出られるからましな食事とれるし我慢して。」


何も食べてはいなかったが、正直食欲は湧かなかった。レイの言う通り、慣れない逃亡と命の危機に晒されてずっと緊張のしっぱなしだったようだ。

肉をひとかけら口に入れた。なんとも硬い食感だが、咀嚼していくと口に肉の味が広がる。味は今まで食べたなかで一番といっていいほど良くは無かったが、なぜか涙が出そうになった。飲み込んだ瞬間に腹が空腹を訴え始め、夢中で残りの肉を頬張る。


なぜだか、生きてきた中で一番、食べたという気がした。


「なあ、レイ」

「なに?」

「お、おれ……こんなにまずい飯始めてだ。」


レイはそう、とだけ言って少し微笑んだ。


















「リュシアン!」




大きいわけではないが、この回廊に凛と響き渡るような声で名前を呼ばれ、リュシアンはこっそりため息をついて振り返った。

後ろから顎鬚を長く伸ばした身なりのいい老人がやってくる。

老人はリュシアンが初めて出会ってから全く見かけが変わっていない。

噂では100を越しているという話もあるが、背筋をピンと伸ばし、しっかりした足取りでやってくるその老人には衰えが全く見えないように思える。

しかしすでにリュシアンは老人が老いを先延ばしにしているその理由を知っているのだが。


「なんでしょうか、先生。」


苦々しいことに、この老人がリュシアンの師である。


「研究の進捗はどうなっている?」


「概ね順調に進んでおりますが、最終術式の組み立てに手間取っております。もうしばらく時間がかかるかと。」


とっくに理論は完成しているのだが、リュシアンは嘘を伝えた。ちなみに他の魔術師では組み立てられないように数カ所にミスを意図的に行っている。万が一リュシアンを出し抜いた魔術師がいても、決して完成させないようにするためだ。


その報告を聞いた師はふん、と不機嫌そうに鼻をならした。


「早々に完成させろ。陛下も完成を待ち望んでおられる。」


「しかし理論が完成したとして、材料は…」


「お前はそんなことを心配しなくてよい。餌さえまけば愚かな家畜はいくらでも集められる。」


愚かな家畜ね…

先の大戦で、犠牲とされた傭兵2000人を思い出す。

大金を積んで集めた、勝利への布石として使うべき駒を、この師は自身の魔術の贄として利用したのだ。

リュシアンにとっては生贄たちになんの感情も湧きあがらなかったが、ただこの師に対しては反吐がでるほど嫌悪感を抱いていた。

憎しみほど強い感情ではない。

腐臭の立ちのぼる汚物を扱うのと同じだ。

さっさと消滅してくれればそれに越したことはないが、今の自分の地位を捨ててまで手を汚すようなことはしない。

自分ではないだれかが、この汚物を蹴落とし亡き者にすることを、師の弟子たちは全員そう願いながら、毎日を過ごしている。


「こんなところで油を売らず、さっさと研究に戻れ。とにかく完成させろ。」


老人は蔑んだ目つきでリュシアンにはき捨てると、回廊の奥へと進んでいった。

リュシアンはその背中に唾を飛ばしたい衝動に駆られたが、とりあえず堪えた。






師の姿が見えなくなったころ、にやりとリュシアンは笑い、反転してもと来た道を戻った。

あの師はこれから陛下への謁見のため城に向かう。しばらく部屋は空だ。

リュシアンは自身の用事は後回しにし、師の自室へと向かう。


師の自室の前に来ると、右手をかざして術式を解除した。

リュシアンは師の持つ術式はすべて解読している。元通りにすることも可能だ。

部屋にかかる術式をすべて解除した後、リュシアンは取っ手に手をかけて扉を開いた。

中は研究道具と書物が散乱している。奇妙な薬品の臭いが漂っているが、まあ実験室の腐乱死体よりはましという程度の刺激臭だ。


リュシアンは時たまこのように師の部屋に侵入し、師の魔術と研究結果をすべて盗み見ていた。

しかしあらかたのものはすでに頭に入っている。

今回の狙いは別だ。


リュシアンは静かに詠唱し、手のひらから小さな光を生み出した。リュシアンの望む物の在処を教えてくれるその光はふわふわと空中を漂うと、戸棚のある引き出しの前までいき消滅した。

リュシアンは扉の時と同じように、引き出しにかかった術式を解除し、中を見る。

中にはひとつの鍵が入っていた。



”禁忌書庫の鍵”



リュシアンはごくりと喉を鳴らす。

宮廷魔術師第三位までしか閲覧が許されず、さらには第二位までしかその管理する鍵は持てない。

幸いなことに、リュシアンの師は3人しかいない第二位のうちの一人である。


特に危険視され扱うこともそれを知ることすら禁止されている禁忌の魔術。


それを第三位に至らぬ魔術師が閲覧すると厳しい処罰が下され、良くて生涯幽閉悪くて魔術師たちの実験体だ。さらに筆頭宮廷魔術師のみが厳重な制約の下で扱うことが許される。


それほどに危険な香り漂う禁忌の魔術に、リュシアンは前々から興味があった。

それに、鍵を紛失したとなれば責任問題に問われ、師は失脚し追放の身となる。しかも禁忌を犯したのが自分の弟子とあれば、監督不行き届きで一層立場が悪くなるだろう。いい気味だ。


込み上げる笑いをこらえ、鍵を手にしたまま引き出しの魔術を元通りにし、リュシアンは部屋をでた。

もちろん、扉には入る前と同じ魔術を施しておく。


そして何事もなかったかのように、リュシアンは師の部屋を後にしたのだった。



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