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銅の女神  作者: au
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森の中にて(1)

ありえない状況での10年ぶりの再会は、リュシアンとレイをしばし固まらせた。

お互いに何と声をかけてよいか分からず、2人の間に沈黙が流れる。


あのレイが、なぜ、こんな大剣を軽々と操って、魔獣たちを切り伏せられたのか。

なぜ髪を染め、男のような格好でいるのか。

なぜ、故郷から遥か遠い土地のこのような森の中にいるのか。


疑問は絶えず、何から言ってよいのか、そもそも最後に会った少女から今の姿の変貌ぶりに衝撃を受け、リュシアンはまともに頭が働かない。

それを見かねたのか、レイやっと口を開く。


「久しぶり、だね。リュー。まさかこんなところで会うと思わなかった。」

「あ、ああ。俺もだ。」


やっとのことでそれだけ返すと、ぷっとレイが噴出した。


「な、なんだよ。」

「いや、あの泣き虫のリューが『俺』って言ってるのがなんか面白くて。」


くくく、とこらえ切れていない笑いを必死に抑えようと身を震わせているレイを見て、リュシアンは拍子抜けする。


「そりゃ、10年もたてば俺だって変わるよ。いろいろ、あったし。」


レイと別れた10年の間、楽しいと思えるような出来事は全くなかった。自分の感情を抑え、他人を蹴落とし破滅させ、自身も蹴落とされる脅威に晒されながら権力にくらいつき媚を売る日々が瞬時に思い出され、思わず口調にも苛立ちが混ざる。


「そっか…そうだよね。10年あればいろいろあるよね。」


リュシアンの口調に対してレイは気分を害したわけではなさそうであったが、少し陰りのある悲しそうな目をした。


「それで、王都にいるはずの立派な魔術師様は、なんでこんな辺鄙なところにいるの?

「それは、…その、ちょっと…」

「なるほど。ワケありってことね。」


尤もな質問に口ごもったリュシアンに対し、レイはあっさりと追及するのをやめた。10年前であればしつこいほどリュシアンに泣いていた理由を逐一問いただしていたのに、この変貌ぶりはなんだ、とリュシアンは驚き、自身も興味にかられて同じ質問を返す。


「レイこそ、なんでこんなところに。村にいて、普通に、結婚…して暮らしてるのかと思った。」


一般的な女性の結婚適齢期と言われる16~18の年をレイはすでに過ぎている。故郷の村で優しい夫とともに子どもを産み育て、暖かな家庭を築いているだろうと、思っていた。

レイはリュシアンの質問に、ただ微笑みを浮かべて返した。


「わたしもちょっと、いろいろあって、ワケありなの。」

「そう、か。」


レイの微笑みは優しいが、その目が笑ってことをリュシアンは気づいた。感情を押し殺しているような目だ。あんなに明るかった少女が10年でこのような表情を浮かべるようになるとは、一体彼女に何が起こったのか。リュシアンは会えなかった10年の間のことを尋ねたかったが、自身も詮索されるとまずい立場なのは同じため、今そこまで踏み込むことはやめた。


「それで、なんかヘンなのに追われてるみたいだし、そろそろ移動した方がいいんじゃない?」

「あ、ああ。そうだな。」

「あの魔獣、魔術が効きにくいんでしょ。あの程度なら慣れてるから、良かったら森を出るまで一緒に行こうか?」

「…………すまない、頼む。」


リュシアンはたっぷり迷った後、渋々その提案に乗った。現状リュシアンだけでは魔獣たちを処理しきれない。先ほどの戦闘を見ればレイがかなりの手練れであることは確実なので、戦力としては願ってもない申し出だ。…男としてとても不本意ではあるが。

それに、レイの変わりように戸惑っているところもある。もう少し話をして様子を知りたかった。


レイが自身の荷物を装着し終わると、2人は森の外へ向かって歩き始めた。

魔獣の召喚には多量の魔力と集中力を必要とする。1体召喚するだけで3人の魔術師と半日以上かかる準備が必要で、平均的な魔力の魔術師であれば召喚後の魔力切れで一週間ほど寝込まなくてはならない。

そんなリスクを背負ってまで3体も召喚し、リュシアンを追ってきたのだ。リュシアンはかつての師であった狡猾な老人を思い返した。協会を巻き込んで追手を手配しているのだろう。あの老人の弟子に魔獣が扱えるような者はいない。大方逃亡したリュシアンに自分の疚しい罪を3つ4つなすりつけて重罪人に仕立て上げたのだろう。協会に訴えかけ魔術師全体に指令を下させたに違いない。

リュシアンが今回しでかした"こと"だけでもやつの権力はすでに失墜している。それに加え、いつまでたってもリュシアンを捕縛できないとなれば、協会の苛々はかつての師に向き、重罪人を生み出した責任として協会を追われるか、魔術師の力を奪われるだろう。

だからこそ、リュシアンは逃げ続けなければならない。

これまで数多くの人間を利用してきたリュシアンが、今更昔恋慕っていた女が出てきたところで、それを使い捨てることになんのためらいがあるというのか。そう割り切り、レイの申し出をうけたのだ。

それでも、自分の中にわずかに残った良心が、あるいは彼女に抱いていた優しい思いが、胸を突き刺すような痛みを生んでいるのを感じていた。

それに気づかないふりをして、リュシアンは先を行くレイに声をかけた。


「おじさんとおばさんは、元気にしてる?」


倒木をまたぎながら、レイはちらりとリュシアンを見た。そしてそのまま何事もなかったかのように歩を進めながら、リュシアンの問に答える。


「母さんは、リューが村を出て行って1年くらい経ってからかな、家を出たよ。父さんはしばらく会ってないから分からない。」

「え…家を出た?それに会ってないって…」


単なる世間話のように、淡々とした口調だった。レイの両親はとても仲がよく、一人娘のレイをとてもかわいがっていたようだった。両親からあまり関心をかけられなかったリュシアンは、その幸せそうな家族を羨ましく思っていたのだ。それが、なぜ?


「わたし、ずいぶん前に家を出て傭兵やってるの。出て行ってからは村には帰ってないし、親にも会ってない。ごめんね、リュシアンの家族のことも、今の様子は知らないの。」


衝撃だった。あの優しくて正義感溢れる少女が、傭兵だと。


「傭兵なんて、なんで…」

「それは、秘密。」


そこでリュシアンの"探知"魔術に反応が来た。今度は魔獣2体のようだ。


「レイ、魔獣が2体くる。」

「分かった。ちょっと下がってて。」


レイは背負っていた大剣を下ろし、布を解いた。そしてそれを構え、敵を待ち受ける。リュシアンは自身とレイに"身体強化"と"保護"の魔術をかけ、邪魔にならないようレイから少し離れて様子を伺うことにした。










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