プロローグ
初投稿です。よろしくお願いします。
そこは、一面の花畑だった。
背丈は短く、夕日のような燃える赤の花たちが、風に揺れて波打っている。
その花畑には、まだ10にも満たないような少年と少女が、立ちすくんでいた。
「…うぐっ、……えぐっ……」
「…ちょっと、泣くのはもう止めなさいよ。」
藍色の髪をした、見目麗しい少年は先ほどから泣き止まない。その少年より頭ひとつ分背が高い少女は、見かねたようにため息をつく。
――――本当は少女も、胸が張り裂けそうな悲しみに耐えきれず涙がこぼれそうだった。
それを押しとどめているのは、保護する対象であった少年の前で、弱いところは見せられないという強がりだろうか。あるいは、ぐずぐずと泣く少年を見て、少し冷静になったのかもしれない。
「ねえ、リュー。あなたはこれから王都に行くの。だからもうわたしはリューがいじめられても助けてあげられない。」
はっと顔をあげた少年は、さらに目に涙を溜める。少女はその様子を見ながら、ゆっくりと、言葉を続ける。
「だから、リューは強くならなくちゃいけないんだよ。」
少女の言葉に少年は目にたまった涙を自らの手でごしごしとふき、少女の瞳を見上げる。
「つよく……」
これまで守られるばかりだった少年は、不安げに少女に尋ねる。
「ぼく、つよくなれるかな。」
「なれるよ。」
少女は力強くうなずく。
「これから毎日お腹いっぱいご飯食べれるようになるんだから、すぐに大きくなって、あいつらなんかこてんぱんに倒せるようになるよ!」
貧しい家庭の6番目の子供として生まれた少年は、同年代の子供たちに比べて栄養が足りず、とても貧相な体つきをしていた。そんな少年を、近所の子供たちは嘲り、自分達の嗜虐心を満たすものとして、遊びと称したいじめを行っていた。正義感溢れる少女はその現場に幾度も割って入り、これまで少年を守ってきたのだ。
そんな少女は、微笑みを浮かべながら少年を励ます。
「それに、リューはいっぱい魔力があるって分かったんだから、王都でいっぱい勉強して偉い魔術師になって、魔術でイヤな奴らを蹴散らしちゃえばいいんだよ。」
何の価値もない貧しく汚い子供として周囲から見られていた少年は、旅の途中たまたまこの村に立ち寄った高名な魔術師によって、その素質を見いだされた。少年の両親は、一家が一生食うに困らないほどの金額を魔術師から提示され、喜んで少年を委ねた。
少年は、両親によって売られたのである。
珍しいことではない。
貧しい人々にとって、間引きも身売りも当たり前に行われていた世の中で、少年のような事例はむしろ幸運だった。
魔力を持つ者は少ないが、国にとって魔術師はとても貴重な存在だった。力とも守りともなる彼らの魔術を国は重要視し、大切に扱っていた。
魔術師たちは魔力のあるものを見極めることができる。
魔力を持つ子供の多くは貴族を初めとした富裕層に生まれるが、時折平民の中にも生まれる。魔術師たちは貧富を問わずそのような子を弟子として引き取り、魔術を教えることで魔術師を増やしていた。
魔術師の弟子となれば、生活を保証され将来も国の高官となることが約束される。
これまで辛く厳しい生活を送ってきた少年にとって、まさに奇跡のような出来事だったに違いないだろう。
この少女と離ればなれになること以外は。
ぐずぐずと泣いていた少年は、少女の言葉にやっと涙をやめ、力強くうなずいた。
「うん。ぼく、大きくなって、いっぱい勉強してつよくなる!それで、」
少年は、少女が憧れていた絵本の騎士を真似して、少女の前に膝まづいた。
少年の突然の行動に驚き困惑する少女の手をとり、それに自身の額を寄せる。
「レイを、まもる、から。」
その瞬間、少年と少女を取り囲むように風が周り、花びらが舞い上がった。
花びらが目に入らないようにと、少女は思わず目をつむる。
少女の手をとり俯いていた少年にも、その光景は見えなかった。
――――空中に舞う花びらの他に、赤みがかったほのかな光が彼らを取り巻いていた。