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明治妖妖記 二つの闇  作者: ながとみコケオ
9/10

夢と結果

 頬を撫でた風に、一瞬だけ顔を顰めた。やけに生暖かい風で不快に感じながら、喜助は我に返ったように自分のいる場所を見渡した。何処か建物の中だろうか、壁は煉瓦で覆われ、出入り口の扉が開かれている。

「篠木」

 外の景色を見て小さく呟くと、足取りを確かめるように建物を出る。煉瓦造りの建物が広い道の両側に肩を並んでおり、喜助に進むよう促しているようだ。

 外に出ると、生暖かい風は先ほどよりも更に不快感をもたらしてくれる。嫌な風だと思いながら喜助は町の中を進むが、得体のしれない違和感を覚えて一度足を止めた。

 何がと言われると、分からないとしか答えられない。だが、足を止めるには十分な違和感で、進むべきなのか、様子を見るべきなのか決めかねてしまう。

 道の先を見詰めたまま、喜助は周囲の様子を注意深く伺う。誰かが、喜助に視線を向けているのは分かる。一人、二人ではなく、無数の視線。一方からではなく、並んでいる建物、空一杯に広がっている重く感じる雲、石を敷き詰めた道、背後の建物、道の先。喜助を取り囲むように感じる視線に、小さく溜息を吐いてしまった。違和感を取り除こうにも、視線の多さにどうすることも出来ない。仕方がないと思いながら、再び歩き始めた。歩けば何かあるだろう。

 それにしても、何故篠木に自分はいるのだろうか。視線に警戒しつつも喜助は、自分の状況を把握するべく思考を巡らせる。

 篠木に来る前は、何をしていたのか。考えてみるが、答えは出てこない。目の前の状況は意識的に分かるのに、それ以前の事を思い出そうとすると、頭の中で靄がかかったように出てこなくなってしまう。

 生暖かい風と周囲の視線を不快に感じながら、再び歩き出す。

 何が、どうなっているのか。今の喜助には、理解が出来ない。何故篠木に居るのか、何時から篠木に居たのか、今の篠木の状況も分からない。視線だけはそこら中から感じるのに。

 深く溜息を吐いて、喜助はふと気付いたような表情になった。

「視線は感じるのに、人がいない」

 恐らく、違和感の一つに過ぎないだろう。視線はあるが、喜助の前には誰一人として姿を見せていない。

「何か、嫌だなあ」

 呟いてすぐに、喜助は険しい表情になった。

 不快感満載の篠木に居続ける義理など、喜助には持ち合わせていない。状況が変わらないのなら無理にでも変えてやろうと思う。

 両側の建物が視界の先まで続いている中を、遠慮なく大股で歩き続けていく。しかし、歩き続けても見える景色は変わらず、険しかった表情はうんざりとした表情へと変化すると同時に再び足を止めてしまった。

「何なの、同じ風景ばかりで面白くないんですけど」

 どうしたものかと地面を見下ろしながら溜息混じりに呟いて、前方に視線を移す。

 道の先が、陽炎のように揺らめいた。水彩を暈したように見えた道の先が、徐々にはっきりと見えて人影が見えると、喜助は注意深く人影を見詰めた。

 距離はあるが、喜助よりも身長がある。体格は、羽音に似ているだろうか。羽音によく似た顔立ちで、柔らかい笑みを浮かべている姿は、喜助が良く知っている人物だ。

「義兄さん」

 何で。呟きかけたが、足が沈むような感覚に襲われて慌てて視線を下に向ける。沈む足に、黒い地面が纏わりつくようなねっとりとした感覚に嫌悪感を覚える。

 険しい表情を見せながらも喜助は足を抜こうとするが、全く抜けるどころか更に沈んでいく。

 焦りながらも視線を義兄に戻すと、柔らかい笑みを浮かべたまま微かに唇を動かしている。

「え?」

 驚いた表情で、喜助は思わず義兄を凝視してしまった。声は聞こえなかったが、動いた義兄の口から発せられた言葉ははっきりと分かった。

「死ねばいいのに」

「起きろ、くそ親父!」

 我に返ったように驚いて、柴一の顔を見てしまった。心配したような、怒っているような表情で柴一が喜助を見ている。何がなんだか分からないまま、喜助は柴一を見ていたが、柴一の背後に見慣れた長屋の天井が見えて、漸く眠っていたのだと理解する。旨そうな焼き魚の匂いが、六畳を満たしていた。

 夢かと思いながら、喜助は深い溜息を吐いた。

「魘されてたぞ。悪い夢でも見てたのか?」

 眠っている喜助を、柴一は滅多に起こさない。珍しく起こしたのは、喜助が魘されていたかららしい。しかし、悪夢を見たのは確かだが、話せば柴一が心配するのは分かりきったことで、喜助自身も素直に話す気は毛頭ない。

「見たよ。もう、最悪な夢」

 体を起こして、喜助は拗ねた表情を見せながら柴一を見る。

「柴一が女の子になって、お嫁に行っちゃう夢」

「またか。っつうか、勝手に女にするな、嫁がせるな」

 内心、良い反応と思いながら喜助は拗ねた表情のまま、だってと続けた。

「柴一、本当に女の子になりそうなんだもん。お嫁に行きそうなんだもん」

「絶対、女にならねえ。どっから、そんな発想出て来るんだよ」

「夢で見ちゃったから、そもそも発想ではないし。でも、お嫁に行ったらお父さん悲しい」

 素直に話さなかった結果の夢になるが、柴一が心配をしなくて済む。両袖で顔を隠しつつ言った喜助に、柴一は特大の溜息を吐いている。

「魘されてたから、心配したのに損したじゃねえかよ」

「柴一、心配してくれるの? 可愛いなあ」

「また可愛いって言う。いい加減言うの止めろ」

 嫌だと表情に表して柴一が言葉を返すと、喜助は両腕を下ろして満面の笑みを作った。

「嫌だ。だって柴一の反応が楽しいから」

「楽しんでんじゃねえ」

「二人共、そろそろじゃれるの止めて、夕飯食べろうや。あんまりじゃれよったらご飯が冷めてしまうやん」

 一人蚊帳の外となっていた賢治が、呆れた表情で喜助と柴一を見ている。

 そうだったと気付いた柴一が、用意された膳の前に移動した。

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