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明治妖妖記 二つの闇  作者: ながとみコケオ
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依頼がないとただの暇人

 ふと目を覚まして、喜助は背を向けて仕事をしている柴一と、破れてしまった柴一の足袋を器用に縫っている賢治を見た。まだ喜助が起きたことに気付いていないのか、二人して黙々と作業をしている。気付かれないように小さく溜息を吐いた喜助は、視線を宙に浮かせた。

 嫌な夢だ。暗い闇、得体のしれない何かに殺されそうになる夢。抵抗一つ出来ずに、殺されそうになる夢。夢にしては妙に現実味のある感触で、死を覚悟した程だ。何かを示しているのか。それとも、只の夢なのか。

 あまり見たくはない夢だと思いながら大きな欠伸を一つして、喜助は横になったまま不機嫌そうに賢治を見た。

 幽霊騒動の件から二ヶ月が過ぎ、漸く寒さが和らぎだした。二ヶ月の間、柴一は毎日刀術の稽古に励みながら生活をし、居候を決め込んだ賢治はせっせと家事に勤しみ、喜助は二人の様子を暇そうに眺めている。最近は糸井さんからの依頼もないせいか、一人暇を持て余している次第だ。

「あのさあ、喜助。頼むけん、起きた途端に不機嫌ですって表に出したまま俺を見らんでくれん。もの凄い気になるんやけど」

 喜助の視線に気付いた賢治が、我慢出来ないと表情に出して言った。

「べーつーにー。ただ、柴一と家族団欒出来ないから、邪魔だなあって思ってるだけ」

 賢治が居候を始めてから二ヶ月もの間、喜助は不機嫌そうにしていた。暇であると同時に、家族団欒が出来ないと賢治を邪険に扱っている。

「否、別に邪魔しとらん。しとらんけん、好きなだけ家族団欒やって」

 錺を作っていた為、喜助と賢治に背を向けていた柴一が手を止めて振り返った。柴一の仕事を興味深げに両脇から見ていた太月と陽影が、また始まったと言わんばかりに喜助と賢治を見ている。

「賢治さん。俺忙しいから、親父の面倒見れねえんだけど」

 柴一の言葉に、賢治が動かしていた手を止めてまじまじと見詰めた。

「素で拒否せんで。俺、もの凄い喜助の視線が痛いんやけん」

「あ、ごめん」

 賢治に言われ、喜助を見た柴一が気付いたように謝っている。素直過ぎる柴一に、助けを求めても無駄なのにと思いながら、喜助はもう一度欠伸をした。

「っていうかさあ、暇なんですけど」

 構えと言わんばかりに言った喜助に、賢治と柴一が顔を見合わせた。

「暇やけんっち、人を標的にせんでくれ」

「俺も賢治さんも暇じゃねえんだ、散歩くらいして来い」

 酷いと二人の言葉に呟いて、喜助は拗ねた表情になる。

「お父さん、邪険に扱われてる。邪険に扱うような子に、柴一を育てた覚えないのに」

 泣き真似をする喜助に、柴一がうるせえと一言呟いた。

「賢治さん、何か黙らせる方法ねえのかよ」

「そんな方法あったら、とっくの昔にしとる」

「賢治、そんな事したら、分かってるよね」

 脅迫するような喜助の言葉に、賢治が引き気味になる。

「喜助が怖いんやけど」

「脅すなよ、親父。方法ないって言ってんだからさ」

「方法無くても、模索した時点で家から追い出すし」

 模索しとらんしと拗ね気味に呟いた賢治に、ざまあみろと言わんばかりの笑みを作った喜助を見た柴一が溜息を吐いていた。

「いい加減止めろよ、くそ親父。まるで子供の喧嘩じゃねえか」

 溜息の後、呆れた表情で言った柴一に、喜助は何故か微笑んで体を起こすと胡坐をかいだ。

「柴一が構ってくれたら、お父さんも止めるよ」

「死ね、くそ親父」

「酷い」

 胡坐を崩してうつ伏せになり、泣き真似を始めた喜助に柴一は、あのなあと呟いている。本当、子供じみとるねと、呆れ気味に賢治が呟いていた。

 急に開かれた戸が、勢い余って派手に音をさせた。柴一が驚いて小さく跳ねたのを、喜助は視界に入れつつ戸を開いた本人を見た。

「たっのもー!」

「連さん、戸を開くときはそっと開けてもらえません。ただでさえ壊れ易いのに、勢いよく開かれたら、何時壊れてもおかしくないですよ」

 不思議そうにした連が、開いた戸の角を上から下までじっくりと見ている。見終えた後、喜助に視線を向けた。

「脆いな。ちょっと突けば砕けそうだ」

「壊れたら、弁償してくださいね。それと、寒いから閉めて下さい」

 連の言葉に、満面の笑みを浮かべて言った喜助は、言葉を続ける。四月になったとはいえ、まだ肌寒さが残っている。戸を開けっ放しにすれば、当然家の中は寒くなってしまう。

「で、何の用です」

 そうだったと戸を今度はそっと閉めながら思い出したらしい連の表情に、忘れんなよと柴一が呟いていた。

「酒、呑みたい」

「却下。家に酒はありません。昼間から酒は呑みません。呑んでも徳利一本で止めます。以上」

 連の言葉に即答して、喜助は再び体を起こすと特大の溜息を吐いた。

「どうして、親子揃って家の家族団欒邪魔するのかなあ。俺の小さな幸せ奪わないでほしい。ねえ、柴一」

「賑やかなのって、良いよなあ。楽しいし」

 同意を求めようとした喜助に、柴一はくるりと背を向けて言うと、再び仕事を始めてしまう。

「柴一。何時から、お父さんに反抗するようになったの。悲しいなあ」

「柴一は、何をしているんだ」

 喜助の言葉を物の見事に聞いていない連が、柴一の近くに座り込んで手元を見ている。

「簪作ってんだよ」

 連に倣うように喜助を無視して、柴一は既に作り終えていた二又のびら簪を見せると、連は飾りを食い入るように見詰めだした。金と銀の調和がとれたびらが柴一の手に合わせて小さく揺れている。びらの付け根に施している飾りは、金と銀の梅の花が配置され、何とも言えない上品さを醸し出している。

「お前、器用だな」

 暫く見詰めた後、ぽつりと言う。しかし、連はまだ視線を簪から外そうとはしない。

 困惑した表情を浮かべた柴一が、視線を賢治に向ける。賢治は、連の様子に苦笑いを浮かべていて、息子ですら母親の行動は読めないらしい。

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