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男に一緒に来るかと訊かれ、サフィアは目を輝かせ、思わず男の胸目掛けて飛びついてしまった。
ぐふっ。と変な声が聞こえ男を見ると何やら鼻を押さえていた。
「ニャウ?」
「……いや、何でもない。それより、これは一緒に来るという意思表示でいいのか?」
手の平に乗せられ、男と同じ目線まで持ち上げられたサフィアは男の頬をペロッと舐め了承の意を示した。
「そ、そうか…!ありがとう」
厳つい男が頬を染め、はにかんでいる姿など後々夢に見そうだな。
それから後は妙にウキウキとした男が一方的に話すだけだった。
ただの猫のサフィアに返事が出来る訳が無いのだが、それにしても男の口はよく回った。
猫を相手にここまで熱心に話し掛ける者など普通はいない。
多分今まで誰かに話を聞いてもらう機会など無く、鬱憤を晴らすように喋っているのだろうな。
男の名前はギルバート。
年齢は28歳。Sランク冒険者だそうだ。
冒険者ランクはEランクから始まりCランクぐらいまではすぐ上がれる。
Bランクはまあいる。Aランクは珍しい。その上のSランクは珍獣レベルの珍しさだったはずだ。
そのSランク冒険者。しかもこの若さで。
やっぱりいろいろと苦労してきたんだろうなあ。
と同情しながら話を聞いていたサフィアだったが……
(重っ……)
自己紹介から始まり、次に生い立ちを話し始めたギルバートだが、これがとにかく重い。
想像以上のハード人生だった。
そりゃSランクまでいっちゃうよ。戦う以外生きる理由が無いと言わんばかりの人生だ。
サフィアは遠い目をして何かを悟りきった様な顔で最後まで話を聞いた。
「ーーこの様に俺は生きてきた訳だが……と、すまない。こんな話をしても面白く無かったな。何分誰かと喋るのも久しぶりでな。ついいらんことまで話し過ぎてしまった」
ハタと我に返ったギルバートが照れ臭そうに頭をかいた。
ーー違う。そこ照れるとこと違う。
こんな猫の身ではたいした慰めにもならないだろうが、気にすんなとギルバートの顔に頬擦りしておいた。無精髭が地味に痛い。再びギルバートの顔に熱が集まったのは見ないフリだ。
「っっ、で、では、次はお前の名前だな。何と呼んだらいいかーーん?何だ?」
ギルバートに名前を訊かれ、サフィアは慌てて前脚に魔法でリボンを纏わせた。
そしてその脚をギルバートの前に持っていく。
「リボン?こんなものさっきまであったか?…毛と同じ色だから見落としていたか。」
差し出された前脚をそっと持ち上げてリボンをよく見てみると、そこには何か文字が書かれていた。
「これは…サ…フィア。サフィア?もしかしてお前の名か?」
「ニャウ!」
「そうか。サフィアというのか。綺麗な名だな」
名前を褒められサフィアは機嫌を良くし、ゆっくりと尻尾を揺らした。