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7(ギルバート視点)

 部屋へと向かう間、俺の後ろをついて来る気配にニヤけそうになる唇を必死に噛み締めた。


 正直このままこの猫が俺について来るとは思っていなかった。

 猫は気まぐれなもの。

 ここまで俺について来たのもその気まぐれで、すぐ何処かへ行くだろうと思っていた。

 

 だか予想に反して猫は俺の後を追ってきた。

 またじわじわと喜びが胸の奥から湧き上がってくるが、ニヤけた面を晒したくなくてグッと目元に力を入れた。


 堪えろ俺の表情筋。


 そして部屋につきドアを開け、このまま中に入るのか、振り返り猫を見る。

 猫は一瞬身体を固くしていたが、そのまま中へ入りベッドに飛び乗った。


 それを見てまた胸を熱くさせ、俺も部屋へと入る。

 ドアを閉め鍵を掛けようとした瞬間、遠い学生時代の記憶が蘇った。


 ーーー女性と部屋に二人きりになった場合、ドアは少し開けておきなさいーーー


 何の授業だったか。それとも教師の雑談の中の話だったか。

 生徒は貴族がほとんどの学校ではそういったマナーも一通り教えられた。


 だが何故この言葉が急に思い出されたのか。


 動揺しながらも、とにかくいつも通りにと、俺は鍵を閉め、マントを外し剣を壁に立て掛けた。


 部屋にはベッド以外の家具はなく、仕方なく俺は猫の隣へと腰を下ろした。


 「………」


 「………」


 しばし見つめ合う俺と猫。

 

 こんなに近くで動物を見るのは初めてで、とにかく俺に対し何の嫌悪感も感じられないその瞳に見入っていた。


 やがて猫があざといほど可愛く首を傾げる。


 それを見た俺は音が出そうな勢いで顔が熱くなるのを感じた。

 さり気なく鼻血が出ていないかの確認は忘れない。


 「あ、あー……、何だ、その、何故俺について来たんだ?」


 猫にこんな質問をしたところで意味がないのは分かってる。

 だが自分を落ち着かせるためには必要なんだ。

 

 「いや、ついて来たのが悪い訳ではなく、俺は見た通り怖がられる顔をしているからな。大抵の動物は俺を見た途端逃げる。近寄って来るのは俺を敵と認識した魔獣だけだ」


 さらに落ち着かせるため訊かれてもいないことをベラベラと話し出す。

 少し顔の熱が引いてきたようだ。


「だからお前が逃げずに撫でさせてくれたことには驚いたが、まさかついて来るとは思わなかった。とても大人しいし、俺に撫でさせてくれるぐらいだから人懐っこいのだろう。毛並みも綺麗だし、きっとどこかで飼われている飼い猫だろうな」


 そこまで話し、やっと頭が冷えた。

 ーーそう、この猫は飼い猫だ。


 「その、ついお前を部屋まで連れてきてしまったが、飼い主が心配するだろう。そろそろ自分の家に帰るといい」


 今度こそこの猫と離れなければと、立ち上がり断腸の思いで再びドアを開けた。


 すると猫は慌てた様子で俺の足元まで来るとニャアニャアと鳴き、突然裾を噛み、引っ張り始めた。


 「ど、どうしたんだ?」


 懸命に引っ張る姿が鼻血が出そうなほど可愛い。

 ……出てないよな?

 もう一度鼻の下を確認し、膝を付いて猫の顔を窺う。


 「お、おい……」


 裾を引っ張るのをやめる気配の無い猫に、どうしたらいいか分からず、とりあえず頭を撫でて落ち着かせようと試みる。

 すると俺の手はすぐ頭を振って外され、あろうことか今度はその指先を舐め始めた。


 ……俺は今日悶え死ぬかもしれない。


 猫の可愛さに心の中でのたうち回っている間も、猫は俺の指を舐め続けていた。

 その懸命な様子に俺も首を傾げる。

 まるで何かを必死に訴えているようだ。

 そう、このまま部屋を出て行きたくないと訴えているような……。


 「!!」


 そこまで考え、俺はある結論に辿り着く。


 「……もしかして、お前……」


 捨てられたのか!


 それも前飼い主は魔力持ち。

 だから魔法具屋の前にいて、魔力持ちの俺に懐いたのか!

 

 仮定の話ではあるが、これは限りなく真実に近いと確信した。

 でなければ俺が動物に懐かれるはずがない。

 きっと前飼い主と同じ魔力持ちを見つけてついて来たのだろう。


 これ程愛らしい存在を捨てるなど、万死に値する!


 抑えられない怒りが溢れ出す。

 そんな俺の変化に、猫が思わず飛び退き怯えた様子を見せた。

 慌てて俺は息を吐き、怒りを抑え、それならばと、一縷の希望の口に出す。


 「悪い、お前に怒っているわけではない。ただ……、その、他に行く所が無いなら、俺と一緒に来るか?」


 大切にする。

 前の飼い主がどの様な理由で捨てたかは分からないが、俺なら絶対そんなことはしない。

 だから頼む。


 俺の傍にいてくれ。


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