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6(ギルバート視点)

今回もヒーロー視点。

毎回切り所が分からず長文になってしまう。

お時間のあるときにお読みください。

 雲一つない晴れた空の下、昼間なのに夜空を思わせる濃紺の毛色が俺の視線を奪ったーーー。


 



 どんな動物であろうとこの禍々しい気配のため動物たちが俺の前に現れることはまずありえない。

 稀に他の冒険者が契約した精霊を近くで見ることもあるが、精霊自身からあまり近づいて欲しくないと言われ近寄れない。


 そんな俺の前を、まるで俺のことなど眼中に無いと言わんばかりに青っぽい何かが通り過ぎる。

 ソレは俺の前を通り過ぎると魔法具屋の前で止まり、店内を覗き始めた。


 この距離にいて俺の存在に気付かないなんて……。


 呆然としたまま引き寄せられるようにソレに近づく。

 そして後ろに立ち、よくよくソレを見てみると……


 「…猫 ? 」


 「 !! 」

 

 こちらを勢い良く振り向いた猫を見て俺は息を呑んだ。


 青っぽいと思った色は陽の光を受け明るい色に見えたが、よく見ると濃い紺色をしていた。

 振り向いて見えた湖のような水色の瞳には知性を感じられた。


 スラリと身軽そうな身体に見ただけで分かる上質な毛並み、ゆらりと揺れている尻尾を持つその姿はどこからどう見ても猫だった。


 「……に、逃げない…か?」


 俺を目の前にしても猫は微動だにしない。

 僅かに濡れたような瞳で俺を見つめ返すその姿に、これは夢か幻かと思わず手を伸ばしてその存在を確かめようとした。


 壊さないように、繊細なガラス細工を触るような気持ちで猫の頭に触れた。


 「………」


 「………」


 俺が触れても猫は逃げなかった。

 その事実にじわじわと胸の奥から喜びが溢れてくる。


 逃げられなかったことに勇気づけられ、頭に触れた手に少し力を込めてみた。

 それでも嫌がる素振りを見せないことに安堵し、今度はそっと手を動かし、その小さな頭を撫でる。


 「とても柔らかいのだな」


 「…なぁう」


 生まれて初めて触れた猫。その柔らかさと暖かさに俺の心は感動で打ち震えた。


 俺はじっとりと手の平に汗をかくのを感じ、猫が不快に思わないだろうかと心配になり手を離そうとしたら、今度は猫が俺の手の平に甘えるように頭を擦り付けてきた。


 その瞬間、言葉では言い表せない程の歓喜が俺の全身を駆け巡った。


 咄嗟に手を引き、熱を持った顔を片手で隠したが、有り得ないほど動揺した心の内はうっかり漏れ出た。


 「か、可愛い……。何だこの生き物は」


 激しく鼓動する心臓。異常なほど熱を持った顔。ハァハァと息切れを起こす俺は確実に不審者だろう。


 動揺から立ち竦む俺に、いつの間にか猫が近づいて来て俺の足にその小さな頭を擦り付けた。

 驚いて咄嗟に足を引こうとしたが、今足を動かせば猫を蹴ってしまうかもしれないと気合で踏ん張る。


 しばらく息を詰めて様子を見ていたが、猫は一向に離れて行く気配が無い。

 それに安堵し、俺はゆっくり息を吐き疑問に思ったことを呟く。


 「…お前は恐くないのか」


 家族を亡くしたあの日から、俺に近づくものは虫一匹いなかった。

 唯一向かってくるのは俺を敵と認めた魔獣のみ。

 そんな俺に恐がりもせず近寄り、その身をすり寄せる存在。


 有り得ない。そんな生き物などいるはずがない。


 とっくの昔に諦めた自分以外の温もりに、泣きたくなるほど心が震えた。


 この奇跡のような存在にずっと傍にいて欲しいと、今まで感じたことのない執着が湧くのが分かる。

 

 だがきっとこの猫は誰かの飼い猫だろう。

 でなければこんな俺にも逃げずに寄って来るはずがないし、野良猫がこんなに綺麗な毛並みをしている訳が無い。


 このままでは攫って行きたくなる。そうなる前に早くこの場を立ち去らなければ。

 

 最後にもう一度だけと頭を撫でる。

 しばらく無言で撫で続けていたが、振り切るように手を離した。


 「こんなに動物と触れ合えたのは初めてだ。撫でさせてくれてありがとう」


 通じないだろうが感謝の意を伝えると、俺は振り返ることなくその場を後にする。

 なるべく早くそこから離れるように。でないと今すぐ猫の元に戻り、次は離れられなくなってしまうと思ったからだ。


 目的の宿屋に逃げるように入ると宿泊日数を伝えカウンターに金を置く。


 「五日だと金はーーー、と、おい、ペット連れなら料金は割増だぜ」


 「 ? 何を言っている。ペットなど連れていないだろう」


 「ならその足元にいる猫は何だ?」


 「…猫?」


 意味が分からず俺は言われるまま下を向く。

 するとそこには先程別れたはずのあの猫がいた。


 「お前、さっきの…」


 驚きに目を見張ると、追い打ちをかけるように宿屋のオヤジがとんでもない発言をした。


 「で、どうすんだ。割増料金払うのか。それともその猫は外に捨ててくんのか」


 「捨てっ…」


 何てことを言うんだこのオヤジは!


 勿論ここで捨ててくる選択肢は無い。

 だがこの猫は俺が連れている訳では無いし、一体どうしたら……。


 もう一度猫に視線を向けると、つぶらな瞳が俺を見返してきた。


 もう黙って金を払うことにした。


一話で全部収めるつもりが思いの外長くなってしまいました……。

あと一話ヒーロー視点続きます。

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