夢で逢えたら1
3話程度で終わる予定です。
サフィアはホラーが苦手だ。
オバケとか幽霊とか、人でない存在が怖い。
この前までそっち寄りな存在だった奴が何を言うかと思われそうだが、苦手なものは苦手だ。
夫であるギルバートもある意味オバケみたいな分類だと言われようと、やっぱり苦手なのだ。
それはサフィアが前世で観てきたホラー映画の影響を受けての印象なので、死んでも治らなかった恐怖がそう簡単に払拭できるはずがない。
しかしこの世界は前世ほどエンタメが発展しているわけではない。だからサフィアもこちらの世界で怖い話など聞いた事がなかったため耐性も落ちている。
……まぁ何が言いたいかと言うと、前世ぶりのホラーな状況にサフィアは驚くほど混乱していた。
(っていうか前世でだってリアルホラーなんて経験した事ないわよっ! )
ホラー体験など、せいぜいお化け屋敷ぐらいなもんだ。
あれだって人が人を怖がらせているだけで、実際に幽霊が出てくるわけじゃない。
(うぅ、怖い! 怖いぃぃっ!)
誰一人として見当たらない街の中をサフィアは全力で走り抜けていた。
後ろからは同じ速度で追いかけてくる黒い影。
「うわーん! 助けてギルバートっ!! 」
サフィアの声だけが虚しく響いた。
はじまりはギルバートが迷宮で見つけてきたネックレスだった。
血のように赤く光る宝石を蜘蛛の巣が覆うように鎖が巻きついているそれを、ギルバートはこれから鑑定に出すと言っていた。
それは見事な宝石で、サフィアはまじまじとネックレスを見つめてしまったのだが、ギルバートはサフィアが触れないようにネックレスを上に持ち上げ注意を促した。
「どんな呪いの品かも分からん。 サフィアは触らないようにしてくれ 」
「あ、ごめん。 凄く綺麗だったからつい」
それほど宝飾品に興味のないサフィアであっても惹き付けられてしまう何かがそれにはあり、サフィアは片時もネックレスから目が離せなくなっていた。
そんなサフィアの様子を訝しみながらギルバートはサフィアの名を呼んだ。
「サフィア……? 」
「ねぇ、ギルバート。 そのネックレス、つけてみたい」
「なっ、」
垂れかかるように身を寄せてくるサフィアの身体を、ギルバートは焦った顔で受け止めた。
甘えるように擦り寄ってくるサフィアは可愛い。が、その瞳は全くギルバートを映していない。サフィアが熱を込めて見つめるのはギルバートが持つネックレスだ。
「お願い。それ、欲しいな」
こんな可愛らしい仕草でおねだりされたらいつものギルバートなら何でも差し出しただろう。
だが今回はそうはいかない。 明らかに様子のおかしいサフィアにネックレスを渡すわけにはいかない。
「駄目だ。 これは……」
「ねぇ、お願い」
「ぐぅ、」
ギルバートの首に腕を巻き付け、耳元で囁くようにおねだり。こんな状況だと言うのにギルバートの理性がぐらりと揺れた。
「だ、駄目だ。 サフィアは今すぐ解呪を……」
このまま触れていたら何でも言う事を聞いてしまいそうだと、ギルバートはサフィアの肩を掴んで身体を離す。だがサフィアはその手を胸に抱き、上目遣いでもう一度アタックをかけた。
「お願い……」
「くっ、」
いろんな感情が溢れそうになるのを我慢するギルバートだったが、唯一我慢できそうにない鼻を押さえサフィアから目を離すがそれが悪かった。
スっと細い手が伸び、隙間を縫うようにネックレスを持ったギルバートの手を掴み、ネックレスに触れた。
次の瞬間チェーンがサフィアの腕に巻き付き、サフィアは意識を失いギルバートの腕に倒れ込んだ。
「サフィアっ!」
慌ててネックレスを引き剥がそうとするが叶わず、ギルバートは意識のないサフィアを呆然と見下ろす。
が、次の瞬間サフィアを抱き上げ物凄い勢いで部屋を出て行く。
山賊が攻めてきたぞ! 殺人鬼が出たぞ! という叫び声を伴いギルドに現れたギルバートの鬼気迫る殺気に、その場にいた冒険者たちは思わず武器を構えてしまうが、ギルバートはそんな冒険者たちには目もくれず一直線に受付カウンターで「解呪者はいるか」と聞いた。
聞かれた受付の男は「か、解呪者?」と声をひっくり返して聞き返すと、ギルバートは鬼のような形相を少しだけ和らげ腕に抱えたサフィアを見る。
「妻が呪いのアイテムを触ってしまった」
そこでギルド職員はギルバートの腕にいるサフィアの姿を認識した。
荒ぶる鬼神状態のギルバートとは正反対の美の女神のように静かに眠るサフィアに、ギルド職員は暫し声を失った。
「女神……」
ため息と共に吐き出された呟きに、ギルバートは苛立ちを抑えず「解呪者はいるのかっ」ともう一度聞くと、ギルド職員は身をすくませて「は、はひ!」と返事をした。
「解呪ができるのはここから東の街外れで薬屋をやっている男で……」
そこまで聞くとギルバートは踵を返してあっという間に出て行ってしまった。
嵐のような出来事に、ギルドの中は長いこと静寂に包まれたのだった。
「解呪者はいるかっ! 」
力が入りすぎて扉が外れ足元でひしゃげているが、そんな事には構わずギルバートはずかずかと中に入って行く。
「おいっ! いないのかっ!」
「うるせえなぁ。 聞こえてんだよ」
頭をガシガシとかきながら奥から出て来たのは顔中髭で覆われた熊のような男だった。
「なんだ? 今は営業時間外だぞ」
ギルバートの禍々しいオーラをものともせず、男は軽く睨み返しながら問いかけた。
「妻が呪いにかかった。 解呪を頼みたい」
呪いと聞いて男はギルバートの腕の中にいるサフィアに目を向けた。
「解呪はやってやるが、その嬢ちゃんが目を覚ましたらお前を警ら隊に突き出すぞ」
「正真正銘俺の妻だっ!」
「いや、その嬢ちゃんに惚れたお前が無理やり攫ってきたんだろう。その時に使用した呪いのアイテムが間違って嬢ちゃんに使われて嬢ちゃんが呪われた。違うか? 」
「全く違う!」
「犯人はみんなそう言うんだ」
全然信じてもらえない。
だが今はそんな事よりサフィアの解呪だ。
「とにかく解呪を頼む」
「ああ。 そこに寝かせてくれ」
診療所のように見える部屋に置いてあるベッドは男の風貌とは違い清潔に保たれており、ギルバートは静かにサフィアを寝かせた。
「まずは呪いの解析だ」
男は手袋(恐らく防呪が施されている)をつけながらイスをベッドサイドに置きサフィアの手を取った。
「……珍しいタイプの呪いだな」
「もう分かったのか」
「これは直接身体に害を与える呪いじゃない。 精神に害を及ぼす呪いだ」
「精神支配系の呪いであれば珍しくないんじゃないか?」
「精神支配系の呪いは取り付いた人間の弱い心につけ込んでその人間の意識と共存するものが多い。 だがこいつは夢を支配するタイプだ」
「夢?」
「夢とは人間の無意識の部分だ。夢を支配できればその人間を支配する事は容易にできる。 しかも一度夢を支配されると解呪がとんでもなく難しくなる」
「っでは、サフィアはっ!」
「落ち着け。 まだ嬢ちゃんの夢が支配されたわけじゃない。 この手の呪いは取り付いた人間に気付かれないように徐々に呪いを広げていく。今はまだ取り付いたばっかりだし、支配はされてない」
良かった。
思わず安堵の溜め息をつくギルバート。
「そんなわけでこいつの解呪は厄介だ。お前さんが本当に嬢ちゃんの夫だと言うなら手伝ってもらわなきゃならん」
「わかった。 俺にできる事ならなんでもする」
「じゃあまず、俺の手を握って額に当てろ」
貴族令嬢が手の甲に口づけの挨拶を受けるために差し出す動作のように、むさ苦しい男にゴツい手を差し出され、一瞬だけサフィアの事が頭から消え去りギルバートの身体は硬直するのだった。
皆様の夏休みの暇潰しになればと思い、見切り発車で番外編スタートです。




