変態は間に合ってます⑥
途中でサフィア→ギルバート視点に変わります。
(ヤバイヤバイヤバイ……!)
落ちた池は思いの外深く、ゴボゴボと口から泡を吐き出しながらサフィアは必死に水面を目指してもがいていた。
元水精霊だった事もあり、わりと泳ぎは得意だと思っていたが魔力封じの首輪が重くてなかなか浮上出来ない。
加えて夜の池の中。どちらが上か下かも分からない暗闇の中でサフィアはパニックを起こしていた。
(ヤダヤダヤダ! 前世も今世も同じ死に方なんて!)
嫌でも前世の最期が思い出される状況に、遠のき始めた意識の中で必死で手を伸ばした。
次の瞬間、誰かにその手を取られサフィアの身体は一気に引き上げられた。
◇◇◇
水の中に沈んで行くサフィアを見た時、心底肝が冷えた。
それでもまだサフィアの意識はあり、焦った俺はサフィアが伸ばした手を力任せに引っ張ってしまった。
ザバァッ
勢いよく水から上がり、咳き込むサフィアの背中を擦りながらその様子を伺った。見た限り怪我はなさそうだ。
「大丈夫か? どこか痛いところはないか? 」
咳き込みながらも頷くサフィアを見て、俺はハァと息を吐く。
「おい、猫は大丈夫なのか? 」
後ろからサフィアを池に落とした男の声が聞こえてきた。
……そうだ、コイツがいた。あろう事かサフィアを誘拐したうえに池に落とすなどという暴挙を犯した男には死を持って償わせるべきだろう。
いかに苦しみながら殺せるか男の殺害方法をいくつか頭に思い描いていると、胸にポフッと柔らかい衝撃と「ふみぃ!」という可愛らしい声がした。
「怖かった……! 怖かったよー! 」
みぃみぃと鳴き、小さな手脚を目一杯広げて俺の胸に抱き着いて涙している姿に俺の鼻の粘膜が死んだ。
「ぐふぅっ、」
「はあ? 猫が喋ったぁ? ……うおっ、黒狼!? 尋常じゃない量の鼻血が出てるぞ! 」
……もういい。俺に構うな。先に行け。
そう言いたいのに鼻を押さえる事と胸に張り付くサフィアの背中を撫でる事で精一杯の俺は何も言えずにただ天を仰ぐのだった。
「凄いな。最近の猫は言葉まで喋るのか」
「違ぇから。 猫が喋るとか絶対無ぇから」
「なら精霊か」
「ああ、そうか。喋る動物なら精霊に決まってるか。 目の色が同じだったから分からなかったな」
「……サフィアは精霊ではない」
精霊は貴重だ。その貴重な精霊だとサフィアが勘違いされたらサフィア自身が狙われる。少しでもサフィアが危険な目に遭う可能性を潰しておくためにも、ここはきっちり否定しておかなければ。
「いや、どう考えても精霊だろ。 でなきゃ猫が喋るかよ」
「いいや、精霊ではない」
「じゃあ何なんだよ。 その猫は」
「俺の妻だ」
「……… 」
やっと静かになった男たちに、俺は血が止まってきた鼻から手を離し、こっそり洗浄魔法をかけつつ改めてサフィアを両手で抱き締めた。
「……なぁ、アイツ今、猫を妻って言ったぞ」
「言ったな」
「黒狼は強すぎてヤバイって話は聞いてたけど、違う意味でヤバかったんじゃないか? 」
「確かに」
ボソボソと背後でやり取りしている声を無視して俺は辺りを見渡す。
ノーマンが近くで転がっているのを確認し、後ろの男たちに首輪の鍵を取って来いと指示を出す。……自分で取りに行け? 今はサフィアを抱き締めるのに忙しい。
鍵を受け取りサフィアの首に巻き付く忌々しい首輪を外す。これのせいで魔力を追う事も出来なかったし、きっとサフィアも不安だったに違いない。
カチャ
首輪が外れた途端、今だに泣き続けるサフィアの身体が淡く光だした。
「何だよ、これ」
「やはり精霊か」
まずい。魔力が解放された事と、泣いて気持ちが高ぶっている事で魔力が暴走しそうだ。
「落ち着け、サフィアっ」
「おおお落ち着き方が分からないぃっ」
どんどん光が強くなり、眩しくて直視出来なくなったがサフィアを掴む腕は離さなかった。その掴んだサフィアの感触が次第に変わっていった。
人間に変わる。
それは全く構わないのだが、手に触れた感覚が肌の感触しかしない。
猫から人間に戻る時、最後に人間だった時の服を着て元に戻る。もし猫になる時点で裸だった場合、人間になる時も裸だ。
もしかしたら服を着ずに猫になったのかもしれない。
という事は、今人間の姿に戻ったらサフィアは服を着ていないという事に……。
俺は毟り取る様に自分のマントを外すと、手探りでサフィアに纏わせた。
この場にいるのが俺だけならば役得とばかりに裸のサフィアを堪能するところだが、他の男たちがいる場でそんな愚行が出来るわけがない。
やがてパァッと光が霧散すると、中から人間の姿のサフィアが出てきて再び俺に抱き着いた。……マントの隙間から見えた限り、やはりサフィアは何も着ていないようだ。
「ギルバート! ギルバート! 」
「大丈夫だ。 俺が傍にいる。 もう危険な事はない」
「うぅ~」
魔力暴走が治まった事でサフィアも段々と落ち着いてきたようだ。
今度は俺の顔のすぐ横にあるサフィアの頭を撫でながら何度も大丈夫だと囁く。
「ご、ごめんね、みっともないとこ見せちゃって」
「サフィアが謝る事などない。」
「うん、でも……」
その時、涙を拭いながら俺を見ていたサフィアの瞳が何気なく逸れた。 すると目を大きく見開いたかと思うと突然立ち上がりツカツカと俺の後方へ歩き出した。
「サ、サフィア? 」
「アンタねぇ! 人の事誘拐したり、袋に入れて乱暴に扱ったり、挙句の果てに池に落とすとかどういうつもりよっ! 私に何か恨みでもあるわけっ!? 」
人差し指を男の胸元に突き付け立派な仁王立ちで声を荒らげて迫る姿も勇ましくて惚れる。
だが駄目だサフィア。池から上がってまだ濡れた髪を肌に張り付かせ、マントの合わせからむしゃぶりつきたくなるような足が見えている。そんな艶めかしい姿で、目に涙を溜めた上目遣いで怒るなどご褒美にしかならない。
「な……、え……? 」
サフィアが人の姿になったのを見て言葉を失っていた男は急にサフィアに詰め寄られた事で目を白黒させ、たじろぎながらもサフィアの全身を食い入るように見入っていた。
他の男からそんな視線に晒される事は我慢ならない。
段々と獰猛な光を孕んでいく目の輝きを見た俺は、男から隠す様に背後からサフィアを己の腕の中に閉じ込める。
それでも男は微動だにせずそのままサフィアを凝視し続け、やがて口の端を上げてニヤリと笑った。
その様子に俺は手遅れだったと舌打ちするのだった。




