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変態は間に合ってます⑤

 娘と晩酌するのが夢だったんだ。とその辺にいる普通の父親みたいな事を言いながらサフィアに差し出されたのはミルク。


 「さすがに猫の身体にお酒は良くないからね。 エカテリーナはミルクで付き合ってくれ」


 正直この男から出されたものを口にするのは躊躇われる。

 だが期待に満ちた目で見つめられ、仕方なくひと舐めだけした。

 それを見たノーマンも満足そうにグラスを傾けた。


 「……はぁ。 まさか娘とこうして酒を飲める日がくるとは思わなかった。 実に酒が美味い」


 話だけ聞いてると娘思いの優しい父親に聞こえるが、実際は恍惚とした表情であまり焦点の合っていない目をしながら酒を飲んでいる姿など怖くて仕方がない。

 

 「……みゅ? 」


 「ん? ……なんだ。騒々しいな」


 遠くの方で人が騒ぐ声と、ガタガタと物が倒れる音がする。その音は次第に大きくなっていき……


 「サフィアー! どこだー! 」


 「ミャウ!」


 その声は紛れもなくギルバートの声だった。

 それまで死んだ様な目でノーマンの話を聞いていたサフィアはすぐに目を輝かせ、垂れっぱなしだった耳と尻尾ピンッと立ててドアに向かって走り出した。が……


 ぴょんっ。 ぴょんっ。 ぴょんっ。


 (ああああ! 届かないぃ! )


 またしても扉に阻まれドアの前でぴょんぴょこ飛び跳ねるサフィア。

 

 「エカテリーナ、こっちだ」


 ノーマンはそんなサフィアをサッと抱き上げると本棚まで移動し、棚の奥に手を入れカチッと音がしたと思ったら棚が左右に動いて地下に続く階段が現れた。


 (隠し通路……! )


 やっぱりあったと驚きに目を見張っていると、ノーマンはさっさと中に入り壁を触ると再び棚が動いて入口が閉じられた。


 (ギルバート! )


 ニャア! ニャア! と鳴いてノーマンの腕の中から出ようと暴れるが、いくら噛んでも引っ掻いても痛みなど感じないかのようにサフィアを抱く腕は緩まなかった。


 そうしてサフィアの抵抗虚しく、ノーマンに抱えられながらしばらく進むと屋敷の裏手らしき場所に出た。


 「少し歩けば我が家が管理している小屋がある」


 そこへ行くつもりなのだろう。だがギルバートはまだ屋敷の中だ。すぐそこまで来てるというのに、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 腕から出られないならとにかく鳴いて鳴いて鳴きまくろう。そう決意して大きく息を吸い込むと……


 「ちょい待ち」


 「 !? お前ら……! 」


 そこにいたのはサフィアを誘拐した二人組の男。

 一人がサフィアを麻袋に入れて乱暴に運んでくれた、肩まである赤い髪を後ろで結び、緑の目をしたクレイグ。

 もう一人がクレイグに比べて口数が少なく、グレーの短髪に薄紫の目をしたディーン。


 「悪いがその猫をこっちに寄越してくれ」


 「何を言う! エカテリーナはお前らに依頼して連れて来てもらったんだろう!」


 「エカ……? また大層な名前を付けられたもんだな」


 「うるさい! 娘は渡さん! 」


 「娘ぇ? なんだよ、今は猫を恋人や娘の代わりにするのが流行ってんのか? 」


 「最近の流行りにはついていけないな」


 「うるさいっ! うるさいっ! いいからそこをどけっ!」


 無謀にも二人組の間を走り抜けようとするノーマンだが、当然成功するわけがない。


 「逃げんのは構わねえけど、その猫は置いてってくれ」


 「ふざけるな! お前らには金だって払っただろう! 」


 あれだけ貰っておきながらまだ足らないのかと叫ぶノーマンの腕からあっさりサフィアは助け出された。


 「ディーン、こいつは寝かせとけ」


 「その方が良さそうだな。 せめて俺たちがいなくなるまで大人しくしといてもらわないと」


 ディーンはノーマンの腹を殴ると手際良く動かなくなったその身体を縛り、猿ぐつわをかませた。


 「これでやっと静かになったな」


 ノーマンを地面に転がしたディーンが改めてサフィアを見た。


 「……ふむ。 やはり俺は猫を自分の娘……ましてや恋人にしたいとは思えない。 とても今の流行にはついていけそうにないな」


 「いやそれ絶対流行ってねえから」


 呆れた声を出しつつ、クレイグもサフィアをまじまじと見つめてきた。


 「とはいえノーマンにしろ黒狼にしろ、何か理由があるはずだ。 じゃなきゃこんな普通の猫に拘るわけがねえ」


 首根っこを捕まれ男の顔の前でプラーンプラーンと揺れながらサフィアは今現在の扱いと誘拐された時に麻袋に入れられ乱暴に扱われた事を思い出し、一回引っ掻いてやらなきゃ気が済まない、と静かに爪を出し引っ掻くタイミングを見計らっていた。

 

 (もう少し……もう少しこっちに……)


 やがて「今だ!」と言うタイミングでサフィアの幻の(でもない)左が繰り出されようとしたその時ーーー


 「サフィアッッ!! 」


 「フミャッ! 」


 「なん…うわっ! 」


 それからの事はスローモーションでも見ているようだった。


 大声で名前を呼ばれて驚いたサフィア。その幻の左は幻に終わり、猫パンチが男の顔面スレスレを掠め、それに驚いた男が思わずサフィアを放り投げてしまったのだ。


 サフィアはゆっくりと宙に放り出される感覚と、ギルバートが酷く焦った顔でこちらに手を伸ばし走り出そうとしている瞬間を見たと思ったら……すぐ隣にあった池にポチャンと落ちた。

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