5(ギルバート視点)
やっとヒーローの名前が出ます!
そして残酷描写あります。
俺の名はギルバート。
とある商人の三男として生まれた。
優しく時に厳しい両親に、尊敬出来る兄の長男、次男、お転婆だが愛くるしい妹が二人。
家は商売を手広く成功させ、そこいらの貧乏貴族より遥かに裕福な暮らしをしていた。
家を継ぐのは長男。その補佐と予備に次男とくれば、三男である自分は割合自由な生活をさせてもらえていた。
将来は漠然と自分も家の商売をやるものと思っていたが、商売に関して欠片も興味が持てなかった。
毎日計算の勉強をさせられることや、人の感情を読み取る方法、どうすれば人の感情を動かせるかなど、俺には全然興味が無いことだった。
だが今にして思えばそれも仕方が無いと思う。まだあの時の俺は8歳の子供だったのだから。
それよりも気になったのは、毎日店の裏で剣の鍛錬をしていた父の護衛の男だった。
俺は毎日男が素振りをしている間、離れた場所でその姿を眺めていた。
当然男は俺の存在に気付いていたはずだか、何も言わずただ黙々と鍛錬をこなしていくだけだった。
それがある日、「ギルバート坊ちゃんもやってみますか?」と子供用の剣を携え俺に聴いてきた。
もちろん俺はすぐさま了承し、それから男の隣で毎日素振りをするようになった。
商売の才能より余程あったのだろう。俺は男が驚くほど剣の腕を上げていった。
そして剣の腕と同時に、俺にはもう一つの才能があることが分かった。
魔力だ。
この世界には魔力を持つ者と持たない者がいる。圧倒的に多いのが後者だ。
魔力は血によって受け継がれることがほとんどだが、稀に全く魔力の無い両親から生まれてくる者もいる。それが俺だ。
そのことに気付いた護衛の男が両親に話し、俺は王都にある貴族が通う学校へ入学させられた。
魔法を扱える者は少ないため、そこでしか魔法を習うことが出来なかったのもあるが、両親が望んだのは俺の婿入り先を探し、有力貴族との強いパイプを持つことだったはずだ。
魔力を持つ者はその希少性から大抵貴族に取り込まれる。だから魔力持ち=貴族なのだ。
だがこれに関しては父の思惑通りにはいかなかった。
貴族は大抵美形揃いだ。有力貴族ほど美人な嫁を獲得しやすく、美形同士で結婚するのだから当然だ。
加えて線の細い者が多い。俺の様に骨からして太く、大柄な者はまず見かけなかった。
しかもこの顔だ。妹たちは儚げな母に似て美人だったが、俺たち男兄弟は皆、山賊かと見間違う父親にそっくりだった。
常に「怒ってる?」と聞かれ怯えられる毎日で、令嬢たちに近付こうものなら悲鳴を上げられ気絶された。
こんなことで婿にもらってくれる家などあるのだろうか。
これに関しては「そのうちどうにかなる」と問題を先送りすることにし、俺は学校の本来の目的である勉強に力を入れた。
特に魔法に関しては何もかもが初めてのことで、とても楽しく学ぶことが出来た。
攻撃魔法を放つ爽快感が病みつきで、近隣の森で魔獣討伐訓練があった際、つい張り切って一匹残らず屠ってしまい、その後「黒の悪魔」と呼ばれるようになったのも今では良い思い出だ。
さらに婿入りが遠のいた気がするのは考えないことにする。
そして無事に学校を卒業し、実家に帰ったことで俺の人生は一変した。
その日は朝から妙に胸がざわついた。
久々に家族に会うから緊張しているのだろうと無理やり納得し、俺は実家のある街へと足を踏み入れた。
だがそこに見慣れた故郷の姿はなく、無残に瓦礫が散乱する崩壊した街へと変貌していた。
争いの跡は真新しく、そこかしこで誰かの泣き声や叫び声が聞こえた。
一体何が。と呆然とするも、次の瞬間には全力で走り出していた。
とにかく家族の無事を祈りながら家につくと、そこには家族だった者たちが転がっていた。
両親。兄たち。妹たち。護衛たち。みんな腕や足が欠損していたり、誰なのか判別出来ない酷い状態の者もいた。
死の臭いしかしないこの場所で、一つだけ動く影があった。
目を凝らすとそれは今まで見たこともない魔獣で、俺に剣を教えてくれた、あの護衛の男の腕を食っていた。
それを見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「うおおおおぉぉぉぉっっ!!」
俺は腰の剣を抜き、魔獣に斬りかかって行った。
その後のことは朧げにしか憶えていない。
後日聞いた話だと、俺はそこで魔力を限界まで発動させ魔獣を倒したらしい。結果魔力暴走を起こし、瀕死の状態で医者に担ぎ込まれた。
だが倒した魔獣は新種の魔獣で、誰も見たことも聞いたこともない魔獣だったそうだ。
そんな新種の魔獣だからだろうか。その戦いの中、ありえないことが起こったのだ。
その魔獣の魔力が俺に流れ込み、俺の魔力が変質した。
俺自身感じることは出来ないが、どうも変質後の俺は禍々しい気を発しているようだ。
これは魔力を持つ者ほど感じ取れるようで、それ以降魔力持ちの者は俺を見ると気絶するか、走って逃げ出す者ばかりになった。
人の本能にも訴えかける何かがあるのか、魔力を持たない者でも、誰も俺とは目を合わせることも極力話すこともしないようになった。
動物などは反応がより顕著で、まず俺の前に現れなくなり、動物の姿を見ることが一切無くなった。
事件後は家族を失った苦しみで誰とも関わりたく無かったので誰も近寄ってこないのは正直楽だった。
だか何時までもこんな状況でいられる訳が無い。
まず困ったのは腹が空くことだった。
飯を買うにも何をするにも金は必要だ。
実家の店は跡形も無く潰れたし、茫然自失に陥っている間に残った財産も親戚を名乗る奴らに持っていかれた。
無一文の俺に残されているのは剣の腕と魔力だけ。
これらを活かし、他人との接触が少ない職業といえば冒険者しか思い付かなかった。
俺は冒険者ギルドに所属し、その日からただの冒険者ギルバートとなった。
そこからは怒涛の日々だった。
剣の腕も魔法の腕もそこいらの低ランク冒険者には引けを取らない自信はあった。
だが実力はあっても、学校を卒業したばかりのガキに実戦の経験は皆無だし、熟練の冒険者が持つ狡猾さも無かった。
俺は人を斬ること、魔獣を倒すこと、人を疑うことを覚えた。
いつ死んでも構わないと思っていたせいか、かなり無茶なこともやった。
何度も死線をくぐり抜けていたら、元々高かった魔力がさらに増え、その結果さらに周りから嫌厭されることになったが俺は構わなかった。
最早人との関わり方が分からなくなっていたのだ。
だが動物だけは別だった。
魔力が高くなってから俺は自身に薄い膜のようなものを纏わせ、みんなから忌避される禍々しい気をある程度抑えられるようになった。
それは人に避けられることが減り、普通に生活することが楽になっただけで、やはり動物には通じなかった。
街を歩く野良犬を遠くから見つめてはすぐ逃げられる。
子供の腕に抱かれている猫を見つめては発狂したように鳴かれる。
この様な状況になって気付いたが、俺は動物が好きなようだ。
あの柔らかい毛並みを撫でてみたい。愛らしい仕草で甘えられてみたい。
だが現実はその姿を見ることすら難しかった。
やはり俺はこのまま死ぬまで独りなんだろうと思っていた。
ーーーあの日までは。
ある依頼を完遂し、ギルドに報告をして宿屋へと向かうその途中、魔法具屋の前にいる一匹の猫を見つけた。
そう。俺はこの日、天使に出会ったーーー。