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変態は間に合ってます③

 サフィア改めエカテリーナは檻に入れられ逃げる事も叶わず、目の前の変態男の話を聞いていた。


 変態男の名前はノーマン=スチュアート。

 伯爵家の当主で『猫を愛でる会』会長だそうだ。


 そもそもノーマンが猫に魅了される原因となったのが溺愛していた娘の死。

 娘が亡くなり塞ぎ込んだノーマンに寄り添って慰めてくれたのが当時飼っていた猫だそうだ。ちなみに奥さんとの仲は非常に冷めた関係だったため、なんの慰めにもならなかったようだ。


 その猫もやがて亡くなり、ノーマンは心の隙間を埋めるようにいろんな猫を飼うようになった。そして次第に猫に異常な執着を見せるようになったようだが……


 (このシチュエーション、どっかで見たなぁ)


 ただの猫を前にして自分の生い立ちをペラペラと話す人間がギルバート以外にいるとは驚きだ。

 だがギルバートの様に同情出来るかと言えば話は別である。

 ギルバートはこちらの意思を無視するような事は絶対しなかった。誘拐された時点でノーマンという男に同情する余地は全くない。むしろサフィアがいなくなって絶望に打ちひしがれてそうなギルバートの方がよっぽど心配だ。


 「はぁ。 いつまでもここでエカテリーナと語らっていたいが、そろそろ仕事に行かねばならん。 ……ああ、いつまでもその檻の中では窮屈だろう。 私がいない間はこの部屋で寛いでいるといい」


 そう言ってノーマンは檻の鍵を開け、サフィアをそっと抱いて檻から出した。

 ノーマンがサフィアの頭を撫で未練たっぷりに部屋を出て行くのを見届けたサフィアは詰めていた息を吐いた。


 (早くなんとかしなきゃ)


 サフィアはまず部屋の中を調べ始めた。

 猫好きを公言してるだけあり、部屋の隅には猫専用(というかサフィア専用)スペースがあった。

 水やトイレの砂。 豪華な猫用ベッド。 爪とぎ板やオモチャもあるし、何より目を引いたのはキャットタワーらしき棚。

 本物の猫にとっては快適そうな空間だ。

 だがサフィアはそのどれも関心を示さず、ウロウロと部屋の中を歩き回った。


 (ここは……三階くらい? これなら下の木をクッションにすれば着地出来そう。 こっちは……隠し通路か隠し部屋? 本棚の後ろから風が流れてくるっておかしいわよね)


 鼻をヒクヒクさせ、少しでも情報を得ようと部屋の隅まで注意深く調べた。


 (あとは……)


 この部屋の扉を前に緊張した面持ちでサフィアは身を屈めていた。

 この扉に鍵がかかっていなければここから簡単に出られる。扉の外に人の気配はしない。やるなら今だ。


 サフィアは屈めていた身体をを思いっきり伸ばしてジャンプするとドアノブに飛びついたーーが、滑ってすぐに落っこちてしまった。


 (もう一度! )


 しかしもう一度どころか何回挑戦してもドアは開けられなかった。


 (私の馬鹿! どうして猫の姿でもドアが開けられる特技を習得しておかなかったの……! )


 床をタシタシと叩き悔しがるサフィアだったが、何回もドアノブに飛び付いたり、ドアノブにぶら下がって開けようと格闘したため前脚がプルプルと震え、後脚もガクガクになり、終いには脚がつってもんどり打つハメになった。


 (状況が悪化してる……!)


 ますます追い込まれてしまった。ただでさえ魔法が使えないのに、そのうえ健康まで損なわれてしまうなんて。……どう考えても自業自得であるが。


 仕方なく床に寝転んで休憩していると……


 「まぁ! エカテリーナ様、どうなさったのですか」


 何度挑戦しても開けられなかった扉をあっさりと開けて部屋に入ってきたのはメイド服を着た白髪混じりの女性。


 「この様な所で寝ますと風邪を召されますよ。 そうなったらノーマン様が大変悲しまれます。 ……あら? もしかしてお加減が悪いのかしら」


 前脚、後脚と震えているためサフィアの小さな身体全体が震えている状態に、メイドは顔を青くしてサフィアを抱き上げた。


 「すぐに医師をお呼びして……いえ、このままお連れした方が早いわね」


 そう言って足早に歩き出した事でサフィアは簡単に部屋を出る事が出来た。


 「ザットン医師! この子を診てください! 」


 メイドが駆け込んだのは同じ屋敷内の一室。

 やたらと薬品臭い部屋だが、ザットン医師とやらはここで常駐医師でもやっているのだろうか。


 「んああ? なんじゃい騒々しい。 そんなに大声出さんでも聞こえとるわい」


 「エカテリーナ様のご様子がおかしいのです。早く診てください」


 「また新しい猫を連れてきたのか。 ご当主様も困ったもんじゃい」


 「いいから早く診てくださいっ」


 「分かっとるよ。 どれどれ……ふむ。 震えとるが熱はない。 じゃが妙に脚の筋肉が張っとるのぉ。 恐らく新しい部屋に興奮して走り回って脚がつったんじゃないかの」


 「猫も脚をつることがあるのですか」


 「知らん。 だがこの猫はそれに近い症状だと思うぞ。 身体を温かくして軽くマッサージしてやってやれば良くなるじゃろ。……それかこの薬を貼ればいいんじゃが動物には嫌がられる」


 と言って取り出したのは薬草をすり潰してヘドロの様な見た目の薬。臭いも強烈だ。


 思わず全身の毛が膨らみ後ずさるサフィアを見て、「……この様に動物にはすこぶる評判が悪い」と残念そうに肩を落とした。


 「分かりました。 ではその様に対処いたします」


 「その首輪もその猫には負担じゃぞ。出来るだけ早く外してやれ」


 「……ノーマン様にお伝えいたします」


 サフィアはまた抱き上げられ、次に連れて行かれたのは浴室だった。


 「こちらでマッサージをさせていただきます。 ……水を嫌がらないといいのだけど」


 そして始まったのは……至福の時間。


 盥に薄く水を張り、いい香りのする香油を垂らし、そこで優しくマッサージを受ける。


 (天国……)


 うっとりと目を細め、はふ…と息を吐くサフィアの姿を見て、メイドの女性も安心したように笑を零した。


 「水もマッサージも嫌がらないので助かります。 普通は猫にマッサージなどいたしませんから、 最初はどの猫も暴れて大変なのです。 慣れてきたら気持ちのいいものだと分かってくださるのですけど……。 ですけどこの施術をいたしますと毛艶が大変良くなりますから欠かせないのですよ」


 首輪の間も苦しくないように優しく洗ってマッサージをしてくれる。

 元々寝不足だったところへ誘拐事件が重なり疲れていたのだろう。サフィアはそのままスヤァ…と眠りについてしまった。

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